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第3章
第26話 テラスでのひととき
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スピネルと一曲踊った後は、本当に大人しく待っていたらしいアーゲンと踊った。
私は先程のやり取りでかなり周囲の注目を集めたらしく、どちらと踊っている間も物凄く視線を感じた。
内心死ぬほど緊張した。何とか間違えずに踊りきった事を誰か褒めて欲しいと思ったくらいだ。
アーゲンは「やはり君の魅力が皆を虜にしてしまったようだ」とか何とか言っていたが、正直それどころではなかったので「恐れ多いことでございます」と適当に答えて微笑んでおいた。
アーゲンは意外にあっさりとそれで解放してくれたのだが、私は次々とやってくるダンスの申し込みにてんやわんやになった。
今日は兄と踊った後は無難に知り合い数人と踊って適当に切り上げるつもりだったのに、どうして私ごときがこんな大人気になっているのか。
傍から見ると公爵家の嫡男と王子の従者がまるで取り合ったかのような構図になってしまったので、何か重要人物にでも見えてしまったのかも知れない。
断るのも失礼だし、覚悟を決めて頑張って踊るしかない。
こうなったのも全てアーゲンとスピネルのせいである。責任を取って欲しい。
もう何人目か数えるのも面倒くさい、どこぞの伯爵家のご令息相手にゆったりと踊る。
誰だっけこいつ…さっき名前聞いたはずなのに。確か卒業後は2歳年上のご令嬢と結婚する奴だったような…。
いつもならすぐに出てくる名前が出てこない。かなり疲れているようだ。
しかも終わり際、うっかり躓きかけてしまった。
何とか足は踏まずに済んだものの、「おっと」と言われ肩を支えられる。
「申し訳ありません。失礼しました」
そう微笑んでごまかすと、何やらでれっとした顔になった。うわ気持ち悪…ではない、だらしのない顔だ。
「あの」とその伯爵令息が言いかけた時、後ろから「リナーリア」と誰かが私の名前を呼んだ。
「…スピネル」
一瞬「またか?」と思いかけてしまったが、よく見ると両手に飲み物を持っている。
「リナーリア、君は少々疲れているようだ。あちらで一緒に休もう」
神様!スピネル様…!!
私は瞬時に手のひらを返した。さっきからずっと休みたかったのだ。本当に有り難い。
名残惜しそうにする何とかさんに頭を下げ、こちらを振り返り微笑みながら歩くスピネルのすぐ後ろについて行く。
どうやらテラスの方へ出るつもりらしい。
月明かりに照らされたテラスは夜風がそよいでいて、ダンスで疲れた身体に気持ちが良かった。
片手に持ったグラスを持ち上げ、喉を潤す。
「はあ…助かりました。正直もうヘトヘトで…」
「ずいぶん人気者だったみたいだな」
「そうですね、誰かさん達のおかげでそうなりましたね。たっぷりダンスの練習をしておいて良かったです…」
「はは、確かに上達したな」
「そうでしょう。…その節は本当にありがとうございました」
一応言っておかなければと改めて礼を言うと、スピネルは別にいい、と手を振った。
「紹介した甲斐があった。足を踏まれなくて済んだからな」
「意地悪ですね…もっと褒めてくれても良いと思うんですが」
軽く睨むと、スピネルはふんと鼻で笑う。
「でも、まさかファーストダンスの相手が貴方になるとは思っていませんでした」
「あれな。焦ったわ。あの野郎がああ動くとは思わなかった」
私のところに来た時のスピネルは少々慌てた様子だった。
あの後踊りながら考えて、スピネルの行動の理由は大体分かった。
殿下の友人という立場の私に、アーゲンを近付けたくなかったのだ。
アーゲンは人当たりこそ良いが、なかなかに曲者で非常に優秀な男だ。
しかも将来パイロープ公爵家当主として大きな権力を持つ人間なので、殿下の従者としては警戒せざるを得ないのだろう。
「彼は悪い方ではないと思いますが」
善良と言い切れる人間だとも思わないが、一応そう言ってみる。
私が知る限り、彼はいたずらにこの国を乱すような人間ではない。
利に聡い男だが、ちゃんと相手を立てつつ自分の益も確保する。そうして信頼を得て人を操るやり方を好むタイプだ。
だがスピネルはどこか嫌そうに「そうかもな」と言っただけだった。
何か思う所でもあるのか、あるいは単に気に食わないだけかもしれない。
いかにも腹に一物抱えてそうなアーゲンと、見た目の割に真面目なスピネルはあまり気が合いそうな組み合わせには思えないからな。
「別に構いませんが、意外に過保護ですね。貴方は」
「お前が危なっかしいんだよ」
私はむう、と唇を曲げた。
私をちっとも信用していない事は気になるが、彼なりに殿下や私を思っての事だろうと考えると文句も言いにくい。
「正直困っていたのは確かですけどね。まさか当日にいきなりファーストダンスを申し込んでくる人が本当にいるなんて…。しかも公爵家のお坊ちゃんですよ?うちは侯爵家でも一番の下っ端なのに」
「お前、俺も公爵家の出だってこと忘れてないか?」
「覚えてますよちゃんと」
「どうだかな…」
ジト目でこちらを見るスピネルに、思わず噴き出してしまう。
「あなたは別、ってことです」
そう言っていたずらっぽく見上げると、スピネルはなぜかぱちぱちと目を瞬かせた。
突然の沈黙に少し戸惑う。
「あの、スピネル?なんですか変な顔して」
「…何でもない。俺はもう戻る。お前はもう少しここにいろ」
スピネルは一つ頭を振ると、そう言って踵を返した。
「はい…あ!」
歩き出しかけたスピネルがこちらを振り返る。
「有難うございました。私のせいで借りを作らせてしまってすみません」
「いらねえよ、忘れとけ。俺が勝手にやったんだよ」
スピネルは片手を上げると、賑やかなパーティー会場へと戻っていった。
私は先程のやり取りでかなり周囲の注目を集めたらしく、どちらと踊っている間も物凄く視線を感じた。
内心死ぬほど緊張した。何とか間違えずに踊りきった事を誰か褒めて欲しいと思ったくらいだ。
アーゲンは「やはり君の魅力が皆を虜にしてしまったようだ」とか何とか言っていたが、正直それどころではなかったので「恐れ多いことでございます」と適当に答えて微笑んでおいた。
アーゲンは意外にあっさりとそれで解放してくれたのだが、私は次々とやってくるダンスの申し込みにてんやわんやになった。
今日は兄と踊った後は無難に知り合い数人と踊って適当に切り上げるつもりだったのに、どうして私ごときがこんな大人気になっているのか。
傍から見ると公爵家の嫡男と王子の従者がまるで取り合ったかのような構図になってしまったので、何か重要人物にでも見えてしまったのかも知れない。
断るのも失礼だし、覚悟を決めて頑張って踊るしかない。
こうなったのも全てアーゲンとスピネルのせいである。責任を取って欲しい。
もう何人目か数えるのも面倒くさい、どこぞの伯爵家のご令息相手にゆったりと踊る。
誰だっけこいつ…さっき名前聞いたはずなのに。確か卒業後は2歳年上のご令嬢と結婚する奴だったような…。
いつもならすぐに出てくる名前が出てこない。かなり疲れているようだ。
しかも終わり際、うっかり躓きかけてしまった。
何とか足は踏まずに済んだものの、「おっと」と言われ肩を支えられる。
「申し訳ありません。失礼しました」
そう微笑んでごまかすと、何やらでれっとした顔になった。うわ気持ち悪…ではない、だらしのない顔だ。
「あの」とその伯爵令息が言いかけた時、後ろから「リナーリア」と誰かが私の名前を呼んだ。
「…スピネル」
一瞬「またか?」と思いかけてしまったが、よく見ると両手に飲み物を持っている。
「リナーリア、君は少々疲れているようだ。あちらで一緒に休もう」
神様!スピネル様…!!
私は瞬時に手のひらを返した。さっきからずっと休みたかったのだ。本当に有り難い。
名残惜しそうにする何とかさんに頭を下げ、こちらを振り返り微笑みながら歩くスピネルのすぐ後ろについて行く。
どうやらテラスの方へ出るつもりらしい。
月明かりに照らされたテラスは夜風がそよいでいて、ダンスで疲れた身体に気持ちが良かった。
片手に持ったグラスを持ち上げ、喉を潤す。
「はあ…助かりました。正直もうヘトヘトで…」
「ずいぶん人気者だったみたいだな」
「そうですね、誰かさん達のおかげでそうなりましたね。たっぷりダンスの練習をしておいて良かったです…」
「はは、確かに上達したな」
「そうでしょう。…その節は本当にありがとうございました」
一応言っておかなければと改めて礼を言うと、スピネルは別にいい、と手を振った。
「紹介した甲斐があった。足を踏まれなくて済んだからな」
「意地悪ですね…もっと褒めてくれても良いと思うんですが」
軽く睨むと、スピネルはふんと鼻で笑う。
「でも、まさかファーストダンスの相手が貴方になるとは思っていませんでした」
「あれな。焦ったわ。あの野郎がああ動くとは思わなかった」
私のところに来た時のスピネルは少々慌てた様子だった。
あの後踊りながら考えて、スピネルの行動の理由は大体分かった。
殿下の友人という立場の私に、アーゲンを近付けたくなかったのだ。
アーゲンは人当たりこそ良いが、なかなかに曲者で非常に優秀な男だ。
しかも将来パイロープ公爵家当主として大きな権力を持つ人間なので、殿下の従者としては警戒せざるを得ないのだろう。
「彼は悪い方ではないと思いますが」
善良と言い切れる人間だとも思わないが、一応そう言ってみる。
私が知る限り、彼はいたずらにこの国を乱すような人間ではない。
利に聡い男だが、ちゃんと相手を立てつつ自分の益も確保する。そうして信頼を得て人を操るやり方を好むタイプだ。
だがスピネルはどこか嫌そうに「そうかもな」と言っただけだった。
何か思う所でもあるのか、あるいは単に気に食わないだけかもしれない。
いかにも腹に一物抱えてそうなアーゲンと、見た目の割に真面目なスピネルはあまり気が合いそうな組み合わせには思えないからな。
「別に構いませんが、意外に過保護ですね。貴方は」
「お前が危なっかしいんだよ」
私はむう、と唇を曲げた。
私をちっとも信用していない事は気になるが、彼なりに殿下や私を思っての事だろうと考えると文句も言いにくい。
「正直困っていたのは確かですけどね。まさか当日にいきなりファーストダンスを申し込んでくる人が本当にいるなんて…。しかも公爵家のお坊ちゃんですよ?うちは侯爵家でも一番の下っ端なのに」
「お前、俺も公爵家の出だってこと忘れてないか?」
「覚えてますよちゃんと」
「どうだかな…」
ジト目でこちらを見るスピネルに、思わず噴き出してしまう。
「あなたは別、ってことです」
そう言っていたずらっぽく見上げると、スピネルはなぜかぱちぱちと目を瞬かせた。
突然の沈黙に少し戸惑う。
「あの、スピネル?なんですか変な顔して」
「…何でもない。俺はもう戻る。お前はもう少しここにいろ」
スピネルは一つ頭を振ると、そう言って踵を返した。
「はい…あ!」
歩き出しかけたスピネルがこちらを振り返る。
「有難うございました。私のせいで借りを作らせてしまってすみません」
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