13 / 250
第1章
第9話 無口な令嬢(前)
しおりを挟む
「スピネル様!お願いします、ご令嬢方と上手く会話する方法を教えて下さい…!」
「……は?」
城の薔薇園近くの庭、ガーデンパラソルの下。
ガバっと頭を下げた私に、お茶を飲んでいたスピネルは間抜けな声を出し、エスメラルド殿下はちょっと目を丸くした。
私はお茶会というやつが苦手である。特に、ご令嬢達とのお茶会が苦手である。
これは前世からだ。何しろ元々あまり社交的な質ではない。
そして、王子の従者というのは女性から大変に人気がある。平たく言えばモテる。
将来高官の地位が約束されている若い男。どう見てもお買い得な物件だ。しかも上手くすれば王子や王家ともお近付きになれる。
なので私は、お茶会でも学院でも非常に女性から話しかけられやすかった。
従者リナライトが目当てなのか、王子が目当てなのか、はたまた両方か。上目遣いでしきりに擦り寄り媚を売ってくるご令嬢のなんと多いことか。
しかしその目は獲物を狙う鷹のごとく、である。
他のご令息からの嫉妬とやっかみの視線もなかなかに辛い。
さらに大抵の場合同席している(むしろ私の方が同席させられている立場なんだが)殿下は無口であまり喋らない。必然私が応対する事が多くなる。とても胃が痛い。
ゆえに、私はお茶会というやつが苦手なのである。
貴族の子供は12歳頃から、親の同伴なしでもお茶会や昼間催されるパーティーに出席できるようになる。もちろん、自分で開く事だって許される。
今世の私リナーリアも12歳になった事で、ご令嬢方からのお茶会への誘いがずいぶん来るようになった。
殿下と親しいという噂はもうすっかり広まったようなので、そのせいもあるのかな?と思うのだが、なぜかご令息の家からはあまり来ない。何故だろう。
だが別に構わない、重要なのはご令嬢の方なのだ。
貴族の同性同士の付き合いというものは非常に重要である。
うっかり疎かにしていると、爪弾きに遭い学院生活から結婚から就職からとんでもなく苦労する羽目になる。親兄弟にまで迷惑が掛かる事も珍しくない。お兄様の結婚に支障が出たら困る。
何より、私にはあの女の動向や正体について探るという大切な目的がある。
ご令嬢方の持つ情報網が絶対に必要だ。
だから意気込んでいくつかのお茶会に参加してみたのだが、想像以上に辛かった。
ほとんどはごく普通にお花だの憧れの異性だの貴族間の噂だのについて和やかに話すのだが、時折挟まれる自慢話や探り合いや嫉妬や牽制は聞いているだけで精神を削る。話を振られでもしたら尚更だ。
男同士での腹の探り合いには前世で慣れていたが、女同士のそれはまた違ったいやらしさがあった。とても胃が痛い。
あと、殿下やスピネルについて根掘り葉掘り訊かれるのも非常に困る。あまり何でも話せるものではないし。
…そんな訳で、冒頭に戻る。
「…実は、お茶会でご令嬢方と上手く話す事ができないのです。私、女性らしい社交会話というものが苦手でして…」
「あー…。だろうな…」
「分かる、俺も苦手だ」
納得したような顔のスピネルに対し、殿下はうんうんと同意してくれる。ちょっと嬉しい。
「私には身近に同年代の少女があまりいないのです。使用人のコーネルとは仲良くしていますが、彼女は無口な方なので普段あまり多く話しません。だから、お茶会に行っても…」
「何を話せばいいのか分からない、か?」
「はい…。植物についての知識はありますので、ご令嬢の好きなお花の話などもしてみたんですが。私の話はどうも専門的というか理屈っぽいらしく…」
土壌だの発芽方法だの肥料の種類について話してもご令嬢方には全く受けなかった。難しいお話をされるんですのね、とむしろ嫌そうな顔をされた。
前世ではそれなりに聞いてもらえたのだが、あれは右から左に流してただけなんだろうな…。薄々気付いてはいたけど…。
「確かにな。俺もお前の話は聞いてて半分もわからん事がよくある」
「俺はリナーリアの話は面白いと思うが」
「それは殿下だけだ」
そうなんです…殿下のお気持ちは大変ありがたいのですが、それではダメなんです…。
「しかし、何だって俺にそんな事訊くんだ?他にいるだろ」
「もちろん私も、最初はお母様に相談したんです。そうしたら『もっと普通の女の子が好きそうなお話をしなきゃだめよ』と言われたので、ご令嬢が好きそうなお茶やお菓子とか、他愛のない噂話などについても頭に詰め込んでみたんですが…その、やっぱり理屈っぽすぎたらしく…」
「…引かれた訳だな」
「はい…」
お菓子の原材料やお茶の発酵方法についての説明はやっぱりあまり受けなかった。
他の貴族の噂話が最も食いつきが良かったが、あまりその手の話ばかりして下品だと思われるのも困る。どの程度のバランスで話せばいいのか分からない。
「スピネル様は、お城でもよくご令嬢やご婦人方と楽しそうにお話をされてますよね?猫を被るのもとても上手です。ぜひ、私にその極意を伝授していただきたいのです」
そう、スピネルはよく女性から声をかけられている。同年代の少女だけじゃなく、年上の女性からもだ。
よく分からないがきゃあきゃあと黄色い声で騒がれているのも見かける。
これは単に顔が良いからだけではないだろう。愛想が良く、弁が立つからモテているのだ。こいつは殿下や私以外の貴族に対しては、それはもう爽やかな笑顔で丁寧に接している。
前世では学院であれこれと浮名を流していた記憶もある。それでいて意外に悪い評判は聞かなかったので、女性の扱いは確実に上手いはずなのだ。
「猫を被るってお前なあ…。俺だって色々苦労してんだぞ」
気軽に言うなよ、とスピネルが顔をしかめる。
知っている。王子の従者が周囲からどのように見られ、どのような対応を求められるか、その難しさはよく知っている。
誰にでも愛想良く、それでいてへりくだり過ぎないように。毅然としつつも、敵を作らないように。主の体面を、権威を傷つけてはいけないのだ。
だが非常に悔しい事に、その面において彼は私よりよほど上手くやっているように見える。
あのちょっとムカつく爽やか笑顔も、彼が処世術として身に着けたものに違いないのだ。
だから私は、自分の思いを素直に打ち明ける事にした。
「わかっています。…あ、いや、全部がわかるわけではないですが…。その苦労をあまり表に出さないスピネル様は、とても凄いと思います。だからこそ貴方に相談しようと思ったのです」
「……」
いきなりストレートに褒められ、面食らったらしい。
スピネルは黙り込むとぷいっと横を向いてしまった。
「スピネルは照れているんだ」
「殿下!!そういう事は言わなくていい!!…ああもう、分かった。俺でいいなら、ちょっとはアドバイスしてやる」
がしがしと頭をかきながらそう言う。
「ありがとうございます!!」
こいつ意外とおだてに弱いらしい。覚えておこう。
「……は?」
城の薔薇園近くの庭、ガーデンパラソルの下。
ガバっと頭を下げた私に、お茶を飲んでいたスピネルは間抜けな声を出し、エスメラルド殿下はちょっと目を丸くした。
私はお茶会というやつが苦手である。特に、ご令嬢達とのお茶会が苦手である。
これは前世からだ。何しろ元々あまり社交的な質ではない。
そして、王子の従者というのは女性から大変に人気がある。平たく言えばモテる。
将来高官の地位が約束されている若い男。どう見てもお買い得な物件だ。しかも上手くすれば王子や王家ともお近付きになれる。
なので私は、お茶会でも学院でも非常に女性から話しかけられやすかった。
従者リナライトが目当てなのか、王子が目当てなのか、はたまた両方か。上目遣いでしきりに擦り寄り媚を売ってくるご令嬢のなんと多いことか。
しかしその目は獲物を狙う鷹のごとく、である。
他のご令息からの嫉妬とやっかみの視線もなかなかに辛い。
さらに大抵の場合同席している(むしろ私の方が同席させられている立場なんだが)殿下は無口であまり喋らない。必然私が応対する事が多くなる。とても胃が痛い。
ゆえに、私はお茶会というやつが苦手なのである。
貴族の子供は12歳頃から、親の同伴なしでもお茶会や昼間催されるパーティーに出席できるようになる。もちろん、自分で開く事だって許される。
今世の私リナーリアも12歳になった事で、ご令嬢方からのお茶会への誘いがずいぶん来るようになった。
殿下と親しいという噂はもうすっかり広まったようなので、そのせいもあるのかな?と思うのだが、なぜかご令息の家からはあまり来ない。何故だろう。
だが別に構わない、重要なのはご令嬢の方なのだ。
貴族の同性同士の付き合いというものは非常に重要である。
うっかり疎かにしていると、爪弾きに遭い学院生活から結婚から就職からとんでもなく苦労する羽目になる。親兄弟にまで迷惑が掛かる事も珍しくない。お兄様の結婚に支障が出たら困る。
何より、私にはあの女の動向や正体について探るという大切な目的がある。
ご令嬢方の持つ情報網が絶対に必要だ。
だから意気込んでいくつかのお茶会に参加してみたのだが、想像以上に辛かった。
ほとんどはごく普通にお花だの憧れの異性だの貴族間の噂だのについて和やかに話すのだが、時折挟まれる自慢話や探り合いや嫉妬や牽制は聞いているだけで精神を削る。話を振られでもしたら尚更だ。
男同士での腹の探り合いには前世で慣れていたが、女同士のそれはまた違ったいやらしさがあった。とても胃が痛い。
あと、殿下やスピネルについて根掘り葉掘り訊かれるのも非常に困る。あまり何でも話せるものではないし。
…そんな訳で、冒頭に戻る。
「…実は、お茶会でご令嬢方と上手く話す事ができないのです。私、女性らしい社交会話というものが苦手でして…」
「あー…。だろうな…」
「分かる、俺も苦手だ」
納得したような顔のスピネルに対し、殿下はうんうんと同意してくれる。ちょっと嬉しい。
「私には身近に同年代の少女があまりいないのです。使用人のコーネルとは仲良くしていますが、彼女は無口な方なので普段あまり多く話しません。だから、お茶会に行っても…」
「何を話せばいいのか分からない、か?」
「はい…。植物についての知識はありますので、ご令嬢の好きなお花の話などもしてみたんですが。私の話はどうも専門的というか理屈っぽいらしく…」
土壌だの発芽方法だの肥料の種類について話してもご令嬢方には全く受けなかった。難しいお話をされるんですのね、とむしろ嫌そうな顔をされた。
前世ではそれなりに聞いてもらえたのだが、あれは右から左に流してただけなんだろうな…。薄々気付いてはいたけど…。
「確かにな。俺もお前の話は聞いてて半分もわからん事がよくある」
「俺はリナーリアの話は面白いと思うが」
「それは殿下だけだ」
そうなんです…殿下のお気持ちは大変ありがたいのですが、それではダメなんです…。
「しかし、何だって俺にそんな事訊くんだ?他にいるだろ」
「もちろん私も、最初はお母様に相談したんです。そうしたら『もっと普通の女の子が好きそうなお話をしなきゃだめよ』と言われたので、ご令嬢が好きそうなお茶やお菓子とか、他愛のない噂話などについても頭に詰め込んでみたんですが…その、やっぱり理屈っぽすぎたらしく…」
「…引かれた訳だな」
「はい…」
お菓子の原材料やお茶の発酵方法についての説明はやっぱりあまり受けなかった。
他の貴族の噂話が最も食いつきが良かったが、あまりその手の話ばかりして下品だと思われるのも困る。どの程度のバランスで話せばいいのか分からない。
「スピネル様は、お城でもよくご令嬢やご婦人方と楽しそうにお話をされてますよね?猫を被るのもとても上手です。ぜひ、私にその極意を伝授していただきたいのです」
そう、スピネルはよく女性から声をかけられている。同年代の少女だけじゃなく、年上の女性からもだ。
よく分からないがきゃあきゃあと黄色い声で騒がれているのも見かける。
これは単に顔が良いからだけではないだろう。愛想が良く、弁が立つからモテているのだ。こいつは殿下や私以外の貴族に対しては、それはもう爽やかな笑顔で丁寧に接している。
前世では学院であれこれと浮名を流していた記憶もある。それでいて意外に悪い評判は聞かなかったので、女性の扱いは確実に上手いはずなのだ。
「猫を被るってお前なあ…。俺だって色々苦労してんだぞ」
気軽に言うなよ、とスピネルが顔をしかめる。
知っている。王子の従者が周囲からどのように見られ、どのような対応を求められるか、その難しさはよく知っている。
誰にでも愛想良く、それでいてへりくだり過ぎないように。毅然としつつも、敵を作らないように。主の体面を、権威を傷つけてはいけないのだ。
だが非常に悔しい事に、その面において彼は私よりよほど上手くやっているように見える。
あのちょっとムカつく爽やか笑顔も、彼が処世術として身に着けたものに違いないのだ。
だから私は、自分の思いを素直に打ち明ける事にした。
「わかっています。…あ、いや、全部がわかるわけではないですが…。その苦労をあまり表に出さないスピネル様は、とても凄いと思います。だからこそ貴方に相談しようと思ったのです」
「……」
いきなりストレートに褒められ、面食らったらしい。
スピネルは黙り込むとぷいっと横を向いてしまった。
「スピネルは照れているんだ」
「殿下!!そういう事は言わなくていい!!…ああもう、分かった。俺でいいなら、ちょっとはアドバイスしてやる」
がしがしと頭をかきながらそう言う。
「ありがとうございます!!」
こいつ意外とおだてに弱いらしい。覚えておこう。
2
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。


薬屋の少女と迷子の精霊〜私にだけ見える精霊は最強のパートナーです〜
蒼井美紗
ファンタジー
孤児院で代わり映えのない毎日を過ごしていたレイラの下に、突如飛び込んできたのが精霊であるフェリスだった。人間は精霊を見ることも話すこともできないのに、レイラには何故かフェリスのことが見え、二人はすぐに意気投合して仲良くなる。
レイラが働く薬屋の店主、ヴァレリアにもフェリスのことは秘密にしていたが、レイラの危機にフェリスが力を行使したことでその存在がバレてしまい……
精霊が見えるという特殊能力を持った少女と、そんなレイラのことが大好きなちょっと訳あり迷子の精霊が送る、薬屋での異世界お仕事ファンタジーです。
※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる