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第1章
第7話 ダンスレッスン(前)
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「いたた…」
立ち上がった途端に太ももに痛みが走り、思わずよろめく。
「大丈夫か、リナーリア」
咄嗟に私の肩を支えたのは殿下だ。今まで、一緒に城の池に棲むカエルの観察をしていた。
「さっきから動きがおかしいが、どこか痛めているのか」
「いえ、ただの筋肉痛です。実は昨日はダンスのレッスンで、全身がバキバキに」
「…バキバキに」
何とも言えない顔で繰り返す殿下。
「お前はもう少し色気のある言い方はできないのか…」
いかにも呆れた様子で言うのはスピネルだ。
「余計なお世話です」と私はぷいと横を向いた。
こいつは最近よくこういう「女らしくしろ」という内容のことを言う。理由は簡単だ。
私達が、今年12歳になったからである。
貴族の子女はおおむね3つの段階を経て大人の仲間入りをする。
11歳までは子供時代だ。親や教育係に見守られながら、学問、魔術、剣術など、ある程度の基礎を学ぶ。
12歳からは一歩大人に近付いたとしてより本格的に学び出し、社交にも力を入れる。子供だけでの行動もある程度許されるようになり、行動範囲が広がる。
15歳になると王立学院に入学して級友と共に学び、人脈を作る。結婚相手もほぼこの時期に探す。
そして学院を卒業し、19歳となったらいよいよ成人だ。
嫡男なら家を継ぐため、当主の近くで学び始める。その他は男なら就職するのがほとんどだ。女子ならば結婚に向けて準備を始める。
要するに、もう12歳になったのだから子供は卒業して女らしくしろとスピネルは言いたいのだろう。
色気がないよりはあった方がいい事くらいは分かっているし、もっと貴族令嬢らしくするべきだと頭では理解しているのだが、男だった記憶が邪魔をして「女らしさ」というものにどうしても抵抗を感じてしまうのだ。
あと、よりによってスピネルに言われるというのが面白くない。
「しかし、今からそんなに厳しいレッスンをやっているのか?舞踏会に出る予定でも?」
「いえ、そういう訳ではないのですが…」
特別に誘われでもしない限り、大抵の子供は15歳が本格的な舞踏会デビューだ。
しかし親しい相手がいる場合にはお呼ばれする事もあるし、嗜みとして幼い頃からダンスの基礎を習わせる貴族は多い。
この調子で行くと2歳上のティロライトお兄様のデビューの時にはパートナーを頼まれそうだし、私も練習しておくに越したことはないのだが…。
「大方、あまりに下手すぎて追加レッスンでもさせられたんだろう」
「ぐっ」
痛いところを突かれ呻く私。
「おいおい、当たりかよ。まあお前どん臭そうだしなあ」
「私はどん臭くなどない!…です」
思わず男言葉が出てしまい、慌てて付け足したがもう遅かった。
「またか」とわざとらしく言ってくるスピネルに怒りをこらえる。
前世の記憶が戻ったばかりの頃はともかく、最近では男言葉が出ることもほぼなくなったのだが、スピネルと話していると時々出てしまうのだ。
スピネルは普段はちゃんと丁寧な言葉遣いをしているのだが、殿下や私だけの時はぞんざいな口調で話す。
殿下に対し不敬ではないか?と思うが、殿下が許可したのだそうだから仕方ない。
私はどうもそれにつられて間違えてしまうようなのだが、スピネルは絶対に聞き逃さない。ニヤニヤとからかって来ることも多い。
なんて性格の悪い男だ。どうしてこんな奴が殿下の従者を…。
見た目も立ち居振る舞いも、人目がある場所では完璧なのでたちが悪い。
殿下も影響を受けたのかいつの間にか一人称が「僕」から「俺」になってるようだし。前世では15になったくらいの頃に変えていたと思うのだが。
ちなみに私もその頃に「僕」から「私」に変えたのだが、今思えば「俺」にしなくて本当に良かった。言葉遣いが混乱しても、一人称だけは間違えなくて済むからだ。
語尾が男言葉になるくらいならまだともかく、一人称が「俺」になってしまう貴族令嬢など大惨事すぎる。
「リナーリアはダンスが苦手なのか?」
「一応、基礎はできてます。…まあ、得意ではないですが…」
確かに苦手だが問題はそこにはないので、つい言葉を濁してしまう。
ところが、スピネルがとんでもない事を言い出した。
「そうだ。殿下が練習相手になってやったらいい」
「え!そんな、恐れ多いです!」
私は慌てて断ろうとした。
ただでさえダンスの先生には迷惑をかけっぱなしなのだ、まさか殿下にまで迷惑をかけられない。
「別に構わないが、相手をするのはスピネルの方が良いんじゃないか?お前はダンスが得意だろう」
「俺はこいつに足を踏まれて怒らないでいられる自信がない。殿下の方が適任だ」
「なるほど」
「で、でも、恥ずかしい所をお見せしてしまうかと…」
何とか辞退しようとする私に、殿下が優しく笑う。
「俺もダンスを初めたのは最近だ。あまり上手くはない」
「いえ、間違いなくご迷惑になります。その自信があります」
「…そんなにか?」
「そんなにです…」
「……」
一瞬気まずい沈黙が落ちかけるが、殿下は鷹揚にうなずいた。
「大丈夫だ。そのくらいの方が練習になる」
しかも何故か、やたらとやる気に満ちた様子である。
…まあ、確かに私ほどに下手な人間と踊れたなら、相手が誰でも上手くいくだろうが…。
「殿下がこう言ってんだ、甘えとけ」
もはや断れる雰囲気ではなかった。躊躇いながらも、おずおずと頭を下げる。
「…で、では、お願いします」
立ち上がった途端に太ももに痛みが走り、思わずよろめく。
「大丈夫か、リナーリア」
咄嗟に私の肩を支えたのは殿下だ。今まで、一緒に城の池に棲むカエルの観察をしていた。
「さっきから動きがおかしいが、どこか痛めているのか」
「いえ、ただの筋肉痛です。実は昨日はダンスのレッスンで、全身がバキバキに」
「…バキバキに」
何とも言えない顔で繰り返す殿下。
「お前はもう少し色気のある言い方はできないのか…」
いかにも呆れた様子で言うのはスピネルだ。
「余計なお世話です」と私はぷいと横を向いた。
こいつは最近よくこういう「女らしくしろ」という内容のことを言う。理由は簡単だ。
私達が、今年12歳になったからである。
貴族の子女はおおむね3つの段階を経て大人の仲間入りをする。
11歳までは子供時代だ。親や教育係に見守られながら、学問、魔術、剣術など、ある程度の基礎を学ぶ。
12歳からは一歩大人に近付いたとしてより本格的に学び出し、社交にも力を入れる。子供だけでの行動もある程度許されるようになり、行動範囲が広がる。
15歳になると王立学院に入学して級友と共に学び、人脈を作る。結婚相手もほぼこの時期に探す。
そして学院を卒業し、19歳となったらいよいよ成人だ。
嫡男なら家を継ぐため、当主の近くで学び始める。その他は男なら就職するのがほとんどだ。女子ならば結婚に向けて準備を始める。
要するに、もう12歳になったのだから子供は卒業して女らしくしろとスピネルは言いたいのだろう。
色気がないよりはあった方がいい事くらいは分かっているし、もっと貴族令嬢らしくするべきだと頭では理解しているのだが、男だった記憶が邪魔をして「女らしさ」というものにどうしても抵抗を感じてしまうのだ。
あと、よりによってスピネルに言われるというのが面白くない。
「しかし、今からそんなに厳しいレッスンをやっているのか?舞踏会に出る予定でも?」
「いえ、そういう訳ではないのですが…」
特別に誘われでもしない限り、大抵の子供は15歳が本格的な舞踏会デビューだ。
しかし親しい相手がいる場合にはお呼ばれする事もあるし、嗜みとして幼い頃からダンスの基礎を習わせる貴族は多い。
この調子で行くと2歳上のティロライトお兄様のデビューの時にはパートナーを頼まれそうだし、私も練習しておくに越したことはないのだが…。
「大方、あまりに下手すぎて追加レッスンでもさせられたんだろう」
「ぐっ」
痛いところを突かれ呻く私。
「おいおい、当たりかよ。まあお前どん臭そうだしなあ」
「私はどん臭くなどない!…です」
思わず男言葉が出てしまい、慌てて付け足したがもう遅かった。
「またか」とわざとらしく言ってくるスピネルに怒りをこらえる。
前世の記憶が戻ったばかりの頃はともかく、最近では男言葉が出ることもほぼなくなったのだが、スピネルと話していると時々出てしまうのだ。
スピネルは普段はちゃんと丁寧な言葉遣いをしているのだが、殿下や私だけの時はぞんざいな口調で話す。
殿下に対し不敬ではないか?と思うが、殿下が許可したのだそうだから仕方ない。
私はどうもそれにつられて間違えてしまうようなのだが、スピネルは絶対に聞き逃さない。ニヤニヤとからかって来ることも多い。
なんて性格の悪い男だ。どうしてこんな奴が殿下の従者を…。
見た目も立ち居振る舞いも、人目がある場所では完璧なのでたちが悪い。
殿下も影響を受けたのかいつの間にか一人称が「僕」から「俺」になってるようだし。前世では15になったくらいの頃に変えていたと思うのだが。
ちなみに私もその頃に「僕」から「私」に変えたのだが、今思えば「俺」にしなくて本当に良かった。言葉遣いが混乱しても、一人称だけは間違えなくて済むからだ。
語尾が男言葉になるくらいならまだともかく、一人称が「俺」になってしまう貴族令嬢など大惨事すぎる。
「リナーリアはダンスが苦手なのか?」
「一応、基礎はできてます。…まあ、得意ではないですが…」
確かに苦手だが問題はそこにはないので、つい言葉を濁してしまう。
ところが、スピネルがとんでもない事を言い出した。
「そうだ。殿下が練習相手になってやったらいい」
「え!そんな、恐れ多いです!」
私は慌てて断ろうとした。
ただでさえダンスの先生には迷惑をかけっぱなしなのだ、まさか殿下にまで迷惑をかけられない。
「別に構わないが、相手をするのはスピネルの方が良いんじゃないか?お前はダンスが得意だろう」
「俺はこいつに足を踏まれて怒らないでいられる自信がない。殿下の方が適任だ」
「なるほど」
「で、でも、恥ずかしい所をお見せしてしまうかと…」
何とか辞退しようとする私に、殿下が優しく笑う。
「俺もダンスを初めたのは最近だ。あまり上手くはない」
「いえ、間違いなくご迷惑になります。その自信があります」
「…そんなにか?」
「そんなにです…」
「……」
一瞬気まずい沈黙が落ちかけるが、殿下は鷹揚にうなずいた。
「大丈夫だ。そのくらいの方が練習になる」
しかも何故か、やたらとやる気に満ちた様子である。
…まあ、確かに私ほどに下手な人間と踊れたなら、相手が誰でも上手くいくだろうが…。
「殿下がこう言ってんだ、甘えとけ」
もはや断れる雰囲気ではなかった。躊躇いながらも、おずおずと頭を下げる。
「…で、では、お願いします」
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