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不完全なままで

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 同棲を始めてから1年の時が流れた。ある休日の昼間、僕らはいつも通り公園のベンチに座って世界を眺めていた。彼女が突然、猫のキーホルダーを僕に手渡した。それは彼女がいつも鍵につけているものだった。
「はい。これあげる。」
「ありがとう。でも急にどうしたの?」
「私はこれと犬のキーホルダーを1つずつ鍵に付けていたでしょう?」
「うん。」
「私が飼っていたのは犬、あなたは猫。だから猫の方をあなたにあげる。」
「そっか。大事にするよ。」
 しばらく受け取った猫のキーホルダーを眺めていると、彼女は僕の目を見つめて言った。
「結婚しましょう。」
僕も彼女の目を見て答えた。
「うん。」
 僕らは人目も気にせず公園のベンチで口づけした。
「頼りないと思うけど頑張るよ。」
「何言ってるの。あなたは世界で一番頼りになる人よ。」
いつも通り頬を小突く。
 それから川沿いの道を並んで歩いていると、彼女は犬のキーホルダーを眺めながら言った。
「ねえ、結婚指輪の代わりが犬と猫のキーホルダーって変かな?」
「いいんじゃないかな。心で繋がっていれば。」
「ロマンチストなのね。」
いつも通り、からかうように微笑む。
「人は不完全だからこそ美しい。」
彼女が呟いた。
「普通の結婚指輪より、こっちの方が私達には合ってる気がするわ。」
「ねえ、新婚旅行に連れて行って。」
「いいよ。いつにしようか。」
「今から。」
「今から?どこに行きたいの?」
「あなたの実家。」
「それは構わないけど、ただ猫カフェで遊ぶだけになっちゃうよ。」
「普通の新婚旅行より、そっちの方が私達には合ってる気がしない?」
「それもそうだね。」

 世界には意味があるか、色があるか。彼女と出会ってからそんなことは考えなくなっていた。僕らは不完全なまま、互いの手の温もりを確かめながら歩き続ける。道端には人知れず綺麗な色の花が咲いていた。




《終》
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