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ベンチに座り世界を眺める。

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「そんなに見られたら恥ずかしいじゃない。」
からかうように僕の頬を小突く。
「ごめん。」
すぐに顔を背けて水を飲んだ。僕はこのやり取りが心地よくなっていた。
 それから僕達はしばらく黙って目の前の風景を眺めていた。1羽のカモメが川の上を飛んで行った。僕らはカモメが見えなくなるまで目で追い続けた。
「ねえ、鳥になりたいと思ったことはある?」
彼女は空を見つめながら言った。
「どうだろう。少なくとも今は思わないかな。」
「空を飛ぶのって気持ち良さそうじゃない?」
「でも鳥になったらそんなこと考えられるのかな。」
彼女はクスリと笑った。 
「あなたのそういうところ好きよ。」
心臓が止まりかけた。
「こういう風に じっと座って世界を眺めていると、放課後の公園みたいだわ。」
「同級生から遊びに誘われたりはしないの?」
「今は無いわ。初めは誘われてたけれど。」
「そうなんだ。」
「私って"いい子"だから、周りの人は私の言うことを信じてくれるのよ。家の用事だとか地域の活動だとか。そうやって"私は忙しい人だ"って皆に刷り込んだから、遊びには誘われなくなったわ。私って人の心を読んで操るのが得意なのよ。」

「最低な女だと思ったでしょう?」
「思ってないよ。」
僕もまた彼女に魅了されている1人だ。
「世界から色がなくなった後、私は一度も泣くことはなかったわ。」
「あの日の放課後までは?」
「そう。」
「あの時は本当に悪かった。」
「もう謝らなくていいのよ。この前も言ったでしょう。」
また僕の頬を小突く。
「なんというか、あの日から君は少し変わってしまったような気がするんだ。上手く言えないんだけど、君の大事なものを何か奪てしまったような。」
彼女は首を小さく横に振ってから答えた。
「真逆よ。」
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