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混血の放浪者 6-2

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夢というものは、とても不思議な気分にさせる。

それを何処かの誰かは、記憶を整理させる為と聞いた事があった。

だが、それはとても儚く消えていき、
目を覚ますころには何があったか思い出せないものだ。

とても懐かしい夢を見ていた気がする。

温かな記憶、その思い出はきっと大切なものだ。

だが、それは痛みを伴う記憶でもある、悲しい記憶だ。

忘れてはいけない、その為に自分は旅に出たのだから。

「目が覚めましたか?」

放浪者は、眼を静かに開け目じりから涙が伝うのを感じた。長く眠っていたせいだろう、うすぼんやりと視界が定まらない。それがようやく鮮明になった頃には、声の主はラナと見止め、温かな陽が指す部屋の中を見た。

「どれぐらい眠っていた?」

「5日ほどです、随分と……長くお眠りでした」

ゆっくりと放浪者は体を起こした、そのシーツの上からはパラパラっと花びらと麦の穂が落ちた。

「あぁ、それはダヤンと……カーヤが。村の言い伝えなんです、夢を見る者がちゃんと良い夢を見れるように、ナジカ様が導いてくださると」

「おかげで、良い夢を見た気がする……あの子たちに感謝せねばな」

「それはきっと喜ぶでしょう」

ダヤンの姿は部屋に無かった。ラナ曰く、農作業に出ているそうだ、村人はそれに倣い彼から農法を学び始めたとも。よかった、泣き顔を見られずに済んだようだ、視る事ができないラナも、それに気づいてはいないだろう。

「あなたのおかげで、村は活気が戻りつつあります。カマルもきっと……この村の姿を見れば喜んだ事でしょう」

「カマルの事だが……」

放浪者は、カマルの事の顛末をラナに語った。カーヤが見聞きした話をそっくりそのまま聞かせたのだ。ラナは静かにそれを聞き、受け止めたのだ、カマルの死を。

「ありがとうございます、夫の最期を教えてくれて……」

「彼もきっと、ナジカ様が魂を運び、その担いは浄化の女神たるウィージャス様に委ねられた事でしょう……いつか、わたしもきっと会えます」

ラナは目尻の涙を拭い、悲しみを甘受した。そうする事で、亡き夫を弔い、そして前に進む事が出来るのだ。放浪者は、ラナを引き寄せその背中をさすった、この女性の痛みを少しでも和らげたかったのだ。

「ありがとうございます……すいません、あなたの前で。涙など」

「構わない、それもまた、あなたがカマルの事を想っての事だ」

「えぇ……そうかもしれないですね。……お身体はどうですか?」

「おかげで十分休息をとれた……万全と言って良いぐらいに」

ラナを静かに放し、放浪者は自分の身体を確かめた。傷は癒えている、これはダヤンの目覚めた力によるものだろう。そして体力もしっかりと戻って居る。

「また、旅をお続けに……?」

「あぁ、そうだな」

「そうでしょうね……あなたは、不思議な方です」

「……?」

放浪者は、不思議に思いラナを見た。目が見えぬはずの彼女であるが、まるで何かが見えているように放浪者は感じ取ったのだ。

「私にはもう光見えません、ナジカ様の声を、そのお姿を垣間見る事も……でも見えるものもあります。あなたの魂は……どこかこの世のものとは思えない色をされております。まるで、この世界で育まれたものとは違うような……」

「……」

「あなたは。『ホライズン・ウ転生者ォーカー』なのでしょうか、旅人さん」

「……それをどこで?」

放浪者は、どちらともつかない返答をラナに示した。ラナの眼は確かに、見えないものが見えるらしい。

「古い、言い伝えです。ナジカ様もまたかつて人であらせられた頃、そうであったと聞き及んでおります」

「おれは……旅の神アルタイラスに導かれ、旅を続けている。どうやら……その終着点は、まだここではないようだ」

「……かの羇旅神が……。なるほど、あなたも加護をお持ちなのですね。では、旅を続けなければなりませんね、あなたの旅が終わるまで」

ラナの言葉には、どこか寂しそうな気配を放浪者は感じ取った。放浪者はその思いに応える事はできなかった、旅の終着点にはまだたどり着いていないのだ。

「ダヤンは、加護を得たそうだな……豊穣の姫神の」

「えぇ、あの子は私から、加護を受け継いでおります……あの子もいずれ旅に出なくてはなりません。ですが……まだそれには時間がかかる事でしょう」

「あなたが、彼を導くのか」

「えぇ……手が掛かる子ですから、その時まで」

ラナは母の顔で穏やかに答えたが、その決意には放浪者は頷くしかなかった。

力を得た者はその責任が伴うのだ、ダヤンもいずれ。その時が来るのだろう。

「そろそろダヤンが戻りますね……昼食にしましょう、寝覚めには栄養が一番ですよ」

「そうだな……いただくとしよう」

「えぇ、ぜひそうしてらしてください。それと……ありがとうございます。ダヤンを救ってくれて」

ラナは礼を放浪者に深く向けた、放浪者はそれに応えた。

「いや……あの子の勇気が、おれを救ってくれたのだ」
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