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混血の放浪者 5-5
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庭園は残酷なほどにその姿を変えてしまった。
異形の大樹、その出現により花々はすべて枯れ果て、一片のかけらせ残らず、砂の大地と化した。荒れた大地に吹く風は、放浪者を激しく打ち付け、空の稲光は一層に激しくその雷光を鳴らしていた。
『バカナ……オレハカゴヲウケテイルハズ……イヤダ……キエタク……キエタクナ……』
ハッバンの意識は完全に、フォロットエーグに飲み込まれた。その意志は消え去り、残るは異形の巨木がまき散らす悪意のみとなった。その不完全にも完全となった巨木の腐敗の影響は、この庭園のみならずいずれ大地に根を張り、村をはじめその周囲にまき散らされる事になるだろう。
放浪者は、哀れな魔術師に目礼を捧げた。魂に、ひとかけらの善意が残って居れば、まだやり直す手立てはあったはずだ。だが、今では魂ごと取り込まれてしまったと放浪者は悟った。その存在は未来永劫、生まれ変わる事は無い事も。
「自らが取り込まれる事で、エーグを支配できると踏んだようだが。……愚かにも、飲み込まれたようだな。……ナーダレスは加護など与えん、お前は救いようのない事をしてしまった」
「救えぬ者ならば、滅ぼすしかない」
剣を抜くときは、相手を滅ぼす時のみ。
それが、羇旅神アルタイラスの誓いであった。
その旅の終わりを、与えよ。
放浪者は、マントを脱ぎ棄てた、それは風に乗り空高く舞い上げられた。放浪者は腰後ろの剣を鞘ごと握り……地平線を描くように、水平に構え掲げた。
静かに目を閉じ、僅かに頭を垂れるように祈りをささげた。
『汝に旅の終わりを、与えん』
異形の巨木は、その腕を振るいあげた。その巨きな腕は緩慢に振るわれるが、その巨大さゆえに目が錯覚させる。その振るいおろされる質量は、疾く早く風を唸らせ轟音を重さを伴い、放浪者に迫る。
『この蒼き刃に誓い、滅びを以て』
鞘が鳴り震える、それは抜刀の合図。鞘先から走る光はその身に、旧き文様を浮かび上がらせる。柄まで奔ったその一筋の光は、柄を握りしめた放浪者の腕に宿り、放浪者は剣士と成る覚悟を決めた。
『――力を、解放する』
シャラリと鈴の音のように鳴り、その剣が鞘と分かたれる。抜刀の奏では、蒼白い眩い輝きを纏わせ、その刀身を露わにした。それを一息に抜き放つと同時に、迫る異形の巨木が腕を横一文字に蒼い一閃が奔り、斬り裂いた。
〈オォォォォォォ…………!!〉
異形の巨木が咆哮を挙げ、その剣圧に押されるように退いた。かけらを散らす事なく、裂けたその腕の断面は異形の肩口までその開きを走らせ、その腕を落とさせる。
砂の大地に落ちた腕は、煙を巻き上げもはやただの巨大な丸太と成りはてた。
「……ッ……」
剣の振るいに、剣士の額に汗が滲む。その腕を包む輝きは使用者に反動を与える。その力を振るうごとに、まるで生命が削られていくかのような感覚を覚えるのだ。命を奪う痛みは、それ行うもの自身をも襲う。
剣士はその痛みに耐え、追撃の為に異形の巨木に迫る。踏み出した一歩はその速度を早め、その俊足は刃から漏れる光がもたらし、尋常ならざる早さを与える。最後の踏み込みで剣士は跳ねるように高く、高く飛び上がった。
〈グルォォォォォォ!!!!〉
異形の巨木はその落とされた肩口から、すぐさまに再生を始めた。『叢生の珠玉』がもたらした再生力は迅速にその成長を早めたのだ。接ぎ木のように生えた枝はねじれ、螺旋を描き伸びて、巨大な槍となって飛び掛かる剣士に襲った。
「ぬッ……ゥッ!!」
剣士は鞘を掲げる、攻防一体の技その鞘は盾として機能する。だが飛ぶ勢いが早すぎる為。質量を伴った槍の一撃は鞘では防ぎきれず、そのまま大地へと轟音を立てて剣士ごと圧したのだ。
気を失うほどの圧力を、剣士は浴びせられる。だが地面に触れる直前に剣士は刃を逆手に持ち替え、二度振るった。その反動の痛みが、剣士の正気を保たせる。
十字に刻まれた異形の巨木のその槍は、四方に裂けた。圧迫の力を分散しその中央を、さらなる追撃で剣士は、背中を砂地に押し込まれながらも突き返した。走った閃光が、再び異形の巨木の腕を貫く。
〈ヌグォォォォォ!!!〉
さらに四方に広がる前に、異形の巨木は再生を早め、腕に蔦を這わせた。それはしゅるりと素早く腕に巻き付き、広がりを抑え、口を開いた獣が獲物を飲み込むように閉じた。
剣士は素早く、それが閉じきる前に隙間から飛び出し、難を逃れる。だが、すぐに足元に巨大な影が伸びていた。もう異形の巨木のもう片腕がすぐ上まで迫って居たのだ。
「くそッ……!!!」
剣の輝きがもたらす『加速』の効果を以てしても、それを回避するのはギリギリだった。身を転じて砂地を滑り、その勢いを殺す為に剣士は無理な体勢で着地せざるを得なかった。
「ガハッ………!」
口から吐瀉した血が、砂地を汚す。異形の巨木の猛攻は剣士に大きくダメージを残している。口の中の血を吐き捨て、剣士は前進した。交差するように閉じられた異形の巨木の腕は、追い込み漁のように獲物を誘い込む。
〈ゴボッ……ゴボボッ!!!〉
剣士の頭上に、異形の巨木の洞が、その禍々しい珠玉の輝きが見える。その内側に、もはや人の顔を成していない、ハッバンであったものの姿も。
その抱え込むような体勢は、そこから漏れた体液が滝のように剣士の頭上に迫った。先に雫が肩に触れ、腐食の嫌な臭いが剣士の鼻をつく、全身に浴びればどうなるかは火を見るより明らかだった。
剣士の視線は異形の巨木、その足元を見据えていた。『加速』の手助けもあり、そこまで走り込む事はギリギリではるが、可能であった。可能にしなければ、先はない。
「ぬぉぉぉぉぉッ!!!!!」
歯を食いしばり、自らの鼓動が弾けようとするほど高まるのを剣士は聞いた。飛び込むように、異形の巨木の足元に転がり込み、潜り抜けた。後ろで滝が落ちる音が響く、そしてその大地が劣化し、腐敗の沼と化す音も。
剣士は身を転じ、片足を軸に姿勢を反転させた。しゃがみ込んだそのままの姿、その視線は異形の巨木が、緩慢に立ち上がり、こちら側に向くのを待った。……その片足が沼地に降りる。
「ガァアァァァァァァ―ーーーッッッ!!!」
剣士は咆哮をあげた。しゃがみの姿勢から、獣のように一気に前に走り出し『加速』の速度を以て、その蒼き刃の切っ先を下ろし。異形の巨木のもう片足を狙った。
――紫電一閃。その一筋の閃光は、異形の巨木の片足を真一文字に斬り裂いたのだ。
片足の軸を失い、沼地にとられたもう片足はその地盤の緩さでさらに姿勢を崩し。
異形の巨木は砂煙を大きく巻き上げ、曇天を仰ぎ倒れ込んだ。
砂煙が落ち着き、剣士は仰向けになった異形の巨木の、洞の淵に立っていた。
その禍々しい輝きを剣士は鋭い視線を込めて見下ろしていた。
〈ま、まて……まってくれ!〉
その中で輝くその権能を反転した『叢生の珠玉』、その内側の貌が剣士に向いていた。
ハッバンの意志は完全に消滅しきっていなかった、その執着がまだそうさせたのか。だが消えるのは時間の問題だった。
〈や、やめろ……!おまえが何をするのかは分かっているぞ……!そんな事をしてみろ、この土地は未来永劫、豊になる事は無い!自然は放っておけばいずれ再生する!だ、だめだ!そんな事をしては……!〉
「……」
剣士は、剣を振るいあげた。静かに、その視線は狙いを定めたまま。
〈ヒィィ……!やめろッ!!!なぜだ……!おまえには関わり合いの無いはずだ!なぜそこまでしてこの村を……あのガキを!〉
放浪者は剣を振り上げたまま、ハッバンであったものを静かに見据えた。目を僅かに細め、自問自答をした。だが、その答えはすぐに出て来た。
「粥を馳走になった。……あの子が、必死の想いで育てた粥を」
「お前には、永遠に分かるまい」
〈そ……そんなことで……そんなものの為にッ……わ、わかった!俺が腹いっぱい麦をおまえにやろう……だからッ……!!!〉
剣士は目を見開き、刃の閃光を走らせた。
〈グヌァァァァァ―――……ッ!!〉
その一閃は、異形の巨木は『叢生の珠玉』ごと真っ二つに斬り裂いた。響く断末魔は、剣士の伴う反動の痛みを和らげはしなかった。だがやり遂げたのだ。
振るいおろした刃を掲げ、剣士は鞘を水平に持ち。蒼き光を鞘に納刀した。
剣士は再び放浪者に戻ったのだ。
『叢生の珠玉』はその最期に、植えられていた悪意をも斬り裂かれた。
その弾けた輝きは、異形の巨木を中心として天を貫き、その曇天を晴らし東雲の空へと展示させた。
そこから降り注いだ純一無雑な雨は、荒れた大地に広がり、そして……純白の花を咲かせた。本来のナジカの庭園の姿を取り戻したのだ。そして束の間振り切ったあと、雨は止み。天には虹のヴェールが咲いた。
放浪者は空を仰ぎ。そこに最期のネイジャスの意志を感じ取った。語らずとも、かの意志のかけらは、生命を尊重したのだ。生きる者の為の証を。
放浪者は、地平線を描くように掲げた得物を眼前に持ち上げ、深く礼を向けた。それがデム老への餞として。
放浪者は、ポータルを見た。その傍では、静かに佇む神聖な衣を身にまとう女性が居た。
その女性に放浪者は浮世離れさを感じた。その女性は、放浪者に目礼を送ると……何も語らずに、ポータルの方へと視線を向け示した。
放浪者はその女性の意図を感じ取り、深く礼を向けた。彼女が誰であるかは、理解した。そして彼女がここに居るという事は、すべては終わったのだ。
「帰らねば……」
放浪者はポータルへと足を向けたのである。
皆が待つ場所へ。
異形の大樹、その出現により花々はすべて枯れ果て、一片のかけらせ残らず、砂の大地と化した。荒れた大地に吹く風は、放浪者を激しく打ち付け、空の稲光は一層に激しくその雷光を鳴らしていた。
『バカナ……オレハカゴヲウケテイルハズ……イヤダ……キエタク……キエタクナ……』
ハッバンの意識は完全に、フォロットエーグに飲み込まれた。その意志は消え去り、残るは異形の巨木がまき散らす悪意のみとなった。その不完全にも完全となった巨木の腐敗の影響は、この庭園のみならずいずれ大地に根を張り、村をはじめその周囲にまき散らされる事になるだろう。
放浪者は、哀れな魔術師に目礼を捧げた。魂に、ひとかけらの善意が残って居れば、まだやり直す手立てはあったはずだ。だが、今では魂ごと取り込まれてしまったと放浪者は悟った。その存在は未来永劫、生まれ変わる事は無い事も。
「自らが取り込まれる事で、エーグを支配できると踏んだようだが。……愚かにも、飲み込まれたようだな。……ナーダレスは加護など与えん、お前は救いようのない事をしてしまった」
「救えぬ者ならば、滅ぼすしかない」
剣を抜くときは、相手を滅ぼす時のみ。
それが、羇旅神アルタイラスの誓いであった。
その旅の終わりを、与えよ。
放浪者は、マントを脱ぎ棄てた、それは風に乗り空高く舞い上げられた。放浪者は腰後ろの剣を鞘ごと握り……地平線を描くように、水平に構え掲げた。
静かに目を閉じ、僅かに頭を垂れるように祈りをささげた。
『汝に旅の終わりを、与えん』
異形の巨木は、その腕を振るいあげた。その巨きな腕は緩慢に振るわれるが、その巨大さゆえに目が錯覚させる。その振るいおろされる質量は、疾く早く風を唸らせ轟音を重さを伴い、放浪者に迫る。
『この蒼き刃に誓い、滅びを以て』
鞘が鳴り震える、それは抜刀の合図。鞘先から走る光はその身に、旧き文様を浮かび上がらせる。柄まで奔ったその一筋の光は、柄を握りしめた放浪者の腕に宿り、放浪者は剣士と成る覚悟を決めた。
『――力を、解放する』
シャラリと鈴の音のように鳴り、その剣が鞘と分かたれる。抜刀の奏では、蒼白い眩い輝きを纏わせ、その刀身を露わにした。それを一息に抜き放つと同時に、迫る異形の巨木が腕を横一文字に蒼い一閃が奔り、斬り裂いた。
〈オォォォォォォ…………!!〉
異形の巨木が咆哮を挙げ、その剣圧に押されるように退いた。かけらを散らす事なく、裂けたその腕の断面は異形の肩口までその開きを走らせ、その腕を落とさせる。
砂の大地に落ちた腕は、煙を巻き上げもはやただの巨大な丸太と成りはてた。
「……ッ……」
剣の振るいに、剣士の額に汗が滲む。その腕を包む輝きは使用者に反動を与える。その力を振るうごとに、まるで生命が削られていくかのような感覚を覚えるのだ。命を奪う痛みは、それ行うもの自身をも襲う。
剣士はその痛みに耐え、追撃の為に異形の巨木に迫る。踏み出した一歩はその速度を早め、その俊足は刃から漏れる光がもたらし、尋常ならざる早さを与える。最後の踏み込みで剣士は跳ねるように高く、高く飛び上がった。
〈グルォォォォォォ!!!!〉
異形の巨木はその落とされた肩口から、すぐさまに再生を始めた。『叢生の珠玉』がもたらした再生力は迅速にその成長を早めたのだ。接ぎ木のように生えた枝はねじれ、螺旋を描き伸びて、巨大な槍となって飛び掛かる剣士に襲った。
「ぬッ……ゥッ!!」
剣士は鞘を掲げる、攻防一体の技その鞘は盾として機能する。だが飛ぶ勢いが早すぎる為。質量を伴った槍の一撃は鞘では防ぎきれず、そのまま大地へと轟音を立てて剣士ごと圧したのだ。
気を失うほどの圧力を、剣士は浴びせられる。だが地面に触れる直前に剣士は刃を逆手に持ち替え、二度振るった。その反動の痛みが、剣士の正気を保たせる。
十字に刻まれた異形の巨木のその槍は、四方に裂けた。圧迫の力を分散しその中央を、さらなる追撃で剣士は、背中を砂地に押し込まれながらも突き返した。走った閃光が、再び異形の巨木の腕を貫く。
〈ヌグォォォォォ!!!〉
さらに四方に広がる前に、異形の巨木は再生を早め、腕に蔦を這わせた。それはしゅるりと素早く腕に巻き付き、広がりを抑え、口を開いた獣が獲物を飲み込むように閉じた。
剣士は素早く、それが閉じきる前に隙間から飛び出し、難を逃れる。だが、すぐに足元に巨大な影が伸びていた。もう異形の巨木のもう片腕がすぐ上まで迫って居たのだ。
「くそッ……!!!」
剣の輝きがもたらす『加速』の効果を以てしても、それを回避するのはギリギリだった。身を転じて砂地を滑り、その勢いを殺す為に剣士は無理な体勢で着地せざるを得なかった。
「ガハッ………!」
口から吐瀉した血が、砂地を汚す。異形の巨木の猛攻は剣士に大きくダメージを残している。口の中の血を吐き捨て、剣士は前進した。交差するように閉じられた異形の巨木の腕は、追い込み漁のように獲物を誘い込む。
〈ゴボッ……ゴボボッ!!!〉
剣士の頭上に、異形の巨木の洞が、その禍々しい珠玉の輝きが見える。その内側に、もはや人の顔を成していない、ハッバンであったものの姿も。
その抱え込むような体勢は、そこから漏れた体液が滝のように剣士の頭上に迫った。先に雫が肩に触れ、腐食の嫌な臭いが剣士の鼻をつく、全身に浴びればどうなるかは火を見るより明らかだった。
剣士の視線は異形の巨木、その足元を見据えていた。『加速』の手助けもあり、そこまで走り込む事はギリギリではるが、可能であった。可能にしなければ、先はない。
「ぬぉぉぉぉぉッ!!!!!」
歯を食いしばり、自らの鼓動が弾けようとするほど高まるのを剣士は聞いた。飛び込むように、異形の巨木の足元に転がり込み、潜り抜けた。後ろで滝が落ちる音が響く、そしてその大地が劣化し、腐敗の沼と化す音も。
剣士は身を転じ、片足を軸に姿勢を反転させた。しゃがみ込んだそのままの姿、その視線は異形の巨木が、緩慢に立ち上がり、こちら側に向くのを待った。……その片足が沼地に降りる。
「ガァアァァァァァァ―ーーーッッッ!!!」
剣士は咆哮をあげた。しゃがみの姿勢から、獣のように一気に前に走り出し『加速』の速度を以て、その蒼き刃の切っ先を下ろし。異形の巨木のもう片足を狙った。
――紫電一閃。その一筋の閃光は、異形の巨木の片足を真一文字に斬り裂いたのだ。
片足の軸を失い、沼地にとられたもう片足はその地盤の緩さでさらに姿勢を崩し。
異形の巨木は砂煙を大きく巻き上げ、曇天を仰ぎ倒れ込んだ。
砂煙が落ち着き、剣士は仰向けになった異形の巨木の、洞の淵に立っていた。
その禍々しい輝きを剣士は鋭い視線を込めて見下ろしていた。
〈ま、まて……まってくれ!〉
その中で輝くその権能を反転した『叢生の珠玉』、その内側の貌が剣士に向いていた。
ハッバンの意志は完全に消滅しきっていなかった、その執着がまだそうさせたのか。だが消えるのは時間の問題だった。
〈や、やめろ……!おまえが何をするのかは分かっているぞ……!そんな事をしてみろ、この土地は未来永劫、豊になる事は無い!自然は放っておけばいずれ再生する!だ、だめだ!そんな事をしては……!〉
「……」
剣士は、剣を振るいあげた。静かに、その視線は狙いを定めたまま。
〈ヒィィ……!やめろッ!!!なぜだ……!おまえには関わり合いの無いはずだ!なぜそこまでしてこの村を……あのガキを!〉
放浪者は剣を振り上げたまま、ハッバンであったものを静かに見据えた。目を僅かに細め、自問自答をした。だが、その答えはすぐに出て来た。
「粥を馳走になった。……あの子が、必死の想いで育てた粥を」
「お前には、永遠に分かるまい」
〈そ……そんなことで……そんなものの為にッ……わ、わかった!俺が腹いっぱい麦をおまえにやろう……だからッ……!!!〉
剣士は目を見開き、刃の閃光を走らせた。
〈グヌァァァァァ―――……ッ!!〉
その一閃は、異形の巨木は『叢生の珠玉』ごと真っ二つに斬り裂いた。響く断末魔は、剣士の伴う反動の痛みを和らげはしなかった。だがやり遂げたのだ。
振るいおろした刃を掲げ、剣士は鞘を水平に持ち。蒼き光を鞘に納刀した。
剣士は再び放浪者に戻ったのだ。
『叢生の珠玉』はその最期に、植えられていた悪意をも斬り裂かれた。
その弾けた輝きは、異形の巨木を中心として天を貫き、その曇天を晴らし東雲の空へと展示させた。
そこから降り注いだ純一無雑な雨は、荒れた大地に広がり、そして……純白の花を咲かせた。本来のナジカの庭園の姿を取り戻したのだ。そして束の間振り切ったあと、雨は止み。天には虹のヴェールが咲いた。
放浪者は空を仰ぎ。そこに最期のネイジャスの意志を感じ取った。語らずとも、かの意志のかけらは、生命を尊重したのだ。生きる者の為の証を。
放浪者は、地平線を描くように掲げた得物を眼前に持ち上げ、深く礼を向けた。それがデム老への餞として。
放浪者は、ポータルを見た。その傍では、静かに佇む神聖な衣を身にまとう女性が居た。
その女性に放浪者は浮世離れさを感じた。その女性は、放浪者に目礼を送ると……何も語らずに、ポータルの方へと視線を向け示した。
放浪者はその女性の意図を感じ取り、深く礼を向けた。彼女が誰であるかは、理解した。そして彼女がここに居るという事は、すべては終わったのだ。
「帰らねば……」
放浪者はポータルへと足を向けたのである。
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