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ライクベルン王国

175.ただいま

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 さて、俺達引っ越し組の足はそれほど速くない。
 引っ越し道具があるし、婆ちゃんは長旅に慣れている訳じゃないから馬の脚もゆっくりである。

 「きゅんきゅん♪」
 「あいつ、馬達を引っ張っているつもりか?」
 「ふふ、いいじゃない。アルフェンの役に立ちたいのよ」
 「大きくなったら頼りになりそうじゃな」

 野生の心はもう無さそうなと思いながら、先頭で俺達が乗っている馬車を引く馬と並んでよちよちと歩いている。
 さすがに心配なので俺も一緒に歩いているのだが、リンカと爺さんは窓から声をかけてきていたりする。

 「お前も訓練しないとな」
 「きゅーん!」
 
 頑張ると言わんばかりに一声鳴くクリーガーの将来を考えつつ、少し下がって爺さんに尋ねる。

 「もうすぐ陽がくれるけど、町まで行けそう?」
 「そうだな、この分だと遅い時間になるかもしれん。とりあえずワシも降りておくかのう」
 「ん? どうして?」
 「それなりに駆逐はしておるが、強盗や盗賊の群れは尽きるものではないのだ。この荷物で足も遅ければ格好の獲物。陽が落ちれば襲ってくる可能性もあろう」

 なるほどね。
 俺も川から這い出て森で襲われたことがあるから言いたいことは分かる。
 周辺は森のように木が生い茂っている訳じゃないけど、丘陵のように起伏があり、岩もボチボチあるから隠れる場所もよく見ればある。

 「なら適当に魔法でも撃ってみるかな? ほい」
 「む、いま詠唱をしてなかったような――」

 上空に向けてアイシクルダガーを放ち、岩陰などに放物線を描いて落下するよう仕向けていると、爺さんが顎に手を当てて訝しむ。
 俺がそれに答える前に、動きがあった。

 「うおおおお!? な、バ、バレてたのか!?」
 「いでぇぇぇぇ!?」
 「爺ちゃん、お出ましだ……って、速っ!?」
 
 俺が声をかけようとした時にはすでに声が聞こえた岩陰へ向かっていた。
 爺さんがまともに戦うのを見るのは初めてだが、踏み込み速度がおかしい。

 父さん……ゼルガイド父さんも強いがランクが上、伝説クラスのランクになるとここまで違うものかと驚いた。

 「ぐあ!?」
 「殺しはせん、捕まえて突き出せば金になるからな。孫二人を養うのは大変だからな」
 「あっという間に二人、か。それじゃ俺も頑張るかな?」
 「アルフェン!」
 
 リンカの声にわかっていると返事をしながら小さめのファイヤーボールをいくつか地面に向かって撃ちだす。
 それが爆発すると舌打ちをしながら見るからに野蛮そうな人間が20人くらい出てきた。

 「くそ、背後から襲うつもりだったのに! 金だ、金を出せ!」
 「あの娘を攫え、上玉だぞ!」
 「荷物もいいのがあるぞ!」

 好き勝手なことをいう盗賊団、でいいのか? そいつらが囲むように展開するのを、

 「お前らみたいな有象無象にやられるかっての!」
 「腕一本は覚悟しろよ!」
 
 血気盛んな雇い冒険者と護衛騎士達が怒鳴り声をあげながら迎え撃つ。
 向こうも生活がかかっているのでこちらを殺しに来るが、やはりというか練度は低く、ほぼワンサイドゲームである。

 「うおあ!?」
 「どうした、威勢が良かったのは最初だけか!!」
 「こ、このジジイ強ぇ……!」

 「うーん、やっぱり俺達必要あったのかねえ。依頼料貰えるのは助かるけど」
 「なら、漏れているヤツを倒すぞ」
 
 いつの間にか接敵していた爺さんに次々と斬られていく盗賊たちに、味方からも呆れた声が上がっていた。
 リンカと婆さんを守るため馬車付近で待機していると、クリーガーが吠える。

 「きゅんきゅん!!」
 「うわ!? なんだ!? くそ、娘だけでも……!」
 「俺が居るけどな!」
 「ガキが、調子に乗ってんじゃ……あいた!? このいぬっころが!」
 「きゃうん!?」
 「クリーガー! こいつ……!」

 盗賊の足に噛みついたクリーガーを振り払い宙に舞う。
 その瞬間、俺は相手の防具がない両太ももをアイシクルダガーで貫いていた。

 「な、魔法!? ぐあ!」
 「クリーガーになにするのよ!」
 「うおおお!」
 「ナイスだリンカ!」

 足に気を取られた盗賊の顔へ婆ちゃんの日傘がクリーンヒット。その間に俺はクリーガーをキャッチしてことなきを得た。

 「きゅうん!」
 「おう、頑張ったな!」
 「よしよし、まだ小さいんだから危ないことしちゃダメよ?」

 満足気なクリーガーの背中を撫でてやり、リンカに手渡してから倒れた盗賊をロープで拘束しておく。

 「さて、他は――」

 と、目を向けるとすでに勝敗は決しており全員すでに捕まえられていた。
 相手を殺さないで拘束するのって実は結構難しいのだが、そこは流石と言うべきか。

 「お疲れ様!」
 「殆んどアルベール殿にもっていかれたけどなあ」
 「ふふん、腕が治ったワシに勝てるものなどそう多くはないからな」

 その自信は強さに基づいているから誰も呆れたりはしない。
 爺さんが周囲を警戒しながらそんなことを口にしているのを横目に、俺は盗賊たちの治療を始めていた。

 「おいおい、治すのかい?」
 「まあ、こいつらも好きで盗賊をやっているだけのヤツばかりじゃないだろうし、反省してやる気があれば仕事をするんじゃない?」
 「……ふん、ガキが知ったような口を利くんじゃねえ」

 治療していた髭面の男が目を覚ましたのか悪態をついたので、俺は鼻をつまみながら言ってやる。

 「こっちだって両親を殺されてもなんとか生きてんだ、なにがあったか知らないけど大の男が他人に迷惑かけて生きるってのはどうなんだ?」
 「……」

 男は俺を見て目を細めるが、特に言及することなく黙り込んでいた。
 荷物が増えてさらに鈍足になったものの、月明かりの下なんとか町まで到着。
 
 爺さんの顔パスで中へ入ると婆さんとリンカは先に宿へ行ってもらい、俺達は盗賊たちを引き渡しに出向いた。
 
 小規模ながらも商人が金を奪われた案件があったようだが、誘拐とか殺人はやっていないらしく、普段は狩りをしながら洞穴を転々としながら過ごしていたとか。
 俺達を襲った理由としては――

 「金持ちだと思ったから生活が楽になると……」

 ――などと供述しており、とりあえず臭い飯を食わされた後は町で監視付きの生活になりそうだ。
 それなりの飯は出るけど無給で大工仕事なんかをするんだとか。
 衛兵が『20人くらいなら少ない方だよ』と笑っていたのが印象的だった。イークベルンよりも土地が広いせいかこういうのはたまに現れるのだとか。

 そんな調子で一泊し、そこからは魔物と戦うくらいのトラブルはあったものの、無事にフォーリアの町へと到着した。

 「ここがアルフェンの生まれた町?」
 「ああ。……久しぶり、本当に久しぶりだ」

 町の入り口から伸びた大通りも店構えも変わっていない。
 ぞろぞろと入っていく俺達に人々がなにごとかと目を向けてくる。
 なんとなく覚えのある人も居るなと思っていると、

 「お、お前……アル坊じゃねえか!? 母ちゃん! アル坊だ!」

 八百屋のカタールおじさんが目を見開いて驚いて店の奥へ引っ込んでいく。
 覚えていてくれたんだなあ……ちょっと老けたかな?

 そんな街並みを進み、やがて生家である屋敷へと辿り着く。

 「……」
 「アルフェン?」
 「きゅうん?」

 屋敷を見上げると当時のことが思い出されて胸が締まる。
 リンカとクリーガーが心配そうに声をあげたので、俺は一度目を瞑ってから呼吸を整える。
 目を開けてから格子状になっている門に手をかけて押すと、錆びた鉄の音が聞こえてきて、10年は経っていないが人の住まない屋敷なんだと思い知らされた。

 そして俺は敷地に足を踏み入れてから口にする。

 「ただいま」

 ただ一言、帰還の言葉を。
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