上 下
140 / 258
中央大陸の戦い

134.逃げ場のない船上

しおりを挟む

 さて、『ブック・オブ・アカシック』の怪しげな占いはさておき船旅は実に順調だった。

 「ばいばい、おにーちゃーん!」
 「それでは、縁があればまた」
 「お気を付けて」

 中央大陸の南にある港に停泊した際も下船せず、あの親子を見送るだけに留まったからトラブルに巻き込まれるはずなんてあるはずもない。
 
 そのまま次の停泊先である南東の港へと出航。
 乗員やお客さんはいくつか入れ替わったものの、特に気になるような事態も起こらずのんびり過ごしていた。

 「ふう……この辺は波が高いのか揺れるな」
 <揺れた方に体重をかけるか踏み込むのはいいですねー>
 「だろ? 同じ相手と戦っていたら読まれやすいけど、安定感はあるよな」

 昼くらいまでは訓練と昼寝を繰り返す毎日。
 今日あたり南東の港に着くらしいので、目的地である東の港まで後五日くらいか?
 まあ、食事は心配ないし下船する必要もないのでもう少しだと思おう。

 ちなみにここからライクベルンへ行くことも可能だが、この中央大陸は南に長く、ライクベルンは北西の位置にあるため、東からの方が実は早いという寸法だ。
 
 まあ、船でぐるりと回るくらいなら……という意見もあるのだが、大森林みたいな場所を通らないといけないらしいので結果的に東からが早いとはガリア王の言葉である。

 「おう、今日もやってんな」
 「ああ、おっさんか。やることないから鍛えるしかないんだよ」
 「精が出るな! ほら、干し肉だ」
 「サンキュー」

 ここ最近、俺が訓練していると話しかけてくる船員のおっさんだ。
 干し肉を受け取ってかじると、疲れた体に程よい塩気が補給される。

 「ウライハはまだ先だからな。まあ、次の港町までは夕方までには着くだろうよ」
 「まあ着いても降りないし、ご飯だけが楽しみだよ」
 「ははは、一日しか停泊しないから観光ってわけにもいかないしな」
 
 ちなみにウライハは東の港町のことである。
 降りて宿を取って休む人も居るらしいけどお金がもったいないし、観光なんてする余裕もないので船で寝るのが一番いいのだ。

 <いざ向こうで下船してからどれくらいかかるかわかりませんしねえ>

 まったくだ。
 金はいくらあっても困ることは無いので、ギルドで稼ぎながら行くかなとは考えている。

 そんな話をしているとおっさんが仕事に戻って再び一人になったので海を眺めながら南東の港町へと到着するのを見ていた。
 もちろん下船はせず、夕食を食べてから眠るとまた朝になり、程なくして出航。
 
 このまま順調に行けばライクベルンへ帰るのはすぐだ。
 一度ウライハへ着いたら手紙を出してみようと思っていて、郵便事故であれば中央大陸から出せばきちんと届くのではないかと考えている。
 ま、どちらにしても次の港まで辛抱だ。

 そして出航二日目。
 そうしていつものように甲板で訓練をしていたのだが、なんだか船が騒がしいことに気づいた。

 「ん? なんか怒鳴り声が聞こえないか?」
 <そういえば船員さんがバタバタしてましたよね>
 「そういえば――」

 リグレットが言うように帆を管理する人が少なくなっているなと思った矢先、それは起きた。

 「甲板に出たぞ! もう逃げ場はない、捕まえろ!」
 「うああああああ!」
 「くそ、はええ!?」
 「囲め囲め!!」
 <なんです!?>

 船室へ続くドアが勢いよく開けられ、そこから犬耳をした子供が飛び出して来たかと思うと船員たちも飛び出し子供を追いかけ回していた。
 子どもの口にでかい肉があるのを見ると忍び込んで盗んだと見るべきか。

 「がるるるる……!」
 「威嚇すんな! お前、密航者だろ? 悪いようにはしねえから捕まっとけ」
 「今なら罪は軽い!」
 「がう!」
 「おう!? 噛みにきやがった……!」

 密航者とはまたイベントチックなものが発生したなあ。
 向こうの世界でもそれを手伝ったこともあるし、馴染みが無いわけじゃない。
 が、こんな子供がやるのは珍しいな? まあ、異世界だしそういうこともあるのかと思っていると、子供が口を開いた。

 「オレ、森に帰る……! なんでこんなところにいるんだ!」
 「な、なんだって?」
 「みんな、待ってくれ! どうも変だ」

 さらに船員が甲板に出てくると、小脇にやはり犬耳をした男の子を連れていた。
 もしかして……と思っていたら、先の犬耳が叫んだ。

 「セロ!?」
 「やっぱり知り合いか? 樽がガタガタと動いていて、転がった拍子に出てきたんだ」
 「か、返せ!」
 「落ち着け、事情を――」

 そう言いながら近づいた船員。
 その瞬間、犬耳が腰をかがめたので俺はまずいと思いサッと動いた。

 「!? は、放せ!」
 「落ち着け、お前が暴れたらあの子がどうなるか分からないぞ? ほら、俺はお前とあんまり歳も変わらないし、俺なら平気だろ?」
 「ううううう……」
 
 唸りを上げるが俺の言うことが分かっているらしく、段々力が落ちてきた。
 そこで俺は船員に声をかけてみる。

 「俺がなんとか話を聞いてみるからその子もこっちに置いてもらえるかい? 遠巻きに見ていてもらっても構わないからさ」
 「……し、しかし……」
 「坊主に任せてみようぜ、大人が大勢で囲んでたらびびっちまうわ。ほら、その子を貸してくれ」
 「おっさん!」

 訓練の時に声をかけてくれたおっさんが、ぐったりしている小さい犬耳を抱えて俺のところに来るとそっと横たえた。

 「セロ! セロ、返事をしてくれ!」
 
 その瞬間、セロと呼ばれた子のお腹から『ぐぎゅるるるる』と恐ろしいまでの音が聞こえてきた。

 「はは、大丈夫そうだな。ごめん、なんか消化に良さそうなごはんを頼める?」
 「おう、待ってろ。よし、ここに残るのは四人だけ遠巻きに見ていろ! どうせ海の上で逃げることはできんしな」
 「「「は、はい!」」」

 おっさん、もしかして地位がある人だった?
 まあそれはともかくこの獣人の二人だな……一体なにがあったんだか。
 落ち着いたら引き渡せばいいかと思っていたのだが――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

婚約破棄されたので暗殺される前に国を出ます。

なつめ猫
ファンタジー
公爵家令嬢のアリーシャは、我儘で傲慢な妹のアンネに婚約者であるカイル王太子を寝取られ学院卒業パーティの席で婚約破棄されてしまう。 そして失意の内に王都を去ったアリーシャは行方不明になってしまう。 そんなアリーシャをラッセル王国は、総力を挙げて捜索するが何の成果も得られずに頓挫してしまうのであった。 彼女――、アリーシャには王国の重鎮しか知らない才能があった。 それは、世界でも稀な大魔導士と、世界で唯一の聖女としての力が備わっていた事であった。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います

八神 凪
ファンタジー
 平凡な商人の息子として生まれたレオスは、無限収納できるカバンを持つという理由で、悪逆非道な大魔王を倒すべく旅をしている勇者パーティに半ば拉致されるように同行させられてしまう。  いよいよ大魔王との決戦。しかし大魔王の力は脅威で、勇者も苦戦しあわや全滅かというその時、レオスは前世が悪神であったことを思い出す――  そしてめでたく大魔王を倒したものの「商人が大魔王を倒したというのはちょっと……」という理由で、功績を与えられず、お金と骨董品をいくつか貰うことで決着する。だが、そのお金は勇者装備を押し付けられ巻き上げられる始末に……  「はあ……とりあえず家に帰ろう……この力がバレたらどうなるか分からないし、なるべく目立たず、ひっそりしないとね……」  悪神の力を取り戻した彼は無事、実家へ帰ることができるのか?  八神 凪、作家人生二周年記念作、始動!  ※表紙絵は「茜328」様からいただいたファンアートを使用させていただきました! 素敵なイラストをありがとうございます!

処理中です...