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アルフェンの旅立ち

幕間 ⑤

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 『彼は結局、心変わりをしませんでしたね。愚かなことだと思うのですが、なぜイルネース様は観察対象に久我和人を選んだのでしょうか』
 『最初に和人君に行ったように、面白いと思ったからさ』
 
 僕の付き人でもある神の遣いにティーカップを口につけながらそう返す。
 両親を殺されても尚、幸福を手に入れたにも関わらずそれを一時的とはいえ捨てて旅に出たアルフェンを理解ができないのは仕方がない。

 神やその眷属というのは合理的で善と悪という概念が薄い。
 楽な方ばかりを選ぶ、というと語弊があるものの、わざわざ苦労をする選択はしないものなのだ。

 『僕らの作った世界の人間は地球人と殆ど変わらないけど、稀に彼のような‟壊れた”人間が居るのが興味深いと思わないかい?』

 文明レベルが少々低い我らの世界は蛮行も多いので『殺人』というものが割と身近にあるけど地球はそうじゃない。
 かといって殺人事件が無いわけではないが、その中で復讐という手段を取り、それを成し遂げた彼がどういう生き方をするのか? そこに興味があったから送り出した。
 
 図らずも両親を殺され、また同じ道を辿ることになったが今回は事情が違い義理だけど家族が迎え入れてくれた。
 しかし、和人君……アルフェンはそこに甘んじることはなかった――

 『地球人でも稀なタイプでしょう。同じ轍を踏まずに幸せに暮らせばいいのです。国王になれば両親のことなど忘れて生涯楽しく生きられるでしょう。復讐とはいえ殺人者が転生して国王なら万々歳な人生でしょうに』

 付き人が眼鏡を直しながらそう言い放つ。
 彼女は賢いが先入観と受けたままを感じ取ることが先行して奥底にあるものを見ないのが玉にきずだね。

 『うーん、僕は違うかな? 地球で殺人は重罪。こちらの世界よりもかなりね。それを実行する精神力は計り知れないと思うよ? 殆どの人間は泣き寝入りか司法に任せる。故に選び取るものが他の人間と違うところに注目したんだ』
 『なるほど……』

 地球の科学技術の代わりに魔法が使える世界というのも送り出すのに観察材料だったりするけど。
 水洗トイレは魔法で浄化、ガスの代わりに火の魔法で、電灯代わりに光魔法。
 この便利さがある内は科学の発展はまだまだ先になると僕は考えている。
 
 まあ、それはともかくアルフェンには面白い人生を見せてもらわないとね。

 『……ひとつよろしいでしょうか』
 『ん?』
 『あの『ブック・オブ・アカシック』という本は一体なんなのでしょう? イルネース様もご存じない予知をする本。あのままで問題ないでしょうか?』
 『ああ……』

 そういえばあまりけど、そういうのもあったな。
 アレは僕にも分からないんだよねえ。
 まるでなにかを成し遂げたいかのごとく――

 『……! まさかあれは……』
 『どうかなさいましたか?』
 『いや、なんでもない。確証が持てたら話してあげるよ、それまで推測をするといい。僕の考えに近しい答えが出たらランクを一つ上げてもいいかな?』
 『本当ですか……!? それほどの謎があの本に……?』
 『……そうだね。もしそうなら、アルフェンはとんでもない人物ということになる』

 なるほど面白い。
 やはり彼を送り込んだのは正解だったようだ。だけど、そうなると『僕』はどうして動いていないのかが気になるね?
 アルフェンもいつ『それ』に気づくか――

 『それも含めて彼を見ていくのが面白いんだろうね、卵が先か鶏が先か……』
 『なんです?』
 『こっちの話さ。さて、アルフェンは無事ライクベルンへ戻ることができるかな?』

 まあ、戻ったとしても問題は山積みなんだけどね。
 僕は水晶玉に彼の祖父、アルベール将軍を映してからほくそ笑むのだった――


 ◆ ◇ ◆

 ――ライクベルン王国――

 「ぐぬ……」
 「痛むのですか……?」
 「なに、大したことは無い」

 妻に心配をかけまいと強がるが、呪いとやらの影響か傷口が疼いて仕方がない。
 激痛というわけではないが心臓の鼓動のようにどくどくと脈打つのだ。

 「……もう騎士団を引退したのですから剣は磨かずとも良いのではありませんか?」
 「なにをいう。ワシはまだアルフェンのことを諦めてはおらん。他国へ行った時に魔物や賊に襲われでもしたら――」

 ワシが剣を見ながらそう呟くと、妻は背後から首に抱き着いてきたので驚いて手を止めて首だけ振り返る。

 「……アルフェンのことは心配です。もしかしたら生きているかもしれない希望があるのも承知しております。ですが今回の騒動はあの子のことを利用されてこのようなことになったんでしょう?」
 「……」
 「アルフェンも大事ですがあなたも私にとって大切な人よ? もし亡くなられでもしたらこの先どうしたらいいか……」

 22で結婚し、25でマルチナを産んでから文句も言わず、浮気もせず、武人のワシにずっとついて来てくれた妻が弱音を吐くのを初めて聞いた気がする。
 口にはせぬが不安だったのだろう。

 「すまん……お前のことを考えていなかったな……」
 「いいのです。アルフェンのことは私も気がかりですから。でも、私達も年を取りました、せめて傷がもう少し癒えるまでお休みになってください」
 「そう、だな……」

 ワシは妻の腕に手をそっと置いたところで震えていることに気づく。
 ……よく考えればあの賊はワシを殺すつもりだった。
 そう考えればここへ強襲してくることもあるか?

 アルフェンをダシに使ったこととワシの左腕の礼はさせてもらいたいという思いはある。
 孫を探す前に憂いを断っておく必要があるかもしれんな――
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