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アルフェンの旅立ち
幕間 ④
しおりを挟む――ライクベルン――
家族が居なくなってから5年。
アルフェンの遺体だけが見つからなかったことに希望を見いだしていた祖父アルベールは、部下と共に捜索を続けていた。
「この町にも居ないようですね」
「そうか、ご苦労だったな。皆、今日はこの町で宿泊する。金はワシが持つ、好きな料理と酒を存分に楽しんでくれ」
「ありがとうございます、アルベール様。……しかし、これで国内の町村は全て回ったことになります。お孫さんはやはり海にまで流されたのでは……」
「言うなイーデルン。それでも遺体が無い限り諦めるわけには……いや、諦めたくないのだ」
アルベールが力なく首を振ると、イーデルンと呼ばれた男は困った顔を見せてから口を開く。
「……遠征訓練と称しての捜索もそろそろ限界かと思われます。陛下は寛大な対応をしてくださっていますが、あまり引き延ばしも他の隊に示しがつかないのではないかと」
「うむ……。副隊長のお前には苦労をかけるな」
「いえ、隊長の命令とあらば我々はどこまでもついて行く所存でありますから。では、隊に本日は駐留する旨を伝えてきます」
イーデルンが敬礼をし下がるのを目の端で見送ると、アルベールは両手で剣を杖替わりにして眼前に広がる穏やかな川に目を向ける。
「……当日は豪雨だったと聞く。分かっているのだ、いくらアルフェンが魔法に覚えがあっても6歳だった子が抗えるはずがない、と。だが、頭で理解していても心は追いつかん」
そう呟いてから踵を返し、部隊に合流し宿へ入ると宣言通り宴会が設けられた。
久しぶりの宴会だとはしゃぐ部隊の間で静かに酒を飲むアルベールに無精ひげの隊員が酒を注ぎに来て絡む。
「隊長、飲んでますか! 大丈夫ですよ、なんせ‟死神”の孫ですからね、アルフェン君は生きてますって! 諦めずに探しましょ」
「死神とはなんだ! このたわけ!」
「あいた!?」
「おいおい、酔いすぎだぞダージュ? 隊長にそれは禁句だろ? ですよね、死神隊長!」
「貴様もか、ティンダロス!」
「ぐあ!? クソ……全然落ち込んでる気がしねえ……」
「ふん、研鑽が足りんのだ。帰ったら模擬戦100本だな」
「「「うへぇ……」」」
酒の席で隊の皆がわざと明るく振舞っていることに苦笑する。
全員が彼のために明るく振舞おうとしてくれていることが目に見え、嬉しさと申し訳なさが同居したなんとも言えぬ感情が胸によぎっていた。
「(5年、か。そろそろ覚悟を決めねばならん時期かもしれんな……)」
◆ ◇ ◆
「帰ったぞ」
「ああ、おかえりなさいあなた。今回の遠征はどうでしたか?」
「……すまん、成果はない」
「そうですか……」
最愛の娘を亡くし、孫も行方不明となってから妻であるバーチェルも心労で疲れていた。
それでも最初の一年目に比べればかなり緩和され、今ではアルフェンが帰ってきた時にと帽子や手袋を編んだりなどして過ごしている。大きくなった孫が必ず帰ってくると信じて。
「なあバーチェル」
「なんですか?」
「……ワシは騎士団を辞めようと思うのだが、どう思う?」
バーチェルは一瞬、驚いて目を大きく見開く。
出会ったころから国のため、戦いに明け暮れていた夫が辞めると言い出したのだから無理もない。しかしそこは長年連れ添った夫婦だけあり、
「アルフェンのため、ですね? 騎士団を辞めれば他国へも行きやすくなるから……」
「うむ。陛下次第だがな」
「私は構いませんよ。財産もありますし。ついていきたいですけど、家を守ります」
「……すまないな。結婚して旅行のひとつもさせておらんというのに……」
アルベールが肩を落としてぽつりと呟くと、バーチェルはそっと後ろに回り込んで両肩に手を置いて微笑む。
「いいんですよ。私を大事にしてくれているのは分かっていますから。アルフェンを探す旅に一つの国くらいは一緒に行きます?」
「お、お前……」
柔和に笑うその顔は娘のマルチナによく似ていて、アルベールは泣きそうになるのをこらえて下を向く。
「よし、陛下に話をするか」
「はい、きっとアルフェンを見つけましょうね」
「フッ、お前には敵わないな」
二人で笑い合う。
遠征から帰り考えていたことを吐露して受け入れられたアルベールは少し気が楽になり、久しぶりの屋敷で食事を取りゆっくりすることができた。
しかし翌日、思いがけない出来事が起こる。
遠征で数日休みのため、朝食を摂った後にバーチェルとくつろいでいると執事のスチュアートが声をかけてきた。
「旦那様、手紙が届いております。こちらを」
「ありがとうスチュアート。珍しいな? ……差出人が書かれていないだと?」
「はい、少し怪しいですが勝手に処分する訳にもいきませんので……」
アルベールは眉を顰めながら封を破り中身を閲覧する。
そして内容を見た彼は目を細めて口を開く。
「『娘さん一家を惨殺した件と孫について知っていることがある。イオネア領にあるかの屋敷まで一人で来られたし。白狼の月14日深夜0時に待つ』……か」
「アルフェンのことを知っている……!」
「落ち着いてください奥様。旦那様これは胡散臭いですぞ」
「……分かっている。一人で夜中に来いなど自分から怪しいと言っているようなものだ」
口ではそう言いつつ、アルベールは手紙をじっと凝視していた。
不安になったバーチェルは声をかける。
「行くんですか……? 14日ということは明後日なので今から出れば間に合いますけど」
「……そうだな。すぐに発つ、スチュアート用意をしてくれ」
「むう……畏まりました。しかし、騎士を連れて行った方が良いのでは?」
「いや、本当にアルフェンのことを知っていて人質にでもされていたら困る。私一人で行く」
困った顔でスチュアートが言うが、アルベールは『大丈夫』と返して一人、馬を駆って亡き娘の屋敷へと向かう――
◆ ◇ ◆
「……0時。さて、なにが出てくる?」
門を入ってすぐの広場。
その真ん中に立って一人呟くと、スッと四方に気配を感じて剣に手をかける。
「ふん、やはり罠か」
「くっく、悪いな爺さん……かわいい孫をダシにしてよ?」
「目的はなんだ?」
黒いフードを目深に被った男が六人おり、目線を動かしながら尋ねると最初とは違う男が口を開いた。
「……あんたさえ居なければ。そう考える人間は多いってことだ。覚悟を――」
「なるほどな。無駄口は好きじゃあない、さっさと帰らせてもらうぞ……!」
「な!?」
言葉の最後は怒気を含んだものに変わり、音もなく踏み込むアルベール。
いつ抜いたのか? それすら認識できぬまま二番目に口を開いた男は首を飛ばされ、物言わぬ骸となった。
「チッ、この暗闇で正確にやってくれる……!? 一斉にかかれ!」
「……」
「背後からは避けられまい……!」
「ぬるいわ!」
全員が一気に肉薄しアルベールを追い詰めようと斬りかかっていく。
まず前から来る一人目の攻撃を回避し、顎を殴り上げたあと体を入れ替えると、背後から来た男へと蹴りつけてやる。
背後からの男は慌てて横に飛び倒れこんできた者を避ける。そこへアルベールの剣が待ち構えていた。
「うお……!?」
「ふむ、よくぞ受けた。だが……!」
剣を剣でガードされるが、アルベールはそのまま力任せに振り抜く。男は身体を曲げながら地面を転がり、それを見届けると左右からの敵に反応する。
「おいぼれが!」
「そのおいぼれを寄ってたかって攻撃し、負けておるのは誰かのう!」
「こっちにもいるぞ!」
左右からの攻撃を、まるでダンスを踊るように打ち払い、脛を蹴り、足を踏み、装甲の無い部分を確実に切り刻んでいく。
「つ、強い……!」
「まだだ……!」
「……」
「ぐあ……!?」
遠巻きに見ているひとりを警戒しながら、二人目を切り伏せて残り四人に。
「馬鹿な……!? 俺達はランク60以上はある……いくら爺さんが90を越えていてもこれだけ捌けるはずは……!」
襲撃をかけてきた男達は確かに腕は悪くなかった。
だが、怒りのアルベールはまさに‟死神”で、実力を発揮することは不可能だったのだ。
「ぎゃあ!?」
「これで四人。どうした、貴様さっきから動いておらんが臆したか?」
「……」
「く、くそ……」
残り二人となり、片方が焦りを見せる。
直後にだんまりを決め込んでいた男が残った一人へ耳打ちをした。
そして、二人がアルベールへと駆け出してくる。
縦に並び、後方の男の動きが読みにくい形だ。
「……来るか!」
「うおおおお……!」
アルベールと前方に居た男が剣を交えようとした瞬間、男の身体が加速した。
「なんと……!?」
「て、てめぇ……!? あぎゃ!?」
「ぐっ……!?」
加速した男がアルベールにぶつかると同時に、後方の男が剣を刺し貫いていた。
背中から串刺しにされ、男が血を吐く。
アルベールは即座に後ろへ飛ぶが、左腕がだらりと力なく揺れる。
「……左腕で庇ったか!? なんという危機対応能力……」
「貴様……仲間ごと……。む!?」
「あんたを倒すにはこれくらいしないと難しいからな。さて、そろそろ効き始めるかな?」
「て、めぇ……なにを……お、おっぉおぉぉぉ!?」
倒れた男が全身を痙攣させ泡を吹く。
すると最後に残った男はアルベールへと告げる。
「この剣は【呪い】を帯びていてな、斬られたところからじわじわと身体を蝕んでいく代物だ。心臓に近ければ一瞬で楽になれるところだったのに惜しい――」
「ぐ、おおおおおお!」
男が喋り終わる前に、彼は傷ついて蝕む左腕の肘から下を斬り落とした!
「しょ、正気か!? うお……!?」
「こ、これしきのこと……! 病巣を落とせば呪われまい……!」
「ば、化け物め……ならばもう一度斬るまで!」
「できるか、卑怯な手を使わねば勝てぬような男がぁ!!」
血だらけになりながらもアルベールの一撃は重く、速かった。
呪いの剣を振るうどころか、防御することで精いっぱいとなり、むしろ命が危うくなったのは男の方だ。
「はあああああ! ……うぐ!? 血を、流し過ぎたか……!」
「老いぼれが……くたばれ!」
「アルベール殿ぉぉ!!!」
「なに!?」
アルベールが膝をつき、凶刃が振り下ろされた瞬間、横から槍が一閃し男は後退する。そこには執事のスチュアートが鎧に身を包みアルベールを庇うように立っていた。
「な、何故ここに……」
「奥様からのお願いでございます。さあ、わたくしめが相手になりましょうぞ」
「スチュアート……現役ではランク80の重槍使い……分が悪いか……ふん、まあいい、どうせその腕ではもはや将軍として働けまい――」
「に、逃がすか……!」
「旦那様、動いてはいけません! すぐに病院へ。旦那様、旦那様ぁ!!」
そのまま気絶するように倒れたアルベール。
一命を取り留めることになるが――
◆ ◇ ◆
「ひ、ひひ……やった……やったぞ……爺が引退もしねえで孫探し……くそったれが……。だが、これで次の隊長……いや、将軍の座は俺のものだ……」
馬を走らせながらフードを取り去ったその男は……狂気に満ちた顔をした、副隊長のイーデルンだった――
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