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第三章

31日目 ナイアの奮闘

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 『カリンさん!』

 ナイアはカリンに呼びかけを続けるが声は届いていないようで、カリンは虚ろな目のまま、まるで人形のように椅子に座っていた。

 『催眠術? それにしては効果が深いわ……この男一体……? 少しだけ様子を見てみましょうか……』

 手出しをするつもりだが、この二人が何を企んでいるのかを確認する必要があるとナイアはじっと二人の様子を伺う事に決める。すると、クレルがカリンの前に手を翳した後、クラティスへ声をかけた。

 「……かかりました。さて、どうしますか?」

 「決まっている。以前の性格へ戻すのだ。従順なカリンへ戻るよう誘導してくれ」

 『記憶を取り戻す前のカリンさんに戻すつもりですか……!』

 驚愕するナイア。そしてクレルは再びカリンへと向き、語りかけるように尋ねる。

 「私の言うことに素直に答えるのだ。名前は?」

 「カリン……カリン=ノーラス……」

 クラティスがほう、と感嘆の声を漏らすが、クレルは気にせず続ける。

 「君は以前大人しい性格だったと聞いているが、今は違うらしい。何があったか話せるかな」

 『……! それはまずいですよ! カリンさん! 起きてください!』

 必死で体を揺すったり首を絞めたりするがカリンの口は止まらない――

 「階段から落ちて頭を打ったわ……そしたら……ぜんべろ!?」

 『ふう……危ないところでした……』

 カリンの口から何か出かかる前にナイアの一撃が横隔膜を刺激し、カリンがむせた。そして口からは違う何かが出た。

 「ど、どうしたのだ?」

 「……」

 『カリンさん! 起きてお願いですから!』

 クラティスが驚き、クレルに呼びかけるも黙ってカリンをじっと見る。その間にナイアが叫ぶが効果は無かった。

 『こうなったら!』

 ナイアはそう言うと、カリンの体を後ろから抱きかかえて立ち上がらせた!

 「カ、カリン……?」

 首がだらんとなったまま立ちあがったカリンを見て一瞬引いてクラティスは口を開く。すると――

 『ハッ! 私は一体何を! お手洗いに行きたくなったので少し外させていただきますわ』(裏声)

 何とナイアが腹話術よろしく、その場にいる者に聞こえるように声を出した。そしてカリンの体はずるずると変な歩き方で出口へと向かう。

 「おい、クレル! カリンが目を覚ましたのでは無いか? 失敗か?」

 『おほほ……失礼しますわ……』

 「え、ええ……」

 目が虚ろなままで、だらんとしたカリンが入り口に居たビルに声をかけ、扉に手をかけたその時、クレルが口を開いた。

 「滑稽だなナイア。カリンよ、こちらへ戻ってこい」

 「はい……」

 『え!?』

 ぎょっとして振り返ると、クレルがニヤリと笑っているのが見えた。カリンを引き止めようと手を伸ばすが、クレルによって阻まれた。

 「見えているんだよ、ナイア」

 「なんだ? 誰と話している?」

 『あなたは一体……!』

 ナイアが掴まれた手を振りほどこうとしてもがくが、強い力により外すことが出来ない。訝しむクラティスをよそに、クレルはぼそぼそとナイアに語りかける。

 「これを見たら分かるだろ」

 カッ!

 不敵に笑うと、ナイアと同じく髑髏顔になる。それを見てナイアは冷や汗をかきながら尋ねていた。

 『死神ですか!? 同業が居てもおかしくはありませんが、死んだ魂と賭けをしなければ現世にはいられない……』

 「そう。私は人間と賭けをした。だからここにいる。ここに入ってくる時からお前はずっと見えていた。笑いをこらえるのが大変だったよ」

 『そんなことよりあなたは誰と――』

 ナイアがそう言いかけたが、苛立ったクラティスがクレルの肩に手を置いて激昂したので阻まれる形となった。

 「クレル! 何をぶつぶつと言っているのだ! 早くカリンに言うことを聞くように命令しないか!」

 「ああ、そうでしたね」

 『あ!?』

 見えないナイアを引っ張りながらカリンの元へ行くクレル。

 「さて、お前はこの娘との賭けに負けたんだったな。カリンよ、お前は頭を打った後、どうなったのかな?」

 「……私は……前――」

 『ダメ! カリンさん!』

 必死に叫ぶが、カリンは聞き入れる様子は無い。万事休す、そう思ったナイアに救いの声が扉の向こうから聞こえてきた

 「クラティス王子、カリンさんがこちらに来ていませんか?」

 フラウラの声だった。その後からナイアもよく馴染んでいる声が聞こえてきた。

 「クラティス王子。カリンのお友達のフランです。城の紋章がついた馬車に乗りこんだのを見たのでこちらに来ていると思ったのですが、ラウロ侯爵様に聞いたところわたくしより早く到着したカリンさんを見ていないとおっしゃっていましたので、こちらかと思ったのですが……」

 「……チッ……」

 フランの言葉に舌打ちをするクラティス。そしてクレルに目配せをしながら小声で命令をした。

 「催眠術は中止だ……カリンを元に戻せ。また機会は必ずつくる」

 「はい」

 パチン

 「う……わ、私……?」

 『目が覚めましたか!』

 「フラウラ君に、フラン君。カリンはここにいる。国王の謁見の前に話をしておきたかったんでね。ビル、開けてやれ」

 こくりと頷き、扉を開けると、フランがカリンに駆け寄ってくる。

 「ああ、カリンさん!」

 「あれ? フラン? どうしてここに?」

 カリンがハテナ顔でフランとフラウラに応対している横で、ナイアが汗を拭き安堵のため息を吐いた。


 『ふう……危ないところでした……』

 「くっく……惜しかった。もう少しで面白いことになったのだが」

 『ちょっとこっちへ来てください! ……あなたなんなんですか! カリンさんは平穏で平凡でダメダメな人生を送りたいんです。前世の記憶持ちを暴露とか止めてもらえませんかね! あと何でわたしの名前を知ってるんですか! わたしはあなたを知らないのに!』

 「まあ、それは構わないが、こっちも賭けが続行中なんだ。博愛主義の死神の異名を持つナイアを知らないやつはいないと思うがな」

 『ぐ……嫌な二つ名を……。というかあなたは誰と賭けをしているんですか?』

 ナイアが首を傾げると、クレルが視線をクラティス王子に向ける。

 『王子、ですか?』

 「ご名答。そして、正体はお前も……いや、お前達も良く知っている人物だ。記憶を失くしていても執着する……気持ち悪いこったが」

 『……! まさか!?』

 「そのそのまさかよ。ヤツは鳴瀬 佳鈴のストーカーだった男……初場 桐だ」
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