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第一章

9日目 情報の齟齬による次のステップ

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 陽もすっかり暮れ、屋敷まで帰りつくといつものようにメイアが出迎えてくれる。

 「おかえりなさいませ、カリンお嬢様。久しぶりの学院でお疲れだと思いますので、食事の前にお風呂へ入りましょうね」

 「ええ、ありがとうメイア」

 『ふう、お風呂楽しみですねえ……』

 ピッツォに扉を開けてもらい、私がゆっくりと馬車から降りると、続いてぴょんと子供っぽくナイアが飛び降りる。ふと視線を感じ、入り口を見ると扉から顔を半分だけ出してこっちをじっと見ているミモザがいた。

 「ただいま♪」

 「おねーちゃんおかえりーえへー♪ ……じー」

 手を振るとへらっと可愛い顔を見せて手を振りかえしてくれたが、またじっと私の方を凝視していた。視線の先は私……の、後ろ?

 「……あんたの方を見てない?」

 『そんなはずはありませんよ! 私の姿は見えませんからね。ほら、ほらほら』

 そう言ってメイアの前で手を翳したり、変な顔をしたりしていたが、確かにメイアはまるで反応が無い。うーん、私の性格が変わったから警戒しているのかしら?

 「お嬢様、どうされました?」

 「ん? 何でもないわ、行きましょうか!」

 気づけば馬車も移動し、ミモザも屋敷へ引っ込んだようで姿が見えなかった。屋敷へ入り、リビングでくつろぐお母様に挨拶をする。

 「ただいま戻りましたお母様」

 「おかえりなさいカリン。お父様はまだ戻っていませんから、先にお風呂へ行きなさいな。……それと頭は大丈夫でしたか?」

 「お母様、引っ張りすぎです……あと言い方。大丈夫です! ちょっと明るくなったのは頭を打ったせいということでみんなに納得してもらいましたから!」

 「そ、そういうことではないのですけど……ま、まあいいでしょう。カリンはカリンですものね」

 お母様は話が分かるから好きである。ちょっと過保護かな、と思うこともあるけど、私達を心配してのことなので嫌な感じはしない。私がお風呂へ向かおうとしたところで呼び止められる。

 「そういえば王子はどうでしたか?」

 「あ、あはは……一応お話しましたわよ! ま、また食事の時に話すわね!」

 「あ、待ちなさいカリン!?」

 焦っておかしなお嬢様喋りになってしまったが、そそくさとその場を後にしメイアを引っ張ってお風呂へと向かう。

 「背中は自分で流すから今日からは一人で大丈夫よ」

 「ええ!? そ、それでは私の楽しみが……」

 「楽しみ……?」

 「い、いえ……お嬢様は洗ってもらう方が楽だと、子供のころからずっと私が洗っていたではありませんか」

 「ま、まあ、あれよ、王子と婚約したし、自分でできることはやっておかないと、いざお城で生活を始めた時に自分で洗うとかだったら恥をかくでしょう?」

 どこか納得のいかない様子のメイアが仕方なくと言った感じで口を開く。

 「わ、分かりました……そこまでおっしゃるなら。それでは私はこれで……何かあったらすぐにお呼びください。お嬢様は昨日頭を打っていることをお忘れなく。滑って転んでまた、みたいなのは止めてくださいね?」

 「分かってるって! 子供じゃないし!」

 「……頭を打つ前と別人のようですね……」

 メイアはおじぎをしてから脱衣所を出て行く。さて、お風呂お風呂っと……

 『いい湯ですねぇ……』

 「早っ!?」

 すでに死神が頭にタオルを乗せて入っていた。いつの間に……と思いながらも隣に並んで肩まで浸かる。

 「ふう……疲れたわね……」

 『はいー……』

 無駄口を叩かないナイアはうっとりとした表情で目を瞑っていた。そういえば、と視線を下にすると普段黒いローブで隠されている体が露わになっていることに気付く。……気付く!

 「ちょ!? でかっ!?」

 『はい? ああ、これですか? あんまり大きいので恥ずかしいですね! ローブが隠してくれるし、普段見えないから気にしていなかったんですけど……ってカリンさん?』

 ふにょん

 『ひゃあん!?』

 「フランも大きいけど、それ以上じゃない? 良く食べるけど、こっちに栄養を全振りしているんじゃないかしら……」

 ふにょんふにょん

 『あ、あのカリンさん?』

 「いや、私は今くらいでいいんだけどさ。前世より大きいし。でも、これは同性から見てもすごいわ」

 ふにょふにょ

 『あ、あふん……あん……』

 「はっ!? ご、ごめんナイア! つい大きくて柔らかくて!」

 むぎゅ

 『だ、大丈夫、ですよ……あふん……テクニシャン……』

 ぶくぶく

 「ナイア―!?」

 「どうされましたかお嬢様!」

 「メイア―!?」

 相変わらず早い!?

 「う、ううん……ちょっと居眠りをしてて……だ、大丈夫よ」

 「そうですか……?」

 怪訝な顔で出て行くメイアを笑顔で見送り、ナイアを抱えて湯船から出すと、髑髏フェイスになっていた。なるほど、体は骨にならないのか……どうでもいい知識を手に入れた私はナイアを起こすと、背中をお互い洗ってからお風呂を後にする。

 『それじゃ部屋に戻っていますね』

 ナイアはてくてくと私の部屋へ戻り、私はメイアと共に食堂へ。どうやらお父様も戻っているようでミモザとお母様に混じって談笑している声が聞こえてくる。

 「今日はおかーさまとお風呂にはいったのー! それでね、背中を流したの。ねー」

 「うふふ、偉かったわね」

 「おお、そうか! ミモザは偉いなあ」

 「あ、おねーちゃん」

 身振り手振りをしてお父様に説明するミモザが可愛らしい。ミモザが私に気付くと、一瞬目をきょろきょろ動かしてから私に抱きついて来た。

 「わーい♪」

 「どうしたの? いいことあった?」

 「んーん、なんでもないー」

 良く分からないが嬉しそうなので抱っこして膝の上に置き、お父様へ挨拶をする。 

 「おかえりなさいお父様」

 「うむ、カリンもな。そういえば王子と学院であったそうだな」

 「は、はい」

 私は一瞬ドキッとするも何事もなかったように返事をする。するとお父様は微笑みながら私に言う。

 「聞いたぞ、報告会で大々的に発表すると! 確かに今学院で噂を広められると危ないかもしれんからな。学院で動きにくいから少し残念そうだったが、カリンから提案があったと王子が言っておられたよ」

 「あ、あーあの話ね。そうそう、王子を狙っている女の子も多いし、万が一私が誘拐されて王家にご迷惑がかかるようなことが無いよう配慮したのよ。おほほほ……」

 「うむ。いつもはぽやっとしているが、しっかり考えているなと国王様も絶賛しておった。ま、学院でイチャつけないのは残念だろうがもう少しの我慢だ。発表後は安全のため王子と一緒に城から通ってもらうことになるぞ」

 うんうんと、満足気なお父様。あれ? 今の話、何か違和感が……

 「あ!?」

 「ど、どうしたのカリン?」

 「おねーちゃん?」

 ガタン と、ミモザを抱きかかえて立ち上がる私。どうしてか? なぜなら気付いてしまったからである。昼間のナイアの話は『おしとやかで物静かな女の子』が好みだと言っていた。だから今は元気で快活な私の性格に代わっているからアピールすれば、と。

 しかし王子には私から言ったのだ『学院ではいつも通りにしましょう』と。

 これでは王子にがっかりアピールをすることが難しい……王子から来てくれれば自然といるだけでがっかりしてくれたのだが、明日から王子はあまりこちらには来ないだろう。
 となると私から接触を図らなければならないということになり、結果自分から婚約を匂わせている動きをすることになる……!?

 ナイアの情報がもう少し早ければ……いや、今更言っても仕方がない……これは何か策を考えなければ……



 その頃ナイアは――





 『ご飯まだですかねー♪』

 ガインガインとナイフとフォークを打ち鳴らしていた。
 
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