上 下
7 / 45
序章

7日目 ライバルの宣言

しおりを挟む
 

 ――というわけで、午後からは運鍛学の授業のため、運動着に着替えてグラウンドに集合するクラスメイト&私はキレイに整列して先生を待っていた。

 貴族が泥臭い運動を? と思うかもだけど、体力をつけないといけないのは庶民も貴族も同じなのだ。極端を言えば戦争でも起これば戦いに駆り出される可能性が無い訳ではないからね。
 
 まあ私のような女貴族は『守られる側』だから基本的に必要ないんだけど、やっぱりいざという時に備えるべきだと、国王様……クラティス王子のお父様がカリキュラムに組んだそうだ。

 それはさておき、後ろに座っているフランが私の肩を叩き小声で話しかけてきた。

 「……カリンさん、フラウラさんがこちらを見ていますわ」

 「本当ね。というより睨んでないかしら、あれ……」

 フラウラ=ホーデン。

 ホーデン家の一人娘で、私と同じ侯爵家の一人。子供ができにくい体質だったとかで大層喜んだけど、甘やかされて育ったせいかわがまま一本背負いで、気にいらないことがあるとイヤミやイジメに発展することがある要注意人物……いわゆる悪役令嬢というやつね。

 「もしかして王子との婚約を知ったんじゃないでしょうか?」

 「……有り得るかも……あの子、王子のこと好きだったわよね」

 そうだった、と記憶を探り冷や汗をかく私。

 「フラウラ様を『あの子』だなんて、本当にカリンは別人のようですわね」

 「ちゃんとフランと湖にピクニックに行ったこととか覚えているから安心してね。あの時フランったら――」

 「や、やめてください!? わ、わかりましたから! あ、先生が来ましたわ」

 「ごめんごめん、待たせたね! お昼はきちんととった? 食べすぎは良くないけど、食べなさすぎも良くないからね! さ、準備運動始めるよ」

 褐色短髪胸無しの『いかにも』な容姿をしているのは運鍛学のニーニャ先生。32歳の独身で、28歳まで女騎士をしていたらしい。このままじゃ結婚できないと転職をしたようだけど、まだ運命の人には巡り合えていない。

 『不憫ですね……やっと見つけましたよカリンさん!』

 「ひゃあん!?」

 「どうしましたカリン!?」

 「な、何でも無いの!」

 「チッ、うるさい女ですわね……」

 わざと聞こえるようにフラウラが呟いていたが、とりあえずここはスルーしよう。それよりもナイアだ。

 「(今から授業だから少し離れたところで待っててくれる? あと心の声に反応するのも止めて?)」

 『はーい、わかりました! とりあえずカリンさんは目を離すとすぐ迷子になるから気を付けてくださいね?』

 「(迷子はあんたでしょうが!?)」

 私の怒号もどこ吹く風で、鼻歌交じりにステップしながら斜面になっている芝生にちょこんと座るナイア。黙っていたら誰もが惚れそうな容姿なのに残念感が凄い。

 それはともかく準備運動が終わり、今日はグラウンドをマラソンするらしい。生徒達は明らかに面倒な声を上げていたがしぶしぶ走り出す。

 「ふう……ふう……こ、これはキツイ……」

 「ですわ……」

 フランと並んで走る私だが、貴族の娘らしく体力が無いうえ、そこに努力をしないため一週した時点でへろへろである。こりゃ体力もつけないといけないかなぁ……など胸中で呟きながら、フランの大きな胸が上下するのを見てごくりと唾を飲みこむ私に、すっと近づいてくる一つの影があった。

 「……この程度で情けないですわね。王子の婚約者がこんな女だなんて本当に腹が立ちますわ!」

 もう一つの侯爵家であるフラウラだった。速度を落として私に接触を図ったようだ。紫の長い髪に切れ長の目は少しきつい印象があるものの、十分美人。私とフランが可愛い系ならフラウラは美人系というところだろう。しかし胸はお察しである。

 「フ、フラウラ、さん……な、何故、そのことを……」

 やはり知っていたわね。
 フラウラのお父様は城に出入りする役職もあるから、可能性はあると思ったけどあえて聞いてみる。すると、目を細めて私を見て言う。ああ、美人な顔が台無しだからそういうのやめよう!?

 「お父様が酷く落胆した様子で屋敷に戻ってきたので問い詰めましたの。ですが、まだ婚約の段階……わたくしはまだ諦めませんわ! って、いない!?」

 「え? はあ、はあ……何て……?」

 もう限界が近い私達に、さらに速度を落としてフラウラは私に言う。

 「宣戦布告ですわ! 必ず王子を奪って見せますわ!」

 「あ、あー……そうしてくれると助かるわね……」

 「『そうしてくれると助かるわね』!? 様子がおかしいですわね……いつもなら涙目でぷるぷるして黙っていますのに。足を引っかけて転ばせてやろうと思いましたが調子が狂いましたわね」

 涼しい顔で嫌なことを言う。理由を聞けたしとりあえずいいか、私は完全に歩きモードに入りフラウラの背中に声をかける。

 「色々あるのよ……あ、もうダメ……フラン、ギブアップしましょう」

 「は、はいー……」

 「待ちなさい! 話はまだ終わっていませんわよ!」

 「後にして……」

 フラフラと先生のところへ行き一周ギブを宣告すると、休憩タイムに入る。フラウラはチッっと舌打ちをしながらそのまま走り去って行った。フラウラは王国軍を指揮する父親のせいか、戦闘訓練は受けているため体力はしっかりあるのでこれくらいは大したことは無いのだ。

 ちなみにこのマラソンは400mくらいのトラックを、男子は5週、女子は三周するのだけど、三周全て走りきったら成績が少し良くなる。庶民の子は成績がいいと、それなりに仕事にもつきやすいのでやはりそういった子が必死に走っていたりする。

 「はいはいはいー! どいたどいた!」

 ……見ればシアンが男子すら追い抜いている光景を目撃する。

 「シアンは家業を継ぐのにどうしてあんなに頑張るのでしょうか」

 「あれはただ走りたいだけなんじゃないかしら」

 フランが首を傾げながら呟くと、ニーニャ先生が何か記載をしながら言ってくる。

 「カリンにフラン、一周……と。きちんと体力をつけておけよ二人とも? いざ他国との戦争ということになったら自分の身は自分で守らないといけなくなるかもしれないんだからな」

 「うふふ、戦争なんてかなり昔にあったくらいで、今はそんなことはありませんよ?」

 「例えだ例え。犯罪はどこにでも転がっている。気を付けるに越したことはない」

 「それで鍛えた結果が先生なんですか?」

 「……カリン君、少し向こうで話をしようか?」

 「向こうの芝生へ行って休憩してまーす」

  ゆらり、と笑顔のまま私を見てきたので、私は周り右をしてナイアのところへ向かう。フランは苦笑していたが、なんとかフランが止めてくれたので事無きを得た。

 「ナイア、ごめんお待たせ!」

 『……』

 「?」

 返事が無いナイアの顔を覗き込むと、青い顔をして干からびていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】

ゆうの
ファンタジー
 公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。  ――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。  これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。 ※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

処理中です...