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第一章:轢いたと思ったら異世界だった
その3 いつものやつ
しおりを挟む「な、なんだ……!?」
テレビにもなるカーナビが急に動作を始め、車内に光が溢れだした。
目を開けるのも難しいほどの光を手で庇いながら薄目でカーナビの様子を確認していると、程なくして光は収束し、再び元の静寂さを取り戻した……と思ったのだが――
<あーあー、聞こえる? なんだそこに居るじゃない。返事くらいしなさいよ、もうー……元気ですかー!!>
――カーナビに知らない女の子のドアップが表示され、どっかのレスラーみたいなことを言い出した。
俺が口をパクパクさせていると、眉を顰めたカーナビの女の子と目が合い、妙に明るい口調で話し始めた。
「ごめんねー遅くなって! いきなりこっちの世界に来て驚いたでしょ? 異世界のアイテムにつなげるのが難しくってさー」
軽い。
まず最初に感じたのはその口調。ヤンキー時代にいたギャルみたいだと言えばいいのだろうか?
口調もそうだが、声も高いので耳ざわりである……
そして気になるワードが出て来たので俺はカーナビを両手で掴んで口を開く。
「お、おい! 今なんて言った!? こっちの世界に来て驚いただと? も、もしかしてこの状況はお前のせいか!!」
<はい!>
「てんめぇぇぇぇ! 今すぐ元の場所に帰せ!!」
<あああああああああああああ!? 揺れる!? ダメ、止め……おろろろろろ……>
カーナビから顔が消えて嗚咽が聞こえて来た。
そこからしばらく待っていると半泣きの女の子がまたぬっと顔を出して抗議の声を上げる。
<ふざけんな! 私とこのカーナビはリンクしているんだからそんなことしたら頭が揺れるんだっての!>
「知るか! それより元の世界に戻れるんだろうな? 体が弱い母ちゃんを置いてきてるんだ、仕事も途中放棄だし、ペナルティが発生したらせっかくここまで築き上げた信頼が無くなっちまう!」
<あー……>
俺が一気にまくし立てて怒鳴ると、女の子が冷や汗をかきながら目を逸らす。
嫌な予感がするがなにかしらの答えを聞くまで黙っていると――
<私の名前はルアン! 世界と世界を管理する女神よ☆ あなたは運よく異世界に召喚された勇者! さあ、魔王を――>
「いきなり自己紹介するのかよ、それにんなわけあるか!? 運は悪い方だよなどう考えても! てめぇ一体なにを隠している? 薄情しねえとカーナビぶち割って鼻血ぶちまけさせるぞ?」
<あひゅん!? ……怒らない?>
「怒るに決まってんだろ。まあ、一応内容によるとだけ言っておこうか」
その言葉に笑顔で血を流しながら笑顔になるルアン。
そして俺に状況を告げる。
<……あなたが地球でひき殺しかけた高校生、彼は将来物凄い人物になる予定なの。トラックに跳ねられて死ぬと世界にとっての損害がとんでもないの。だから慌てて転移魔法を使ってこっちの世界へ移動させたってわけ>
「あいつが……。なんか二ートっぽい奴だったけどなあ」
<あの子、高校生で今はいじめられているけど、悔しさをバネに研究者となるのよ>
「ふうん、まあ助かって良かったって感じか? で、俺はどうなる? お前が出て来たってことは戻れるってことでいいのか?」
俺の言葉に笑顔のまま固まり、そして最悪の事態を、告げる。
<……無理です>
「は?」
<無理です……帰れません。この移動は一方通行なんです……あなたはもう、帰ることができません>
「おい!?」
<よってこの世界で生きていくしかありません。頑張ってくださああああああああああああああい!?>
俺は怒りのあまりカーナビをグラグラと揺らして引導を渡す。
画面に汚物がまき散らされてルアンの絵面がやばくなっていくが俺には関係ないと力の限りぶん回す。
「はー……はー……」
<……>
画面には親指を立てた右腕だけが映り、本人は消えた。
そこで俺はようやく冷静に今の状況を思い直して体が震える。帰れない? ここから?
仕事はとか荷物とかそういうものより先に、俺はやはり母ちゃんが心配になる。
今でこそ殆ど働かずにすんでいるけど俺を育てるために酷使した体はなかなか元に戻っていないためフルタイムは厳しい。俺が居なくなったら給料も入らなくなるので生活がきつくなるだろう。
するとそこで復活したルアンが俺に語り掛けてくる。
<一応、あなたのお仕事の代わりは別の存在が成り代わって続行しているから問題ないわ。荷物が届かないってことはないわね。なんというか分身とはちょっと違うんだけど、人ひとりが消えるという世界の因果を修正するために生まれてくるって感じかしら>
「だからそこに割り込む余地がなくなる、とか?」
<あー。賢いわね、ヤンキーだった割に! ……ちょ、ストップ。カーナビを揺らしたら必要な情報が手に入らないわよ?>
「チッ……早く話せ」
<ガチで怖い!? 後はあなたのお母さまのことだけど、調べたところによると癌にむしばまれているようね。あなたが居ても居なくても、余命三年くらいって判定よ>
「な……!?」
馬鹿な!?
今日も元気そうだったのに、後三年だって……!
「おい、マジかよ! 本当に戻れねえのか!? 最後くらいは看取らないと後悔しかねえよ……」
<ごめん……>
その謝罪はなんの謝罪だろうか……
俺は本気で泣きながらがっくりとシートに項垂れてしまう。改心してもダメなものはダメなのか……。
「くそ……このままトラックをどっかにぶつけて俺も死ぬか……」
<ちょちょちょ……!? まってまって! それをされると私の立場が!>
「知るか! っとでも今は無理か……サリアを降ろしてから――」
「……」
「うわお!?」
気づけば俺の傍でじっとカーナビを見るサリアが居た。
彼女はすぐに俺にハンカチを手渡しながら静かに口を開く――
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