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最終部:タワー・オブ・バベル

その383 ルーチェ

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 <バベルの塔:99階>


 「お、ヴァイゼじゃないか! ほら、ウチで採れた野菜だ! でかいだろ? 持っていけよ」

 「あ、ああ、助かるよフラーク」

 「なんだい、元気がないね。ルーチェ、こんなのと結婚で良かったのかい?」

 「ふふ、この人不愛想ですけど、とても優しいんですよイーヨさん。ね、ルーナ?」

 「う、うん……」

 と、お父さんと私の手を取ってニコニコと歩くお母さん……。私もそうだけど、後ろを歩くレイドさんやノゾム達も困惑顔だ。
 
 周囲を見渡すと、本当にのどかな村が広がっていて、歩いている間にお父さんとお母さんは色々な人から声をかけられていた。

 「あなたも三歳までは暮らしていたのよ」

 「覚えていない……お母さんは、少しだけ覚えている、気がする」

 「あら、嬉しいわね」

 私はぎゅっと抱きしめられると、ふわりと草の匂いがした。あ、これは覚えがあるわ。犬を追いかけて転んだ時に抱っこされたっけ……

 ふいに思い出がよぎるが、お父さんの言葉でふっと現実に戻された。

 「……ルーチェよ、ここは何だ? 確かに俺達の育ったガザの村だ。だが、ここは――」

 「あなたが滅ぼした、でしょ? ……私がここに居ることも含めて話すから安心して? さ、ここが私達の家よ」

 案内された家の中へぞろぞろと入っていく。

 「あ、靴はそこで脱いでね」

 あ、そうそう、テーブルとか椅子のリビングじゃなくて、この村って床に座るんだよね確か。ブーツを脱いで焚火をする場所を囲んで全員が腰を落ち着けると、お母さんが語り出した。

 「当然気づいていると思うけど、私は神裂の最後の部下。ここ、99階を任された最後の刺客」

 「……やっぱりか」

 「そんな……」

 そうではないか、という疑いはもちろんあったけど、事実を突きつけられるとやはりショックだ。お父さんと私が呟くと、エクソリアさんが口を開く。

 『だろうね。でも君は戦う力なんて無かったはずだろう? このメンバー相手に勝てるとは思えないけど』

 すると、

 「ふふ、女神様。何も力だけが戦いではありませんよ? あなた、それとルーナ。神裂はここで進むのを諦めればあなた達は殺さないと約束してくれました。世界を崩壊させて全ての人間が消えた後に神裂は世界を再構築するわ、その世界であなた達が暮らしていくの。もちろん、私もあなたも蘇らせてもらえるから親子で暮らせるわ! もちろんレイド君も一緒よ、いい案でしょ」

 「……!?」

 「な、なに言っているのお母さん!?」

 レイドさんが目を丸くしてお母さんの顔を見て、私は聞いた内容に驚愕する。お母さんは本当にいい案だ、という感じでニコニコしている。だけどもちろんお父さんが目を細めて言う。

 「……何を吹き込まれたか知らないが、世界を滅ぼすんだぞ? 今生きている人たちを殺して、俺達だけが幸せになるなど――」

 「……私だって幸せになりたかった。死にたくなかったんだよ? ずっとあなたとルーナと一緒に暮らしたかった……でも、あなたは魔王になってしまった……」

 「……っ」

 お父さんの顔に動揺が走る。苦労をかけた、というのは依然聞いたことがある。厳しい環境の魔王城での生活は体の強くないお母さんには辛かったのだと思う。さらにお母さんは続ける。

 「この世界はね、おかしいの。その一つが《恩恵》。なりたいものになれず、将来が決められてしまう呪い。そしてあなたは『魔王』になってしまった。それもこれも、そこにいる女神の仕業……」

 『……』

 『……』

 バツの悪い顔をして目を逸らす女神様二人。横に座っていたユウリが二人を見ながら口を開く。

 「まあ、そこは言い逃れできないよね。僕達からすると、こんな理不尽なシステムは無い。誰が何を、どんな仕事に就くかは自由なんだ。それを恩恵なんてもので縛れちゃたまらないよ」

 私達はこの世界で生きて来たから違和感は無かったけど、異世界の三人に会い、ブラウンさんが実は大工さんになりたかった、という話を聞いてからはおかしいと感じるようになった。
 気弱な人が攻撃魔法の恩恵を授かったばかりに冒険者にしかなれなかったり、冒険者をやりたくてもお医者さんにならざるを得ないなんてこともある。そして望まぬ魔王に、対抗するためだけに存在する勇者。

 『……ただし、その筋のスペシャリストにはなれるんだけどね』

 エクソリアさんが何とか喋るが、お母さんは睨んでから静かに言った。

 「そうかもしれないわ。でも、人間は考える生き物よ? 『あっちの方がいい』と思うのは当然のことよ。パン屋に憧れて恩恵を無視した人が、恩恵を持っている人に全く敵わず諦めた人だっているわ」

 「……ノーラのことか……」

 お父さんがボソリと呟く。誰なんだろ?

 「だから、ね? 神裂と一緒に世界を正常な状態にしましょう!」

 嬉々とした表情で私の肩に手を乗せるお母さん。私は困惑した顔のまま、置かれた手にそっと手を乗せて首を振る。

 「……ダメだよ、お母さん。気持ちは痛いほどわかる。私だってレイドさんが死んだらって思ったら多分、平気でいられる自信なんてないよ。でもね、今を生きている他の人達を殺していい理由にはならないと思う。お母さんが生き返ってくれるなら嬉しいけど、神裂はここに来るまで私達の仲間を殺してきたわ。恩恵を失くすのはいいと思う。けど、神裂がやろうとしていることはただの虐殺じゃない?」

 「ルーナ……」

 「俺からもお願いです。ここを、通してくれませんか? 神裂を倒すために。それに女神たちは約束してくれました。世界をより良くすると。お義母さんや村の方には申し訳ありませんが、どうか……」

 『言ってくれるわね。そんなこと言われたら頑張らないと。ねえ、妹ちゃん?』

 『……』

 お母さんはレイドさんをじっと見る。

 「……なあ、ルーチェ」

 と、お父さんが声をかけたところで、お母さんが――

 「ふ、ふふ、うふふ……」

 「お母さん……?」

 私の肩に手を置いたまま、俯いて笑い始めた。
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