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最終部:タワー・オブ・バベル

その355 穏やかな終わり

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 レイドさんとアーティファさんを連れての拠点巡りの翌日、今日は寝坊せずにリビングへ行くとセイラがレジナを撫でながらコーヒーを飲んでいた。
 私も一杯入れてもらい朝のゆっくりした時間を過ごしていたが、いつ剣を鍛えるか分からないので膝に乗っていたシロップを降ろして席を立った。

 「さて、と、そろそろ行こうかな。セイラも行くでしょ?」

 
 「もちろんよ。というよりお兄ちゃんと私は必ず来るようにってお母さんに言われたのよ。……昨日は酷い目にあったわ……」

 疲れた顔でため息をつくセイラ。どうして起きたばかりなのにすでに疲れているのかと言うと、昨日の夜アーティファさんと一緒に部屋に入り、そのまま親子の語らいに入ったらしい。

 と言っても一方的な質問攻めに合い、特にニールセンさんのことは目を輝かせてぐいぐいきたというのだ。ま
あ、ウチのママも似たようなものだったから母親とはそういうものなのかもね。

 外に出ると、世界が破滅するかどうかなんてのが夢なんじゃないかってくらい天気が良く、澄み切った青空だった。

 「がうがう」

 「わふわふ」

 満足気な狼達を連れて工房へと向かう私達。そういえば、と、セイラに尋ねる。

 「フレーレは?」

 「あの子、昨日バベルの塔へいったっきり戻ってこなかったわよ? よく考えたら神裂の子供達三人の中にフレーレとカイムさんを行かせたのはまずかったかしら……」

 「馴染んでいたから気にしていなかったけどそれもそうね……」

 しかしすでに一日が経過しているので、何かあったとしてももう遅いと思う。そこへバステトがてくてくと目の前を歩いているのが見えた。……そうだ!

 「バスー!」

 <にゃにゃ? ルーナかにゃ! おはよう!>

 ぺこりとおじぎをする丁寧なバステトにおじぎで返し、頼みごとをする。

 「おはよう! いきなりで悪いんだけど、フレーレが塔から戻ってこないの。アイリ達と一緒なんだけど、気になってね。アイリ達はいい子だと思うけど、万が一も考えないと。他にも誰か声をかけてもらえる?」

 <にゃるほど。確かに仲間のフリをして神裂の元へ戻るつもりだったら困るにゃ。了解したにゃ、早速行ってくるにゃ!>

 ビシッと敬礼をして駆け出すバステト。

 <カルエラート! 任務だにゃ! ご飯をたっぷり作ってにゃー!>

 「うーん……遠足気分……」

 セイラが苦笑しながらそんなことを言うと、今度は私に尋ねてきた。

 「そういえば、自分で行こうって言わなかったわね。いつもなら『私が行く!』ってお兄ちゃんを連れて行きそうなのに」

 「あー、かも。でもパパとママがあの門へ消えた時には確かに『私がなんとかしなくっちゃ、魔王の力を持つ私が』って思ったのよ」

 セイラは何も言わず、目線で「それで?」と続きを促してくるので、私はそのまま話を続ける。

 「だけどレイドさんに怒られて、ヘスペイトさんに話を聞いて……それで駆けつけた時には私が居なくてもストゥルとホイットを倒していたのを目の当たりにして、独りよがりだったなーって気付いたの」

 「そういうことか。ま、確かに一筋縄じゃいかない人ばっかりだからね、こっちは」

 「うんうん。デッドリーベアに怯えていたフレーレがいたなんて今じゃ考えられないしね」

 そんな話を笑いながらしていると、いつの間にか工房まで辿り着いていた。明るいノリで扉を開けて中へ入ると――

 「暑いっ!?」

 「……来たか、ルーナ」

 「間に合ったわね」

 工房内は換気されているにも関わらず凄い熱気で、お父さんとアーティファさんが出迎えてくれた。レイドさんは……奥でヘスペイトさんの手伝いをしているみたい。

 「始まっているの?」

 「うむ。刃を一度溶かして、ヘスペイトが持っている金属と混ぜるそうだ」

 「危ないから近づいたらダメよ?」

 「お母さんはいいの……?」

 とか言いながらアーティファさんがふよふよと飛んでいき、セイラがそれを追ったので私はお父さんの横に立つ。一家が揃っているのはいいことだなと、そう思える光景だ。

 「お、ルーナも来てくれたのか! 見てくれよ、セイクリッドセイバーが柄だけになったよ」

 そう言って私に刃が無い剣を掲げて笑うレイドさんは年甲斐もなく……って言ったら失礼だけど楽しそうだった。

 「へえ、お父さんって本当にすごい鍛冶師だったんだ」

 「そうねえ、元々ヴィオーラに住んでいたころはお義父様が鍛冶師だったからそれを引き継いだの。親子で同じ恩恵は珍しかったのよね」

 「昔の話だよ。凄い鍛冶師なんて言われても俺はアーティファを守ってやれなかったんだからな。そして今も、お前にばっかり苦労をかける」

 「父さん……?」

 「いいのよ、こうして成長した子供達が見れて話せただけでも嬉しかったわ。レイド、セイラ。この先何があっても好きな人を離してはダメよ?」

 するとセイラが不安げな顔でアーティファさんを見つめて口を開く。

 「なにを、言ってるの? まるで居なくなるみたいな言い方――」

 「……すまんな、セイラ。ダメな両親で。ヴァイゼ、いいか?」

 「……ああ」

 「お父さん?」

 お父さんがヘスペイトさんに呼ばれて近づき、おもむろに元の骸骨姿に戻る。

 「わおん」

 ふらふらとシルバが近づくと、お父さんが撫でながら無言で首を振る。すると何かを察したシルバはその場でお座りをしてじっとしていた。

 「これを使え」

 ボキン!

 「え!?」

 「な!? ヴァイゼさんどうして!?」

 お父さんは自分の肋骨を一本折り、ヘスペイトさんに渡し、それを溶けた剣の窯へと投げ入れた。続けてヘスペイトさんは自分のリュックからごそごそと何かを取り出す。

 「それは?」

 セイラが小さく呟くと、ヘスペイトさんが答える。

 「こいつは生前に俺が使っていた金槌でな。特殊な金属でできているんだ。親父から貰ったやつだが、レイドは勇者だしこいつは素材になってもらう」

 「そんな!? 別にいいじゃないかそんなことをしなくても! 俺に形見としてくれてもいいだろ?」

 「神裂とやら相手に手を抜くわけにはいかん。俺がしてやれるのは自身と、仲間を守れる武器を作ってやるくらいだ」

 さらに稀少金属を窯に放り込み、やがて打ちはじめるヘスペイトさん。無表情のようで、どこか寂しそうな顔で無心に打つ。レイドさんとセイラが稀に指示されて手伝う以外は無言で作業を見るだけだった。

 だけど退屈ということは無く、むしろ見入ってしまうくらいヘスペイトさんの動作は見事だった。

 そして――

 「……できた」

 セイクリッドセイバーよりも刃が広くなり、鏡の代わりになるのではないかというくらい澄んだ表面をした剣を見てレイドさんが呟く。だけどヘスペイトさんは剣をテーブルに置き、アーティファさんを見つめる。

 「……完成したわね」

 「……ああ。親父の形見を使ったから俺もすぐに消えるだろう」

 「なに? 何を言っているの? ねえ、お母さん?」

 アーティファさんに寄るセイラをみてにっこりと笑い、頭を撫でながらアーティファさんは言う。

 「ごめんね、悪いお母さんで。またあなた達を悲しませる私を許して」

 「なんだ……どういう事なんだ父さん……!」

 「最後の仕上げはアーティファの……母さんの聖女と精霊としての力を剣に注ぎ込むことでこの剣は完成するんだ」

 ええ!? そんな、それじゃアーティファさんは……消えちゃうってこと……? そう思うといてもたってもおれず声を荒げて私は叫ぶ。

 「そ、そんな! せっかく家族一緒になれたのに! ダメですよ! 神裂はその剣だけでも十分ですって! みんなも……私もいるんですし! うぐ……ぐす……」 

 だんだん悲しくなり泣いてしまうと、アーティファさんは困った顔で私に声をかけてくれる。

 「ありがとうルーナちゃん。私とヘスペイトはこのままこの世界にいてもやがて消えてしまうの。それがちょっと早くなるだけ。だから、ね?」

 「お母さん……」

 セイラも泣き出し、私と二人でほんのり暖かいアーティファさんに抱きつくと、優しく抱きしめ返してくれた。

 「……父さんもなのか……」

 「ああ。その内、な? すまないな。お前には苦労ばかりかける」

 レイドさんは俯き何も言わなかった。そしてアーティファさんが剣を持ち高く掲げる。

 「ダメ! やっぱりダメよお母さん! 折角会えたのに! お兄ちゃん離して!」

 駆け出そうとするセイラをレイドさんが止めると、微笑みながら頷き口を開く。

 「ありがとうセイラ。幸せにね! レイドもルーナちゃんと仲良くするのよ!」

 「母さん……」

 「お義母さん……」

 「ルーナちゃんからお義母さん、か……ふふ、娘が増えて嬉しいわね! それじゃ、いつかあの世で会いましょう? またね!」

 カァァァァァ!

 明るい口調でウインクをしたその瞬間、持っていた剣が一際大きく輝き光を放つと、物凄いエネルギーが天井を突き破る。

 ゴトリ……

 光が消えた後、アーティファさんが立っていた場所には誰もいなくなり、剣だけが床に落ちた。大穴が開いた天井から見える空は相変わらずの青空のようだったけど、目の前が滲んで良く見えなかった――
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