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1巻
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しおりを挟む第一章
「あんた役に立っていないし、そろそろパーティから抜けてほしいんだけど? いえ、むしろ抜けて?」
赤いウェーブのかかった髪をバサっ! っと翻しながら、魔法使いのディーザが私に言う。
それに追従して別の女の子からも声があがった。
「そ、そうですよ! 攻撃魔法も回復魔法も使えないのに勇者パーティにいるなんておこがましいです!」
と、捲し立てる金髪ボブの女の子は僧正のフレーレ。
「ま、補助魔法しか使えないんじゃあねえ?」
さらにおかわりで口撃を仕掛けてきたのは、蔑むように見てくる戦士のフィオナだ。
役に立たなかったというのは今日の討伐クエストのことだろうか?
私はいつもどおり補助魔法をかけていたんだけど……? 後、たまに後衛のディーザとフレーレに来た攻撃を剣で守ったりしていたような気がするけど、彼女達の目には入っていなかったようね。
さて、いきなり上から目線のセリフから始まったが、この三人に私、そして勇者であるアントンを含めた五人が、いわゆる勇者パーティと呼ばれる人材だった。
フィオナの言うとおり、補助魔法しか使えない私が勇者パーティという傍から見れば好条件のパーティに居る理由は三か月ほど前に遡る。
アントンから「レベリングのため、補助魔法を使える君にパーティに入ってほしい!」という打診があり、酒場でアルバイトをしながら冒険者をしていた私は「勇者パーティなら変な人は居ないだろうし、お金も一杯稼げるからいいかも!」と承諾したのだが、これが間違いだった。
蓋を開けてみると、当の勇者はエロ魔人、三人娘は勇者にデレデレで、すでに全員アントンと体の関係もあるという。
こっちはそんな話などまったく聞きたくないのだが、勝手に話してくるのは本当に辛い……
さらにアントンは私のことを「見た目」で気に入っているらしく、ことあるごとに二人きりになろうとしたり、デートに誘ってくるのだ。
アントンの見た目は、まあイケメンかな? とは思うが、正体(エロ魔人)を知っている身としては吐きそうなくらい嫌いな人種である。
しかし、三人娘はアントンにべた惚れ。そしてモーションをかけられている私が目障りになったのだと思う。
――でもこれはチャンスだ、パーティに入る時に六か月契約をしていたので、後三か月は我慢しなければならなかったところにこの追放話……!
契約期間終了前にこのパーティから離れられる‼
「ええっと……それはアントンさんも承知しているということでいいですか?」
私は笑顔になりそうになるのをこらえて、真顔でディーザに問う。ここで失敗するわけにはいかないのだ。
「そうよ、アントンはもうお荷物を庇うのは嫌だって言っていたわよ? だから諦めなさい」
「で、ですです! アントンだけ戦わせて自分は安全なところにいるなんて許せない! あわわ……って言ってました!」
嘘が下手だなーフレーレは。恐らくこの件はアントンに内緒で進めているに違いなく、彼を後からやり込める気でいるのだろう。なんだかんだであの男は女の子に甘いからね。
さて、それはともかくこれで言質は取れた。私は一旦深呼吸をして三人娘に必要事項を告げる。
「では、今すぐにでも出ていけばいいですか? 荷物はまとめてあるのでいつでも大丈夫です。あ、それと契約書ですが、ここに契約終了のサインをお願いしますね。本パーティの皆さんなら誰でも大丈夫です。それと、お金は……山分けしているので大丈夫ですよね? 道具類はどうしますか? ほしいものがあれば持って行ってもらって構いませんよ? 装備類は元々私のものですからこれは渡せません。他になにかありますか?」
一気に捲し立てるとフィオナが引きつった顔で大声をあげる。
「う、うるせえ! もうお前には用はない! サ、サインは……ここか⁉ ほら! これで契約終了だ! とっとと出ていけ‼」
「ちょ、ちょっとフィオナ……ハイポーションくらいは貰っておきなさいよ!」
ディーザが慌てて激高しているフィオナを止めるが、癇癪を起した彼女を止められるもの(主に力で)は誰も居ない。
「うるさい、うるさい! アントンはアタシのだ! 誰にもやらねぇんだ!」
「な、何を言ってるんですか⁉ 抜け駆けはしないって言ったじゃありませんか!」
「ちょっとフィオナとは話をする必要がありそうね……」
なんだか修羅場が始まったので、私は早いところ部屋から脱出することにした。
「ハイポーション、ここに置いておきますねー……今までお世話しました! それじゃあ!」
一本金貨一枚はするハイポーションを四本置いて、私はパーティとして借りていた宿〝ダンデライオン〟を後にした。
ハイポーションを置いていくのは少々痛い出費だけど、これで! ついに! あの吐きそうなパーティから抜けることができたのだった‼
で、勇者パーティから追放された私はその足でいつもお世話になっているバイト先のおかみさんのところへ行き、一晩、部屋を間借りさせてもらった。
お金のない冒険者を格安で泊めさせてくれる部屋があり、たまたま空いていたのは僥倖だった。
「そんなことならお安いご用さ、ルーナちゃんにはいつも手伝ってもらっているからね!」
と、おかみさんは笑顔で了承。旦那さんであるマスターは寡黙だが、こくんと頷いてくれたのだった。
しかもバイトをしているから宿代は免除してくれるそうで、お金がほしい私には渡りに船……真面目に働いていて良かった……
そして翌日、私はギルドへと足を運んでいた。なぜならパーティの契約終了を冒険者ギルドへ報告しなければならないからである。
基本的に私達のような冒険者稼業は、パーティを組んでいれば危険も少ないのだけど、私のように田舎から出てきたばかりだったり、さらに友達や知り合いがいない等の理由でやむなくソロ活動をしている人はどうしても怪我が多くなる。それに実入りのいい魔物討伐は一人で倒すのは難しいので依頼をこなしにくい。
そこでそんな人達のためにと、ギルドはある救済措置を作った。
それが私も使っていた「一時加入システム」で、名簿に名前と年齢、特技を書いておき、他のパーティがそれを見て必要な人材と判断すれば、お声がかかるのである。
契約期間は最短で一か月。後は三か月から六か月までがあり、パーティとしてやっていけると判断された場合は、本契約を打診され、晴れてきちんとしたパーティの一員になる、というボッチにはとてもありがたいシステムなのだ。……ちなみに私はボッチじゃないですよー(棒)……うう……見栄を張りました……
こほん。ちなみに報酬は山分けが義務付けられていて、魔物の素材などを売ったらその場で均等に手渡されるので不正も起こりにくく、雇う側もほしいスキルを持った人を名簿から手軽に探せるのでこのシステムは大いに喜ばれている。
まあ不備があるとすれば、私のいた勇者パーティみたいにモラルが欠けていたとしても、入るまで見抜けないとか、あまり稼げないパーティに加入してしまうことがあるくらいですかね……。あ、仲介料も取られますよ?
今回の私みたいに『雇われた側』の不備がある場合と『雇った側』の不備があり、それが正当な理由だった場合は契約破棄は許されているので、どうしても合わない場合は申告により離脱が可能……おっと、いろいろ考えている内にギルドへ到着しましたか。ではでは早速……
「こんにちはー」
「いらっしゃい。お、ルーナちゃんか。どうしたんだい、こんな時間に?」
カウンターから声をかけてきたのはサブギルドマスターのイルズさんだ。彼が私を見て不思議そうに聞いてきた。
それもそのはずで、通常の冒険者は朝から依頼をこなしてお金を稼ぐのが一般的だからだ。
「いやー……はは……勇者パーティをクビになりましてー……契約破棄の手続きを、と……」
周りには聞こえないよう、ひそひそとイルズさんへことのあらましの説明をしながら契約書を差し出し、手続きに入る。難しい顔をしていたがすぐに受理してくれた。
「はい、これで契約終了だよ。なるほどなぁ……そりゃルーナちゃん災難だったなぁ……。そういうことなら勇者パーティは男性優先で案内することにしようかな。情報をありがとう。それじゃあ名簿は更新しておくから、別のパーティからお呼びがかかったら連絡するよ。今後はどこで寝泊まりするんだい?」
「酒場のおかみさんのところでバイトしながら少し考えます……勇者パーティと顔を合わせたくないので、町を出るのもいいかなと思っています」
「ああ、〝山の宴〟だね。そうかい、ルーナちゃんの補助魔法は一級品だから……ウチとしても居てほしいけど。しかしあいつらどこを見て役立たずだなんて……」
イルズさんがぶつぶつと愚痴を言い始めたので、私はお礼を言ってギルドを後にした。
一応、昨日までは高ランクの魔物を退治していたから今はそれなりにお金はあるけど、この程度のお金じゃ心もとない……他にパーティを探してみようかな?
◆ ◇ ◆
「ふあ……昨日は酒を飲みすぎたか……まだ眠いな……今日はまた北の森でデッドリーベアを倒すんだっけか?」
昨日の騒動など露ほども知らない、勇者のアントンが朝食の場に現れた。
ちなみにアントン達が泊まっている〝ダンデライオン〟という宿は、冒険者にとって少しお高い宿屋なのだが、ルーナ加入後に高レベルの魔物を倒せるようになり、収入が増えたのでふかふかベッドで寝たいという三人に促され、アントンも行為をする時にベッドが柔らかいといいかもなと、何も考えず決めてしまった。
それはさておき、三人娘はルーナを追い出した後に喧嘩を始めてしまい、そのまま徹夜で言い争いをしていた。「アントンを自分だけのものにしたい」という欲求は全員持っているので、ちょっとした発言で喧嘩になるのだが……
「そうね……でも今日はやめにしない……?」
「アタシも賛成ー……」
「わたしもです……今日はお休みしたいです……」
その結果がこれである。ルーナが居た頃はまあまあと仲裁に入ることがあったが、ストッパーが居なくなればいつまでも終わらないのでこのとおり。それを見てアントンは呆れたように言う。
「そういうわけにはいかねぇだろ、飯のタネなんだからよ……あれ? ルーナはどうしたんだ? へへ、まだ寝ているとは仕方ないやつだな」
食パンにバターをつけながら、ルーナの部屋へ行く口実ができたとほくそ笑むアントン。だが、次に発した三人娘の言葉に愕然となる。
「あー……あの子なら昨日の夜出ていったわよー……役立たずだって言ったら泣いて出ていっちゃったわ♪ これで取り分が増えるから今日くらいはいいじゃない」
本当は笑顔で出ていったのだが、泣いて出ていったと言ったほうがルーナより格上になった気がするのでディーザは嘘をついた。一緒に居た二人もそれは同様のようで、特に言及はしなかった。
「け、契約書は? 契約書にサインしないとパーティから離脱できないだろう?」
「ああ、アタシがやっておいた。本パーティの人間なら誰でもいいみたいだったからサラっとサインしておいたよ! ははは!」
「せいせいしましたね! 何もできないのに報酬は山分けだなんて許せないですもの」
あっさりとしたフィオナに、ぷうと頬を膨らませるフレーレを見て、アントンはあちゃーと手で顔を覆う。
この三人が自分にベタ惚れなことは承知していた。ハーレムみたいで悪くないと、ギルドで自慢をするくらいに。
そして三か月前、ルーナに出会ったのだが、アントンの好みにドストライクだったのである。
長い絹のような黒髪に少しツリ目がちの目をしていて、それなりに膨らんでいる胸。
見た瞬間に『ほしい』と本能が告げていた。
その後、一時加入名簿を調べ、ギルド職員を捕まえていろいろ聞くなどの努力の末、ようやくパーティに引き入れたのだ。
だがルーナはここに居る三人とは違い、まるで自分になびく素振りがなく、うまく躱されていた。
それから三か月が経ち、アントンは焦りが出てきた。夜這いでもするかと考えていたところにこの追放騒ぎである。がっかりするのも無理はない。引き入れる際はギルドに仲介料も払っているのだから二重の痛手だった。
「(こいつらがここまでするとは思わなかったな……早く手を出しておくべきだったか? 残念だが仕方ないか……戦力としては期待できなかったし……まあこの町に居るならまだチャンスはある、か? それにしても勝手なことをしてくれたぜ)」
アントンはルーナを戦力としては期待せず、快楽を得るために勧誘しただけだった。補助魔法など大したことはない、とタカをくくっていた。
しかしアントン達の羽振りが良くなったのはルーナが加入してからなのだ。
ルーナの補助魔法のおかげで一ランク、さらには二ランク上の魔物を倒せるようになっていたが、それを自分達の実力と勘違いしてしまっており、今から倒しに行くというデッドリーベアも一昨日瞬殺したので軽く考えている。
「いいから朝飯食ったら行くぞ。分け前が増えるならデッドリーベアを倒したら今日は酒場にでも行こうぜ」
ルーナが抜けたことに少し機嫌が悪くなったアントンが強い口調で三人に依頼の決行を促す。
アントンに嫌われたくない徹夜明けの三人は、仕方なく返事をするのであった。
◆ ◇ ◆
契約破棄を報告してギルドを後にした私は、〝山の宴〟に戻ってランチの手伝いをしていた。
パーティ離脱の時、そのまま依頼を受けてもよかったんだけど、なんとなく今すぐ冒険者稼業をやる気にはならなかったのである。
それにおかみさんのところに厄介になった今は宿代がかからないため、今日くらいは依頼をしなくても問題ない……
目指せ貯金! 目指せ一攫千金! ……はあ……お金がほしいなあ……
こほん……さて、この山の宴、夜は酒場、昼は定食屋として営業しており、稼ぎの少ない冒険者でも満足できる人気のお店なのだ。
人気すぎてピーク時は配膳が回らないので、そんな時は補助魔法の《ムーブアシスト》を使い、自身の速度を上げて対応していたりする。おかみさんにかけた時は壁にぶつかってめちゃくちゃ叱られたけど……
そしてついたあだ名が『高速のウェイトレス』うん……嬉しくないんですけど⁉
本業は冒険者ですからね! ウェイトレスじゃありませんよ!
ん、こほん……取り乱しました。
そんなこんなでピークも終わり、空いたテーブルを拭いていると、いつも夜に来る常連さんが入ってきた。
「こんにちはレイドさん! いつもの席、空いてますよ!」
「ん、ルーナちゃんか。いつも元気だね、それじゃお邪魔するよ」
少しくすんだ金髪に、無精ひげを生やしたこの人はソロで活動する冒険者のレイドさん。
いつもは夜にビールとからあげを食べてフラリと帰って行くのだけど……
「この時間は珍しいですね、お昼に来るのは初めて見たかも」
「ああ、ちょっと徹夜で魔物退治をしていてね。さっき戻ってきたところなんだ。ビールとからあげをもらえるかな?」
「はーい! ビールとからあげ、注文いただきましたー」
いつものセットを注文されたので、旦那さんへオーダーを通しているとおかみさんから声がかかる。
「お客さんが減ってきたから、今のうちにルーナちゃんもお昼にしな。なんでも好きなものを食べていいからね」
「いいんですか? ではお言葉に甘えて生姜焼き定食を! あ、レイドさんにビールとからあげ持っていきますね」
私はレイドさんのテーブルに注文の品を持っていきながら話しかける。
「お待ちどおさまでした! ビールとからあげになりますー! で、私もお昼休憩になったんですけど、隣いいですか?」
「はは、俺みたいなおっさんの横でいいのかい? 面白くないと思うけど。ほら、ルーナちゃんのパーティの勇者とかのほうがいいんじゃないか? なんでもデッドリーベアを倒したらしいじゃないか?」
「おっさんって……レイドさん三十歳って言ってませんでしたっけ? というか私、あのパーティとは契約解除したのでもう何も関係ありません! それにデッドリーベアも本当は戦いたくなかったんですよ? 案の定すごく疲れたし。もうあのエロ勇者の話なんてしたくないですよ!」
思わぬところから蒸し返され、つい語気が強くなってしまったが、レイドさんに「はは、すまなかったね」とやんわり宥められてしまった。大人だなあ。
「まあ、何があったかは知らないけどパーティは合う合わないがあるからね。ルーナちゃんにはまたいいところがみつかるさ、焦ることはないよ……ん、やっぱりここのからあげは美味いな。もも肉だよな、からあげは。胸肉のからあげはダメなんだよ……」
からあげに舌鼓を打つレイドさんを見ていると、私の生姜焼き定食が到着した。
うーん、この刻み生姜に少量のにんにくが食欲をそそるわ……モグモグと生姜焼きを食べながら、私はレイドさんに気になっていたことを聞いてみる。
「レイドさんってどうしてソロなんですか?」
するとビールを飲むのをやめて、何やら難しい顔になってしまった。
あれ? 悪いこと聞いちゃったかな……まさか、ボッチ……
「いや、まあ、なんだ。俺みたいなおっさんとパーティを組んでくれるやつなんて居ないんだよ。ほら、俺より強いやつなんていっぱいいるしさ……それより、ルーナちゃんはなんでこの町に来たんだい? 女の子の冒険者は珍しくないけど、親御さんとか反対しなかったのかい?」
強引に話を変えられたが、なにか言いたくない事情があるのかもしれない。ここはレイドさんの話に乗っておくのがいいかな。
「ええっとですね、父が病気で……」
「そう、なんだ……容体は大丈夫なのかい?」
「あ、はい。ヘルニアなので命に関わるとかそういったものではないので……」
ずっこけるレイドさんだが、無理もない。言った私も恥ずかしい。
「父は木こりと狩人をしてお金を稼いでいたんですけど、私が補助魔法を使えるので、朝出かける前に魔法をかけて送り出していたんです。でもある朝、私が寝坊してしまった時に、補助魔法がかかっていないのに無理をしたらしくて、コキャっと……」
「コキャっと……」
「ええ、コキャっと腰をやっちゃったんです」
「失礼だけどお母さんは?」
「母は私が小さい時に……」
「そうか……」
「浮気して蒸発したんです」
レイドさんはまたずっこける。すみませんホント……
「そ、そうなんだ、なんか悪いこと聞いちゃったかな」
「い、いえこちらこそすみません……で、でもやっぱりレイドさん強そうだし、ソロはもったいないですよ! パーティならほら、私が組みますよー! な、なんちゃって……」
気恥ずかしくなったので話題を変えようとしたが、チョイスをミスった。それに気づいた時にはもう遅く、レイドさんは少し困った顔をした後、喋らなくなってしまった。
私も喋るタイミングを逃し、もくもくと生姜焼きを食べていると、ビールとからあげを平らげたレイドさんが店を出ていく。
気を使ってくれたのか席を立った時に「またね」と言ってくれたけど……
「……気にするな、ルーナのせいじゃない……。あいつは『元』勇者だったんだが、魔王討伐に失敗してな。その時パーティメンバーが全員死亡。それからあんな風になっちまったらしい」
私が入り口を見ているとマスターが話しかけてきた。
「レイドさん、勇者だったんですね……」
この国の子供は五歳になると、王都で〈恩恵〉の確認をする義務がある。
〈恩恵〉は誰でも授かるものだが、その恩恵は人によって違い、私は補助魔法の恩恵を授かった。
そもそも、補助魔法や回復魔法、攻撃魔法は訓練すれば誰でも使えるんだけど、恩恵を受けた場合はその能力を十全に使えるようになり、効果が数十倍に跳ね上がるため、みんなその長所を伸ばすことになる。
ちなみに私の補助魔法もそのおかげで、力が増す《ストレングスアップ》や速度を上げる《ムーブアシスト》など、普通の人が使うよりも格段に性能が高い。だからこそ、低レベルのアントン達のパーティでもデッドリーベアが倒せたりしたのだ。
正直、それでもあの四人はそれほど強くなかったから結構苦労したわね……事前に実力を知っていたらパーティに入らなかったんだけどなあ。勇者だってことで舞い上がっていた、反省。
で、〈恩恵〉の中に『勇者』があり、これを授かると経験の蓄積量が普通の人よりも多くなる。
簡単に言うと「何をやってもスペシャリストになれる」というある意味、夢のような能力と言える。
商人のようにお金を稼ぐこともできるし、魔法も攻撃魔法の恩恵を受けた人と同じくらい強力になるらしい。ただし、各恩恵を受けた人よりはスペシャリストになるまでには時間がかかる。
しかし、この勇者。一つだけ、だけど究極の欠点があり、それが「魔王討伐の義務」である。
今のところ、魔王がどこかの国を滅ぼした、という話は聞かないが、過去には人間を皆殺しにしようとする魔王も居たそうなので油断ができない。
ちなみに国が勇者を管理しているという話もあるようだ。なぜなら〈恩恵〉を授かった時に、バレますからね……
そして勇者は一人ではなく、何人か存在するそうで、アントンとレイドさんが同時に勇者であっても不思議ではないのだ。
複数存在する理由は謎に包まれているが、一説によると神様が力を合わせて倒せるように力を授けていると言われている。
スペシャリストになれるからって言っても、魔王討伐が義務づけられているならなんだか呪いにしか見えないよね?
――しかしレイドさんがまさか勇者だったとは……それもアントンと違い、ソロで魔物を討伐できる実力派……これはぜひパーティを組みたい。そうなると二人で報酬を山分け……えへへ……
私がそんな皮算用を考えながらフロアへ戻ると、お客さん達の声が聞こえてきた。
「アントン達のパーティ、デッドリーベアの依頼をギルドから断られたらしいぜ?」
「ああ、聞いた聞いた。一回まぐれで倒せただけなのに何を勘違いしているんだって話だよな」
ああ、そういえば今日はデッドリーベアをもう一回倒そうということになっていたっけ。
でもどうやらイルズさんが私抜きでは無理であると判断して却下したようだ。私の補助魔法の効果を知っているからね、あの人。だから前回は渋々許可してくれたんだけど……
ま、彼らはこれで収入が減るだろうから、私としては追放されたお返しにはなるかな、と考えていた。
しかし、彼らはこの日、とんでもないことをしでかす。それが発覚した時にはすでに手遅れになっており……
応援ありがとうございます!
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