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最終部:タワー・オブ・バベル
その317 逸る気持ち
しおりを挟む――次の日の早朝。
いつもなら気怠く、フレーレに起こされて朝食に向かう私だけど今日は違った。むしろ疲れているフレーレを起こしてベッドで向かい合っている。
「……」
「……」
ベッドの上で正座し、二人とも無言で見つめ合う。寝癖を気にしているフレーレに、私は頭を下げて懇願した。
「疲れているのに悪いんだけど、回復魔法を教えて!」
「え? ええー!? ルーナが回復魔法ですか!? 急にどうし……パパさん達のことですか?」
「うん。私はもっと強くならないといけないわ。で、さっき寝起きのエクソリアさんに聞いたら、魔王の恩恵は勇者と同じで、時間はかかるけど色々覚えられるって。だからまずは回復魔法から――」
私がそこまで言ったところでフレーレが慌てて止める。どうしたのかしら?
「ちょ、ちょっと待ってください! 確かに理屈だとそんな感じがしますけど、寝起きのエクソリア様とか怪しすぎませんか? それに成長するのは時間がかかるんですよね? だったらそこは私達に任せて他のことを伸ばした方がいいんじゃありませんか?」
「大丈夫、他のことも覚えるから。お願いよ、フレーレ」
「う……(こういう時のルーナは引き下がらないですね……仕方ありません、セイラにも手伝ってもらいましょうか……)」
私が詰め寄ると、フレーレは後ずさり困った顔をする。だが、渋々承諾してくれた。
「……少しだけですよ? ダメそうだったら止めますからね?」
「ありがとう!」
では早速と、支度をして先に家の裏に回る私。何だ何だと、狼達もあくびをしながら後を着いて来ていた。しばらく剣を振りながら待っていると、寝ぼけ眼のセイラを引きずってやってきた。
「お待たせしました。一応、回復魔法が使えるセイラも連れてきましたよ」
「ルーナ……? 一体どうしたの?」
「どうしたもこうしたも無いわ。ここから先、リリーがいなくなったら厳しいって言ってたでしょ? だから強くなるために色々覚えようと思って」
「そんな急にできないと思うけど……大丈夫かしら……」
「(昔、マジックアローを教えようとしたときに失敗していますから、すぐに諦めると思います)と、とりあえず≪ヒール≫から始めましょうか!」
何かセイラに耳打ちをしたフレーレが私の前へ来ると、ナイフで自分の手を傷つけた。
「ちょ、ちょっとフレーレ!? 何やってるの!?」
「え? ああ、この傷ですか? 回復魔法は傷やケガがないと発揮できませんからね。わたし達の修行時代も、先生となる人が傷を作ってから教えてもらいましたよ。ねえ?」
「きゅうーん……」
フレーレがさも当然とばかりにセイラに聞くと、セイラも頷いていた。シロップは痛そうな傷を見て尻尾を下げていた。
「それじゃ≪ヒール≫ですけど、魔力を掌に集中してください。そして傷が塞がるよう、放出する感じで」
「こ、こう……?」
ぽわっと傷口が光り、少しずつ傷が塞がっていく。が――
「遅っ!? かさぶたになるのに5分かかったわよ!?」
「まあルーナは初めて使ったわけですし、そんなものですよ。きちんと魔法が出ただけでも凄いですし。で、後はこれを繰り返せばスッと傷が消えるようになりますね」
「……日が暮れちゃうわ……」
私がガッカリしていると、セイラが私の首に腕を絡ませながら耳元でぼそりと呟いた。
「……そう簡単にできるわけないでしょ? 私達も結構な修行と訓練と犠牲があってできるようになったの。補助魔法みたいにほいほい使えるわけじゃないんだからね? それとどうやって特訓するの? フレーレをずっと怪我させっぱなしにするつもり……?」
「う……」
そう言われて冷や汗が出る。確かに何でもできるけど、それは努力の賜物であることは明白だ。それにケガ人が居なければ回復魔法を使うことはできないとなると、これは切っ掛けだけ覚えて実戦あるのみか。とか考えていると、シルバが家の壁に突っ込んだ!
「わんわん!」
「シルバ!? 頭から血が出てるじゃない! ほら、おいで」
「わぉん」
フレーレの傷がようやく塞がったところで、今度はシルバの額を治療する。
「シルバもルーナに協力したいみたいですね」
フレーレがそう言うと、セイラがニタリと笑いながら私に言う。
「……あんたの我儘のせいでケガが増えてるわよ……? それでいいのかしら? それに、何を焦っているのか分からないけどそんなことだとルーナ、大変なことになるわよ?」
「大変なことになる」と聞いて、ドキリと心臓が跳ねる。あ、焦ってなんかいないわ……!
「……か、回復魔法はまた今度にするわ! フレーレ、セイラ、ありがとう! 行くわよみんな!」
「わん!」
「きゅんきゅん」「きゅふーん」
「ガウ」
私は狼達を引き連れて、広場へと向かった。自分の力でできること……剣術かしら……となるとレイドさんを……
「ふう……」
「お疲れ様です、セイラ」
「いいわよ。急に近しい人がいなくなったルーナの気持ちも分かるしね。私の場合は物心ついた時には両親が居なかったけど、お兄ちゃんがヴァイゼさんとの戦いでボロボロになった時はやっぱり苦しかったわ」
「……わたしも両親はいませんでしたけど、魔王城に置いて来たフォルサさんが親代わりでしたから……」
「そうよね……犠牲になったのはディクラインさんだけじゃないのに……やっぱり、あの子ガツンと言ってやらないとダメね」
「そのことなんですが――」
◆ ◇ ◆
「レイドさん! 私に剣術を教えて!」
「ぶふぉ!?」
「あ、ごめんなさい!?」
レイドさんの部屋を勢いよく開けると、着替え中で、パンツ一枚だった。慌てて閉めてしばらく待つと、いつもの装備ではなく、普段着のレイドさんが出てきた。
「……どうしたんだい、こんな朝早くから? それに剣術だって?」
「うん、これからの戦いはもっと厳しくなるわ。だから時間は有効に使わないと、ね? だから――」
快く引き受けてくれると思っていたレイドさんは予想外の言葉を言った。
「ダメだ。休めるときには休んでおくよういつも言っているじゃないか。また明日から戦闘が続く可能性が高いことを考えると、特訓はできない」
「で、でも前はセイラ達も新しい魔法とか覚えていたじゃない」
「あれは自分たちで同意した結果だからね。休む必要があるのはもう一つ理由がある。ルーナが酷い顔をしているせいだ。ちゃんと寝たのかい?」
「……」
実のところを言うと、まったく眠れなかった。悔しくて、頭が割れそうになるくらいの頭痛を受けていたからでもある。
「ディクラインさんのことは分かる。でも、焦っているルーナちゃんを鍛えたとして、何かあったら申し訳が立たない。ヴァイゼさんも――」
「……もういい……」
「?」
「レイドさんまでそんなことを言うなんて……もういい……私一人でやるから……」
「待つんだルーナ!」
「……! 放して!」
パシッと掴まれた手を弾いて私は外に出る。一瞬見えたレイドさんの悲しそうな顔が目に焼きついた。焦ってなんかいない! みんなを死なせないためには私が強くならないと……!
◆ ◇ ◆
「わ、わん……!」
「……行ってこい。ルーナは少し頭を冷やす必要がありそうだ」
「がう……」「きゅん……」「きゅふん……」
気を落ちした狼達がどっちの味方をしていいか分からないでオロオロしているのをみて、レイドが声をかけると、ルーナの後を追って飛び出して行った。
「ふう……色んな意味であんなルーナは初めて見たな……生姜焼きでもご馳走すれば機嫌が直るかな? ……ん? また誰か来たか?」
レイドが狼達が出て行った扉を見ると、そこから妹であるセイラ、そしてフレーレが入ってきた。
「おはよう二人とも。どうした、こんな朝早く」
挨拶をするレイドに、セイラが口を開いた。
「今、ルーナが出て行ったでしょ? さっき回復魔法を教えろって叩き起こされたのよ」
「……そうか、もう俺以外のところに……。だから『レイドさんも』なんて言ったのか」
「はい。それで塔へ行くメンバーのことなんですが――」
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