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最終部:タワー・オブ・バベル

その315 乖離する親子とルーナの激昂

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 「あ、ああ……パパ……」

 「う……ルーナ……?」

 目を覚ましたフレーレが泣いている私を見て声をかけてくる。どうやらママがトリスメギストスに向かう前に回復をさせておいたらしい。

 「フレーレ……パパが……ママも……」

 「え?」

 フレーレは私を抱きとめて、周りに二人とリリーが居ないことに気づき、扉が閉じているのを見て察したようだ。回復したシルバとシロップが扉をカリカリと引っ掻きながらか細く鳴いていた。

 「きゅーん、きゅーん……」

 「わぉん……」

 「……馬鹿が……逝くなら俺が先だろうに……」

 お父さんも今までみたことがないくらい呆然と立ち尽くし呟いていた。そしてレイドさんが私のところへ重い足を引きずりながらやってくる。

 「レイドさん……パパとママが……」

 「……すまない……俺が不甲斐ないばかりに……」

 「ううん……わた……私、も、ひっく、何も出来なかった……意識はあったのに何もできなかった……! うわああああああああ……」

 レイドさんの顔を見るとたまらなくなり、近くまで来ていたアイリ達の目もはばからず、大声で泣いた。アネモネさん、チェイシャ、ジャンナにファウダー……消えてしまった者に優劣をつけたくはない。けど、今回は……今回ばかりは耐えられなかった。


 「……見ろ、部屋が!」

 ノゾムが声をあげると白い部屋はガラガラと崩れ始め、塔が吹き抜けのようになってしまっていた。元のフロアがどうなっていたか分からないほどだった。

 「下の階も骨組だけになっているわね……」

 セイラが元々あった階段を覗き込みながら言う。

 「それにしても今までのフロアとは違い、どうしてこんなことに?」

 ニールセンさんが呟くと、どこからか声が聞こえてくる――


 『……よう、倒したのかトリスのジジイを』

 「神裂!?」

 レイドさんが驚愕の声をあげて周囲を見渡すが、いつもと同じように声だけで姿はどこにもなかった。

 『おう、俺だ。このフロアはあのジジイに乗っ取られていてな、俺の目も届かない状態だったんだよ。お前等が倒してくれたおかげでこうして会話できるようになった』

 神裂がそう言った後、奥にある階段に続いているであろう扉の近くに転移陣が現れた。

 『見たところ、手ひどくやられたようだな。一旦帰って万全にしてくることだ』

 その言葉に怒りを覚えた私はフレーレから離れ、天井に向かって捲し立てるように叫んだ。

 「やられたわよ! どうしてこんなことをするの!? アントンの人生を狂わせたり、ゲームだとか言って私達を弄んで! チェイシャも、アネモネさんも、ジャンナにファウダー! そして今、パパとママとリリーも消えたわ! 一体何がしたいのよ! みんなを返してよ……!! うっうう……」

 『そういや、何人かたりねぇみてぇだな……』

 「ルーナ……」

 また涙が出始めた私はレイドさんに縋りつき、嗚咽をこらえる。そこでユウリが喋り出す。

 「……僕もルーナと同じ意見だ。僕達を差し向けた時『ルーナ達を倒せ』と言ったよな? 蓋を開けてみれば父さんの方が悪者だ。神になる、それはいいさ。だけど元の住人を困らせて世界を滅ぼす必要があるとは思えない」

 「そうね……それに過激なことも多かったけど、昔はやることがハッキリしていた。でも今はルーナさんの仲間を殺して、それなのに労ったりするような言葉を出してる。本当の目的はなんなの?」

 ユウリ、そしてアイリが神裂に向かって疑問を投げかける。何かを隠している、そう言いたいようだった。

 『……』

 「……父さん、何か言ってくれ。父さんは面倒ごとが嫌いだっただろ? 今やっていることは父さんの嫌いな面倒ごとだ、違うか?」

 『……おーおー、言うようになったなガキ共が。ハッ! 俺のことがよく分かっているなら、俺がこの後言うこともわかんだろ?』

 神裂が挑発するように言うと、ノゾムが静かに答えた。

 「……そこまで行って力づくで聞け、か」

 『そうよ、その通りよ! いいか、残り時間はわずかだ。それまでに俺のところまで辿り着けなければこの世界は終わりだ。ノゾム、ユウリ、アイリ、お前達がルーナ達に与するなら、その対象だ。俺は自分の目的のために人体実験を繰り返してきたんだ。人生を狂わせてやったやつもいる。もうお前等が知っている俺じゃないんだよ』

 「……」

 ノゾムは目を細めて天井を凝視し、ユウリ達は冷や汗を出しながら唾を飲みこむ。身内だろうが敵対するなら容赦はしないという声色だった。

 するとレイドさんが私を抱きしめながら口を開いた。

 「自分の息子達をも犠牲にしようとするとは……待っていろ、必ずお前の元へ辿り着いてやる……! ルーナ、今は泣いていい。苦しいだろうけど前を見よう……俺が必ず神裂の連れて行ってやる、みんなの仇を必ず討とう」

 「レイドさん……うん……うん……」

 「ガウ……」

 私が涙を拭っていると、レジナが鼻をこすりつけてきた。心配してくれているみたい。

 『ハッ! お涙頂戴的なのは苦手でな。退散させてもらうぜ。言ったからには必ず来い。そして俺を後悔させてみせろ。ノゾム達も何かを知りたければ、己の力で確かめろ』

 ブツン

 それだけ言うと、何かが切れる音と共に神裂の声はしなくなった。そこへずっと黙って聞いていたフレーレが私に、そしてみんなに声をかけてくれた。

 「……一旦戻りましょうルーナ、みなさん。お父様も今回は戻って休んでください。誰かここに来るまでわたしが居ますから」

 「ありがとう……だが、俺が残ろう。エクソリアよ、後遺症などが無いか念入りに確認を頼むぞ」

 お父さんがパパの消えた門の前でこちらを振り向かずにそう言うと、急に話を振られたエクソリアさんが慌てて答えていた。

 『あ、ああ、承知しているよ。それじゃ転移陣を使って戻ろう。しかしディクラインとアイディールが居なくなったのは……痛いな』

 「……言わないでくれ、その分は俺が頑張るから……」

 『こんな時に不謹慎だったね、すまない(本当はリリーが居なくなったのが一番マズイんだけど……こればかりは仕方がないか)』

 私達は転移陣を抜け、拠点を目指す。レイドさんの肩を借りて歩く私は誰ともなく呟く。

 「……絶対に……許さない……」

 ここまで誰かを憎いと思ったのは……生まれて初めてだった……









 ◆ ◇ ◆




 <バベルの塔:外周>

 「ほら、リンちゃん、頑張って」

 「にゃーん……」

 謎のローブに連れ去られたナイトメアキャットのリンが、その人物を乗せて空を飛んでいた。少し前まで子猫サイズだったが、今はもう人を乗せられるくらい立派な大猫に成長していた。

 だが――

 「うーん、成長促進の魔法食を食べさせて大きくしたのは良かったけど、まだ中身は子猫だから体に追いついてないわね」

 何となく嫌々飛んでいるように見えたので、ポンポンと背中を撫でて塔近くの森へ降りるよう指示。着陸後、ごはんの時間となった。

 「はい、リンちゃんはこれね」

 「にゃー……」

 最初は美味しそうに食べていたが、同じものが続き、リンは魔法食に飽きていた。栄養も味付けも一級品。されどやはり同じメニューは飽きるのだ。もそもそと食べるその姿に少し罪悪感を感じる謎のローブ。

 「これも考えないといけないかしら。そこまでは考えてなかったわね。リンちゃん、ルーナやフレーレちゃんを助けるのにあなたの力が必要なの。だからもう少し我慢して? 味付けと料理はまた変えてあげるから」

 「にゃーん」

 ルーナとフレーレの名前が出て、少し元気になったリンは水を飲んだ後、再び餌に向かう。

 「ふう……ペットを飼うのも大変ね。守護獣みたいに喋れればいいんだけど」

 ガサッ

 「……そこに居るのは誰?」

 草が揺れる音がし、謎ローブが身構えると、温和な声で弁解してきた。

 「ほっほっほ、怪しい者ではありません。ちょっとそこの塔に用があって旅をしてきました」

 「……師匠の容姿はかなり怪しいと思うがな……いてぇ!?」

 影から現れた人影を見て謎ローブは驚きの声をあげた。

 「あなた達は……!」

 「にゃーん?」

 その様子を、リンはもぐもぐと餌を食べながら見ていたのだった。
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