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最終部:タワー・オブ・バベル

その314 遠く、深く

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 「目がかすむ……」

 体に力が入らない……みんなもそれは同じようで、かろうじて意識があるといった感じで呻いている。そこへトリスメギストスが喋りかけてきた。

 「ふぉふぉ、動けんか。まあ常人なら即座に意識を持っていかれるところじゃからな、意識があるだけでも凄いことじゃと誇って良いぞ?」

 「ふざ……けるな……」

 「あがくと痛い目をみるだけじゃぞ?」

 「ぐあ!?」

 ぐっと剣を杖代わりにして立つレイドさん。それを見てため息を吐きながらレイドさんへ近づき、蹴り飛ばした!

 「わ、私達をどうする気……?」

 「うむ、そういう質問が欲しかった。もうすぐ神裂のやつは神の力を掌握するじゃろう。その前に倒さねばならんのは自明の理。わしが取って代わるには早く動かねばならん」

 人差し指を立て、説明するように話しはじめる。会話で気を反らしている間になんとかならないかと考えを巡らせる。だが、トリスメギストスはその暇を与えてはくれなかった。

 「そのために、あの三人は人質として必要じゃからここでは殺さん。そしてルーナとレイド、お主らも魔王と勇者という恩恵を持つ故、役に立ってもらう。が、残りは要らん」

 「ぐ……は、放して……」

 「くそ……」

 「おっと、流石勇者といったところか。まだ動けるとは。それ」

 「う……」

 ドサリ

 流石はレイドさん。私とアイリが引きずられるところへ殴りかかっていった。だが、フラフラの状態では当たらず、何か煙のようなものを顔にふきつけられて昏倒した。

 「レイドさん!」

 「死にはせん。さて、それではメインイベントの始まりじゃ!」

 そう言ってパパやママ、セイラ達を一か所に集め始める。

 「イベントだと……」

 お父さんがレイドさんと同じく、腕を動かそうとするが、トリスメギストスは簡単に回避し顔を殴る。

 「そうじゃ。下の階での戦い、を見ておったが、流石は勇者様じゃ。そして同時にお前とヴァイゼがこの計画の障害になると判断した」

 「……そりゃ、高評価をどうも……それで……?」

 パパも必死に体を動かしたり、ママを叩いたりする。

 「話は簡単じゃ。お前等を始末する。戦力として期待したいが、危険すぎるからのう。で、わしの力では正直なところ到底この人数を相手に勝つ手段は無い。コピー共を量産した所で焼け石に水といったところかのう……それで、ルーナ達の偽物は茶番の道具へと変えさせてもらったのじゃ」

 それでレイドさんの偽物は「話が違う」と言う感じで、叫んでいたのね……倒れている偽物が少し可哀相な気がする。

 「そこでわしの創ったこの『冥府の門』を使うことにした。とある実験の過程で偶然できたものじゃが、制御はできる。が、この門の中はどうなっているかわしにも分からん。異世界の扉の時もあるし、死者の国へ通じている時もある。――一つ言えるのは、と言うことじゃな」

 『う……ぐ……なるほど、それなら楽をして始末できるってところか……ジジイの考えそうなことだよ』

 「貴様等女神も邪魔くさいが、まだ殺すわけにはいかんのでな。死ぬよりも恐ろしい……女であったことを後悔するような地獄を見せてやるわい」

 『クズめ……(しかし私達を拘束するガスを作るとは侮れない……何とかチャンスを)』

 『……ホント、カスだよね……』

 『クソ野郎』

 『頭でっかち』

 『ハゲ!』

 『童貞!』

 「ふぉふぉふぉ、吠えているが良いわ」

 エクソリアさん、アルモニアさんもまったく動けないようで、悪態をつくことしかできなかった。トリスメギストスは気にした様子もなく、門の前へ行きギギギ、と扉を開いた。

 「さて、名残惜しくも無い。さっさと始末するとしよう。しかしこの人数を門に投げ入れるのはちと骨が折れるからの」

 パンパン!

 トリスメギストスが手を叩くと、門が音を立てて――


 「……う、うお!?」

 「……吸い込まれる……!?」

 一か所に集まったみんなを吸い込み始めた!
 

 「お父さん! パパ! みんな!」

 「わしが吸い込まれる訳にはいかんからのう。ルーナよ、消えて行く仲間を見て絶望するがいい。そうすることで洗脳がやりやすくなるしの……! ふぉふぉふぉふぉ!!」

 高笑いをするトリスメギストス。ずるずると門へ向かって引きずられていく途中、少しだけ状況が変わった。

 「……ん……ディクライン……?」

 「アイディール! 目が覚めたか! 状態回復の魔法は使えるか!?」

 「そういえば体……や、やってみるわ……ん……」

 パパに向けて手を翳そうとするママ。痺れているため少しずつしか動かせず、顔にはびっしりと汗が噴きだしていた。

 「頑張りよるわ。下手に抵抗すると吐き気なども襲ってくるし、廃人になる可能性も高い……まあ、ここで仲良く一緒に消えるのがお似合いか」

 ターン!

 「きゃ……!?」

 「アイディール!」

 ママが伸ばした手を隠し持っていた銃で撃ち抜くトリスメギストス。血がバッとパパの顔に飛び散った。

 「だ、大丈夫……すぐに……魔法を……」

 「それ、もうすぐ吸い込まれるぞ! 間に合わんぞ! ふぉふぉふぉ! レイドよ、お主の妹も消える!」

 まずい! このままじゃ本当にみんな消えてしまう!?

 「う、動いて……私の体……! あいつを倒せば門は……!」

 「わし特製の神経ガス。魔王と言えどもすぐには動けまい! ひ、ひひ! 吸い込まれる! この瞬間を見るのが楽しみでなぁ」

 げらげらと笑うトリスメギストス。しかしその笑い声はすぐに収まることになった!

 「≪リ、リカバリー≫!」

 「……! 体が動く! てめぇぇぇ、やってくれたなぁ! よくもアイディールを!」

 「な、何!? あの出血で手を伸ばしたというのか!? ……そうか、回復魔法……!」

 「その通りだ! 俺達のことを知っているようで抜けてんだよてめぇは!!」

 今までに見たことが無いくらいの怒りで、門の吸い込みを利用してトリスメギストスへと走るパパ!

 「ぐ……!」

 パン! ターン!

 ビシ! ドチュ!

 慌ててパパに向かって銃を撃ちだすが、それくらいでは止まらない。恐らく、頭か心臓を貫かれなければパパは止まらない……そしてパパは門の横に立っていたトリスメギストスの首を締め上げた。

 「この門に入ったらてめぇも帰って来れないって言ってたな、ならそれをてめぇが証明しろ」

 「は、放せ! この天才をこの世から再び消すというのか貴様はぁ! そ、そうだ、わ、わしも神裂を倒す為協力してやろう! フェンリルや騎士王みたいに――」

 「いや、いらねぇ。お前はきっと裏切る。そういうやつだ」

 「ぐうう!」

 「パパ! みんなが!」

 みんなが門の近くまで吸い寄せられ、あと一歩と言う所まできていた。

 「!?」

 私が叫ぶとパパがトリスメギストスを捕まえて門へと投げ入れようとした瞬間、トリスメギストスが暴れ出した。

 「こうなったら貴様を道連れにしてくれるわ!」

 「なに!?」

 何と、パパの掴んでいた手を引き、自ら門へと飛び込もうとした。その直後体の位置が入れ替わり、トリスメギストスは門の縁を掴み、パパはトリスメギストスの身体を掴んで吸い込まれるのを耐える形になった。

 「う……!」

 「や、やった! は、放さんか貴様!」

 「お前が放せ! このまま一緒に消えるんだよ!」

 「ディ、ディクライン!」

 回復したお父さんが剣を地面に突き立てて叫んだ。

 「悪いなヴァイゼ、最後まで行きたかったがここで終わりみたいだ」

 「……馬鹿なことを言うな! 俺はもうとっくに死んでいる、戦いが終わった後ルーナを託すつもりだったのだぞ!」

 「はっ! それならもう適任がいるじゃないか。レイド! ルーナのことは任せたぞ!」

 「放さんか! この!」

 「くそ……腕が痺れて……」

 パパが呻いていると、門を掴んでいるトリスメギストスに向かって走る人影があった! あれは――


 「放すのはあんたよ! 私達もろとも……消えなさい……!」

 「ママ!?」

 ガッ!

 吸い込みの勢いに載せて、体当たりを決めていた!

 「アイディール! なんで!」

 「ば、馬鹿な!? うおわ!?」

 「私の人生はあなたに助けられてから始まったわ。だから……終わる時も一緒よ」

 「アイディール……すまない……」

 そういって微笑みながら、パパとママは門へと吸い込まれて消え、その瞬間、門が沈黙した。

 「そ、そんな……!? パパ! ママー!!」

 体を引きずりながら門へと向かう私を、お父さんが抱き起してくれた。

 「……セイラとフレーレを起こしてみんなを治療して……先へ進むぞ……」

 「そんな!? パパ達は……!」

 「帰って来れない、というのならそうなのかもしれない。助けに行くにしても、俺達が戻れなくなったら意味が無い……」

 「う、うう……」

 お父さんのいうことは分かるけど、私は涙が止まらなかった。お父さんに連れられ、フレーレとセイラを揺り起こす。

 「……フレーレ、起きて……セイラも」

 焦燥した私が体を揺すっていると、門から呻き声が聞こえてきた。もしかして!

 「パパ!」

 私が振り返って叫ぶと、門から出てきたのは――

 「お、おのれ……このわしをこんな目に合わせおって……し、しかし、私は天才だ! 小僧どもから銃とワイヤーを奪っていたことがここで役に立つとは……!」

 「ト、トリスメギストス……!」

 見れば、門の縁にワイヤーを取り付けているのが見えた。細いので見えなかったがノゾムから奪ったものを使ったのだろう。

 「ひゃっひゃっは! クソ女に体当たりを食らった時は焦ったが、結果二人とも消えた! そしてわしは残った! 手負いの魔王以外は意識不明……やはりわしが神になることは決められていたのじゃ!」

 「手負いだろうがなんだろうが……貴様をこの手で殺せる機会が手に入ったこと、感謝せねばならん……!」

 お父さんが怒りを露わにしてトリスメギストスへ剣を向ける。

 「この銃で頭を撃ち抜けばお前は死ぬ。その前に……」

 パンパンと、手を叩き、再び門は吸い込みを始めた!

 「今度はわしが吸い込まれんようにした。油断は大敵、学習させてもらったわい」

 「ならば、俺が貴様を連れて門へ入ってやろう……!」
 
 「お父さん! ダメ!」

 捨て身で駆け出そうとしたお父さん。するとそこで女性の声が響いた。


 <その必要は、無いわ>

 「へ? ……ぐあ!?」

 「え!? だ、誰!?」

 <ふふ、ルーナにこの姿で会うのは初めてだっけ。あの時はディクラインとアイディール……ソキウスとチェーリカだったわね、そういえば>

 きわどい服を着たうさぎ耳のお姉さんがトリスメギストスの顔面をギリギリと掴んでそんなことを言う。というか――

 「その声、まさかリリー!?」

 <正解だっぴょん♪ なんてね>

 「じ、人化の方を使ったの!? どうして!」

 <これ以上は危ないからよ。吸い込まれてしまったら何にもならない。ヴァイゼさんもかなり厳しい状況よね>

 「……」

 「ぐうう……! なんじゃ貴様は!」

 <あなたに名乗る名前は無いわ。私がこの冥府の門へ送ってあげる>

 「や、やめろぉ!?」

 <ルーナ、ここから先は私の『幸運』は使えなくなる。心して進みなさい。偶然は続かない>

 「リリー! 待って!」

 <大丈夫、私達はあなた達と共にあるわ♪>

 リリーがそう言うと、トリスメギストスがリリーの手を掴んで力を入れ始めた。

 「こ、この程度の力でわしを捕まえられたと思うなよ」

 <ええ、そうかもね。でも、これでいいの>

 「負け惜しみを……! 外し――」

 ドカ!

 「て……え?」

 あれ? っといった感じで、自分の腹から出てきたものを見て呆けたように呟いた。腹から、パパの剣が背中から貫通していた。吸い込まれてから投げたのだろう。私達に託すつもりか、これを見越してのことは分からないけど、その一撃は状況を変えた。

 <言ったでしょ、これでいい、って。ディクラインが何もせずただでやられるわけがないでしょ? さ、これでその内死ぬでしょうけど、念のためちゃんと処理しないとね>

 「リリー! どこへいくつもり!?」

 <ちょっと二人を探しに、ね。愛の匂いを辿ればもしかしたら見つけられるかも……まあ時間次第だけどね>

 ちょっと散歩に行くみたいな言い方で門へと足を踏み入れると、トリスメギストスから手を放す。すると、門の内側にいたトリスメギストスに無数の手が絡みついて来た。

 「い、いやだぁ!? 暗い世界はもう――」

 <なるほど、死が近い人間は冥府に送られる、そんなところかしら? 良かったじゃない、謎が少し解けて>

 手を払いのけながらリリーが言う。必死にこちら側へこようともがくトリスメギストスが徐々に奥へと引っ張られる。

 「ば、馬鹿な!? い、いやだぁぁぁあっぁぁぁあぁ!」

 無数の手に引きずられ、トリスメギストスは闇の中へと消えて行った。そしてリリーも……

 「リリー!」

 私がもう一度叫ぶと、笑いながら門を閉めはじめた。

 <この門、危ないから閉めておくわね! きっと二人を探し出して見せるわ。ウサギさんは『幸運』だからね、その時のために神裂を倒しておきなさいな――>

 ギィィィ……バタン……

 「いやあああ!」

 リリーの声を最後に、門は固く閉ざされてしまった。
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