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最終部:タワー・オブ・バベル

その290 虎穴

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 『とまあこの後なんやかんやあって死んだんだ、俺ぁ』

 「いやいやいや!? その『なんやかんや』の部分を聞きたいですな!? いいところで切られたらもやもやするではありませぬか!?」

 『えー……』

 「ほら、どうせまだ監視映像も復旧しないのです。良いではありませんか」

 『チッ、仕方ねぇな……どこまで話したっけか、めんどうくせぇ……』





 ◆ ◇ ◆




 
 「……残念だったな」

 「う、うえーん……」

 「泣くなよ、クワイトがまだ残ってるだろ」

 「で、でも……」

 撃たれたジェセフィーヌを抱え、一目散に町へと戻ったが、ジョセフィーヌは二度と目を開けることはなかった。

 「……悪ぃな、この町じゃロクな医療ができなかったわ」

 「ひっく……ううん……おじさんはわたし達を助けてくれたもん……悪いのはジョセを撃った人達だもん……」

 愛理は神裂を責めることはしなかった。幼いながらも危険地帯で育ってきたので、何が良くて悪いのかを把握できていたようだった。

 「……ふう……」

 神裂は煙草を吸いながら、ジョセフィーヌを埋葬するところを後ろで見ていた。

 「(流石に神様って訳じゃねぇからな俺も)」





 ――それから数日


 「戻られるのですね、薬のおかげで患者も良くなりつつあるようです」

 神裂を町まで運んできた運転手が握手をしながら笑顔で見送ってくれる。すでにここは空港で、神裂はスーツに着替えていた。

 「それが元々の仕事だったから気にスンナって! ぎゃははは!」

 「え、ええ……まさかテロリストのアジトを壊滅させるとは思っていませんでした……あそこに捕らわれて居た人達や無理矢理協力して居た人も解放できました。それで、その子達は本当にあなたが連れて帰るのですか……?」

 「んあ? ああ……俺は嫌だったんだけどな、大使館は嫌だとかぬかしやがってなあ……」

 「わたし、おじさんと一緒がいい……」

 神裂が頭を掻きながら肩を竦める。本来であれば大使館で保護してもらうのが正しいが、子供たち三人は神裂について行くと言って聞かなかった。大使館側も困り、とりあえず身元がしっかりしているということでそのまま神裂が日本まで連れて行く運びとなったのである。

 「はあ……日本に着くまでだぞ? その後は知らねぇぞ」

 





 ――そしてさらに月日は流れ――


 「父さん! 私、決めたわ! 父さんのお嫁さんになるって!」

 「ばーか、お前は俺の養子になったんだからできるわけねぇだろ! ばーかばーか!」

 「ふっ!」

 バキ! ドゴ! ガン!

 「父さんのバカー!」「わんわん!」


 ドサリ……


 「……フッ、いい三連撃を繰り出す様になったじゃぁねぇか……」

 「……父さん、また夜勤か? 愛理もいい加減諦めればいいのにな……」

 「あぁ、食い扶持を稼がないといけねぇからな。何か急ぎの用があるってんで、行ってくるわ。愛理は言わせとけ言わせとけ、大学にでもいきゃ男みつけんだろ……んじゃ望、家のことは頼むわ」

 「……分かったよ」

 「愛理には甘いよね、父さん。次、外国へ行くのはいつになるのさ」

 「うるせぇぞ、勇利。そう思うならお前が付き合ってやれや。俺も助かる」

 「やだよ、学校でも家でもうるさいのに……」

 「はん……とりあえず、今月末だ。暴れるのも程ほどにな」

 「分かってるよ」

 

 ――神裂は日本に戻ってから三人を引き取っていた。望は身寄りがなく、完全な孤児となり、愛理と勇利は親戚や祖母が居たものの、テロ組織に捕まっていた、という事実から引き取ることを拒絶された。残るは施設になるのだが……

 「すいません……例の子達ですよね……? 他の子に影響があると困りますので……」

 と、無しのつぶて。

 「ああ、もういい! てめぇらの世話にはならねぇ! 俺んちに来いお前等!」

 イラついた神裂は生来の短気を起こし、後先を考えず三人を養子にしたのだった。喜んだのは愛理で、望と勇利も行く宛がないことに気が気でなかったのでホッとしていた。
 
 このとき、望は十四歳、愛理と勇利は十二歳であった。神裂、二十四歳であった。それから四年が経ち、テロリストに捕まっていた日本人救出! という事件も段々薄れていき、割と平和に暮らしていた。

 しかし、幸せはそれほど長くは続かなかった――



 「今日も実験は順調ですよ……と。俺が来るまでもなかったな今日は」

 会社で夜勤をしている神裂。

 現在、臓器移植の免疫拒否反応を起こさないよう、患者のDNAを解析して、人工臓器が作れないか、という研究を進めていた。現在マウスでは概ね成功を辿っていたが、いずれは人間も……そういった考えもあった。成功すれば賞は確実だろうと言われる神裂は天才だったのだ。

 「馬鹿となんとかは紙一重ってかぁ~♪ ……あれ、逆か? あん……ありゃ社長か……?」

 トイレから出た神裂が研究室へ戻ろうとしていたところで、通路に社長の姿を確認する。

 「(こんな時間になんでいるんだ……? 俺の勘が何だかいけないことを察知しているようだぜ?)」

 そっと社長の後を追い、神裂は社長室へ入っていくのを見届けたあと、すぐにドアの前に張り付いて聞き耳を立てる。

 「待たせてしまったかな」

 「構わないよ、神裂君は?」

 「研究室だ、今頃は一人になっているだろうな」


 「(何だ? もう一人いるだと? それに俺のことを……)」

 自分の名前が出てきたことで若干身を強張らせながらも続きを聞くためさらに集中する。すると、とんでもない会話を聞くことになる。

 「しかし、四年前の事件は凄まじかったな」

 「ああ、まさか神裂にテロリストのアジトを壊滅させられるとは思わなかった。飛んだ損失だ」

 「武器の売却、臓器密輸、他には人身売買だったか。まったく、悪いやつだ」

 「(んだと!? この会社、そんな黒いことを……! ってか、テロリストのアジトを壊滅させたのは誰もしらねぇはずだぞ!)」

 「薬と一緒に、麻薬も送ったんだっけ? いや、危なかったな」

 「ふん、現地人がもみ消したから何とかなったがな。日本人の子供を連れて帰って英雄気取りだが、あれのおかげで会社が注目されてしばらく動けなかったのは痛手だった」

 あの時、神裂が一緒に町まで薬を届けた運転手はグルだったのだ。テロリストを使って誘拐などを起こし、身代金を得た後、社長の武器や麻薬を購入する資金にあてていた。それを神裂があっという間に壊してしまったのが気に入らないと社長は毒づいていた。

 「それで今夜決行ですか?」

 「ああ、ようやくだ。養子の三人は戦闘訓練を受けていたが、かなり鈍っているはずだからな、神裂を夜勤で誘き出して、その間に……」

 「足はつかんようにしているのでしょうな」

 「問題ない。後は神裂を始末してアリバイを曖昧にして、犯人に仕立て上げるだけだ」


 「(……野郎……! チッ、こうしちゃいられんか、家に帰……)」

 「誰だそこにいるのは!」

 神裂が動こうとした瞬間、逆サイドの通路から数人出てきた。裏口へ続くエレベーターから上がってきたようで、全員懐に手を入れた。

 そしてその手には……

 「銃だと!? なるほど、てめぇらが俺を始末する連中だってか!」

 「写真の男だ!」

 「チッ!?」

 神裂が来た道を戻ろうとしたところで社長室のドアが開く。

 「……!? 神裂か!? どうしてここへ!? ……だが、好都合だ。今頃、子供たちもあの世へ行っているだろう、お前もすぐに後を追わせてやる! ……ん? おい、聞いているのか!」

 ダダダ……

 「しゃ、社長!? ヤツはいません!」

 「何!? 追え! すぐにだ! さっきの会話を録音でもされていたらことだ、速やかに!」

 ハッ! と、物々しい武装した集団が神裂の後を追い始めた!



 神裂はすでにエレベーターに乗り、地上を目指していた。22……19……と、少しずつしか変わらない数字のランプがもどかしいと思いながら神裂は一人呟く。

 「馬鹿が、大人しく聞くやるがいるか。……簡単だがさっきの会話もスマホで録音もできた。警察にでも駆け込みてぇところだが……まずはアイツらか……ったく、めんどうくせえったらないぜ!」

 チーン

 「っしゃ、誰もいねぇ! 今の内に!」

 エレベーターの扉が開いたと同時に、神裂は自宅を目指す!
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