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最終部:タワー・オブ・バベル

その288 狂気

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 「シロップ! シロップ! 死なないで! ……え!? ど、どうしたのあの子……?」

 シロップにハイポーションをかけながらシロップに声をかけていると、アイリと呼ばれていた子が頭を抱えて叫びだした。

 見れば、ノゾムも腹部を刺されて片膝をつき、お父さんも片足を失っていた。そこにパパとママがお父さんとノゾムに近づいていく。

 「おい! しっかりしろ! 魔物は倒した、あとはあいつだけだ……って、あの子は一体どうしたってんだ」

 「……お、俺を回復してくれ、あれはあの状態はマズイ……!」

 「ちょっと、動かないで!? ≪リザレクション≫ どう?」

 「……ふらつくが何とかなりそうだ……」

 ノゾムが立ち上がると、アイリがガクガクと震えながらユウリを殴りつけていた。

 「ぐあ!? 何をするんだ! 敵はあっちだぞ!」

 「よくも……私の手でジョセフィーヌを……! ああああ!」

 「がは!? こいつ!」

 タンタン!

 二発の弾丸をアイリに発射し、お腹と足に当たった。しかし、アイリは止まらない。倒れ込みながらユウリに叩きつけるように拳を放つ。
 
 「ぷえ!?」

 勢いよく鼻血が出てたたらを踏み、バックステップで距離を取るが襟を掴んで手元に引き寄せてさらにボコボコにしていた。そこでノゾムを解放していたママが口を開いた。

 「ジョセフィーヌって誰……?」

 ママが疑問を口にするとノゾムがそれに答えた。

 「……俺達は子供のころ犬を飼っていたんだ。雄と雌の兄妹でちょうど大きさはあのくらいでな……ジョセフィーヌは雌で……紛争の時アイリを庇って死んだ……」

 「それじゃシロップは違うって分かりそうなものなのになんでよ」

 「……錯乱状態だったから俺が『遠くへ逃げた』と言い聞かせていたんだ。まだ小さかったしな……だが今ので色々な記憶と混ざってしまったらしい」

 だからシルバをあんなに可愛がっていたのね……雄がどうなったのか気になるけど、こっちもシロップが危ない。私はママを大声で呼ぶ。

 「ママ! シロップが危ないの! こっちへ!」

 すると、後ろで息をきらせながら私に話しかける人物が現れた!

 「はあ……はあ……だ、ま、間に合いませんでしたか……で、でも、まだ生きていれば……!」

 「フレーレ!?」

 何と拠点で療養していたはずのフレーレだった。レジナだけがシロップを追ってきたのかと思ったけど、どうやらフレーレも追いかけていたらしい。

 「≪リザレクション≫!」

 「きゅ……きゅん……」

 フレーレのリザレクションで、みるみる内に傷が塞がり、呼吸が整っていく。よ、良かったあ……。あ、そうだ!

 「アイリ! シロップは助かったわよ! これ! 見て!」


 「うえ……!? し、しつこいぞ!」

 「う、ううう!」

 ユウリがアイリの手から逃れ、アイリは片足を引きずりながらユウリに向かう。
 アイリはオーガか何かに憑りつかれたような顔をしていた。だが、シロップを抱っこして大声で呼ぶと、こちらに振り向き、目の色が戻ってきた。

 「ジョゼ!? 良かった……う……!」

 「はあ……はあ……! ば、馬鹿にして……! 犬っころで逆上するなんて馬鹿げている! 父さんはもう関係ない、死ね……!」

 「……させない!」

 銃を持った手にワイヤーを絡め、ノゾムが一気に近づいて腹に膝蹴りを差しこんだ! 防具が無い所だったのか、身体を曲げて苦悶の表情を浮かべる。

 「お前も……! 父さんの命令を忘れたのか!?」

 「覚えている。が、さっきも言ったが承服できかねる、ということだ。大人しく投降して父さんの所へ行こう」

 「嫌だ……! 嫌だ嫌だ嫌だ……! まだだ! 僕はまだ戦える!」

 懐から取り出したのは、アイリが私達に投げたスタン・グレネードとかいう道具だった。……けど、ちょっと形が違うような……。

 「……!? そんなものを使ったらお前も吹き飛ぶぞ!」

 「は、ははは! こうなれば諸共だ!」

 『伏せろ!』

 エクソリアさんの言葉で、その場にいた全員が慌てて伏せる。直後、ユウリは手から道具を離す。それをノゾムが蹴りで私達とは別の方向へ飛ばしていた。


 「……くっ……!」

 「こいつ……!?」

 「ノゾム兄さん!?」

 バァァァァン!

 ユウリが声を出した瞬間、轟音が響き渡った!



 ◆ ◇ ◆



 「……何とも形容しがたいお子達ですな」

 『ぎゃっはっは! まあ義理とはいえ俺の子供だからな。ユウリはいい具合に成長したが残り二人はダメだ。優しすぎる』

 「どういう子達、なのですかのう」

 『何だ、興味あんのか?』

 「主の子であれば、今後もお付き合いがあるやもしれませんので……ああ、いや、ここで死亡しましたかのう?」

 爺さんは嫌らしい笑いを浮かべて神裂を見ると、ニヤリと笑って神裂は口を開く。

 『……俺の居た世界は基本的には平和でな? 俺は研究者という仕事をしていたよ。そんな時だ、外国で病気が蔓延していると報告があったのは』

 「研究者……ではその外国へ出向いて? 医者のような仕事……?」

 『……まあそんなところだ。で、テロリストや戦争信者共が蔓延している地域へ研究者が派遣されることになった。だが、当然そんなところに行きたい人間などいない』

 「そこで主様、というところですかな?」

 『ぎゃはははは! だな! 別に俺ぁ死のうが病人が死のうが関係なかったからな! ……と、俺の性格だとそういう結論になるんだが、思いのほか地獄だったなあ』




 ――食糧難で細い子供、病気で亡くなった人が埋葬されず虫が湧き、銃弾が飛び交う町。そんな中を神裂は移動していた。


 「はは……こりゃすげえ、テレビで見るより酷ぇな」

 「ええ、この凄惨さは現地でないと伝わらないかと。それはともかく来ていただいて感謝しますカンザキ。最近子供を使ったテロが横行しております。子供を見ても、安全とは思わないでください」

 流暢な日本語で神裂へと状況を話す現地人。今回の目的は治療薬を届けるだけだが、そろそろ内紛が起こっている地域へと差しかかるため注意をしていた。

 「ほーん……どいつもこいつも殺すのが好きなのかねえ……それに比べりゃ施設連中の嫉妬なんざかわいいものか」

 言動はアレだが、実力は折り紙つきで、今回の治療薬もほとんど神裂の手柄でできたようなものだった。だが、その有能さは他の先輩研究員などに嫉妬を買い、嫌がらせを受けていたりしていたのだ。この現場作業も、『自分で作った薬なのだから自分で届けろ』と、押しつけられたようなものだった。

 「(ま、頭でも力でも勝てないんじゃ、他人に殺してもらうしかできねぇわな)」

 つまらなさそうにあくびをする神裂を、運転していた現地人がチラリとみて神裂へと喋りかける。

 「そ、そろそろ、目的地に到着します……どうしてそう余裕でいられるんですか……わ、私などいつ襲われるか不安で……」

 「人間死ぬ時は死ぬってのが頭でわかってるからなあ。まあ両親もいねぇし? 俺が死んでも困るやつはいねぇ。あ、むしろ喜ぶやつの方がおおいんじゃねえか? ぎゃはははは!」

 「……」

 おかしな人がきたものだ、と現地人は思っていたが、この惨状を考えれば頭のネジが何本か無い方がいいのかもとも妙な納得をしていた。そして、神裂は出会うことになる。

 ドン!

 「どわあ?!? しっかり運転しやがれ!」

 「そんなこと言っている場合ですか! て、テロリストです! わ!?」

 タタタタタ!

 車両に弾丸が当たる音が響き、現地人が身を強張らせる。神裂はそれをみて激高していた。

 「馬鹿野郎! さっさと車を出せ! 防弾でもタイヤをやられたらアウトだ! ……くそ、囲まれたかぁ?」

 窓を見ると小銃を構えた人影が車両の前と横に迫っていた。そして窓を銃の背で叩き、神裂たちに降りるよう合図をする。

 「ヘイヘイ……っと。着いた早々これかよったく……」

 「あ、ああ……この車は薬しか載っていない! 本当だ! み、見逃してくれ!」

 「……」

 顔を布で覆っているので表情も性別も分からない。その中の一人がくいっと顎で後部を差し、開けさせると、酷く落胆している様子を見せた。

 「……まいった、本当に薬だけか……」

 「お。お前は日本人、か?」

 神裂が声をかけると、男……いや、少年が顔の布を取って目を見開いていた。

 「……あんたこそ、日本人か?」

 「みりゃわかんだろうがよ。なんでまたお前みたいなガキが銃持って襲ってんだ?」

 「……俺達は……いわゆるテロリストだ……飛行機事故があって……テロリストに捕まった」

 「(四年前のアレか? 生存者はいないって話だったが……?)おい、お前に帰りたくはないのか?」

 すると、他の布を被った男が神裂と話す男に英語で話しかけていた。

 「何を話している? 同郷か?」

 銃を神裂に突きつけながら男に聞くが、神裂と話していた男は銃口を下げさせながら言う。

 「……いや、気にするな。引き上げよう……」

 「……何か握られてるのか? あ?」

 男はもう一度、日本語で話す。

 「……俺は望(ノゾム)。こいつらのアジトにはまだ日本人がいる。日本人同士だと逃げられるからと、一緒に行動させてもらえない。いわゆる人質だな」

 神裂はそれを聞いて、とても、本当に楽しそうに笑いながら……望(ノゾム)と名乗った男以外の人間を一瞬で叩きのめした。

 「……な……!?」

 「おーし、運転手、縛って後ろに乗せろ。望とか言ったな、ちょっと詳しく聞かせろや、な?」

 「……あんた……一体……」

 「ただの暇人サラリーマンだ」

 スーツ姿の神裂は楽しそうに、そう答えた。
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