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最終部:タワー・オブ・バベル
その268 親子
しおりを挟む「わん……! わぉわぉぉぉぉん!!」
「シ、シルバ……!?」
ルーナがシロップを抱えたまま蹲って二匹の様子を目で追うと、母親のレジナよりも速く、シルバは自分よりも大きな敵、ヴィントへと襲いかかる。
普段のコロコロした姿からは想像もつかないほど、牙を剥きだしにし、爪を突きたてるように腕を振り降ろす。もちろんヴィントの速さには敵わないが、匂いと勘で目を離さず唸りを上げていた。
「う、ううううう……!」
「……ガ、ガウ……!」
近くにいたレジナが狼狽えるほどに、シルバの気迫が増していく。
そう、シルバは怒っていた。妹を攫い、よりによって大好きなルーナに対して嗾けたことを。正気に戻った時、シロップは相当落ち込むだろう。家族をそんな目に合わせた相手を許すものか、と。
そしてもう一つ。後ろに下げたラズベのことも気にかかっていた。確かにこの巨大な狼の子供であるが、自分達を攻撃するのを良しとしないのはラズベの目が訴えていた。
――だが、どちらにせよこの狼を倒さねば先に進むことはできない。シルバは攻撃の手を緩めるつもりはなかった。
◆ ◇ ◆
「チッ、当たらん……!」
「レジナとシルバが来てくれたおかげで私は少し追えるようになりました! レイド殿はいざという時の為に力を溜めておいてください!」
「ガウ! ガウウ!」
「わぉおお!!」
シルバとレジナがヴィントの移動を妨げるように動き、流石はというべきかニンジャであるカイムさんが少しずつ間合いを詰めることができるようになってきていた。
【臭いと私の前足の動きを読んで先回りか、ただの狼の割には賢いようだな】
「わんわん!」
【まだ追ってくるか……!】
足に絡むように突進するシルバに驚き、バランスを崩す。そこへレイドさんの一撃が振り降ろされた。
「動きが鈍くなってきたな!」
【まだまだよ!】
ぷん! と、一瞬で姿を消し、剣が空を斬る。
ガキン!
「鎧をかみ砕いた!?」
「ガウウウ!」
ギリギリ……!
【む、母狼か!】
後ろに回り込んだヴィントがレイドさんの肩へと噛みつき、鎧の肩の部分をベキン! という鈍い音と共に砕いた。その一瞬をついて、レジナが矢のように飛び出して前足へ食らいつく。
「わん!」
さらにシルバが鼻の頭を目がけて噛もうと歯を鳴らす!
【動けんわけではないぞ!】
「ぎゃん!?」
噛みつかれていない前足を振りおろして、シルバを地面へと叩き落とした。しかし、花畑がクッションになってくれたおかげで転がったあとすぐに立ち上がり再び襲いかかっていく。
「シルバ! 無理しないで! シロップ、動かないで!」
「きゅ、きゅきゅん! きゅーん!」
花畑がクッションにはなったけど、よく見れば振り下ろされた爪が掠っていたようで、左耳の後ろあたりから血が流れていた。
シロップは私に噛みついたまま離さず、ヒールを定期的にかけてもらっているけど、牙は肉にまで達しているので私は脂汗を流しながらシロップを宥めていた。
するとシルバの様子を見て、ママが呟いた。
「野生なんて忘れているのかと思ったけど、やっぱりシルバも男の子ね」
「でも無理して死んだりしたら……ああ!? レジナ!」
前足に噛みついていたレジナを引きはがし投げ捨てるヴィント。それをシルバが空中でキャッチし、きれに着地を決めていた。
「男の子にはそういう時もあるのよ。ほら、また行った」
ママが言うとおり、何度叩きつけられてもシルバはヴィントへ向かっていた。レイドさん、カイムさんとの連携もあり、速さにも慣れてきたのか攻撃がまったく当たらないということはなくなってきていた。
「……ディクライン達も旗色が悪そうね……こっちが早く片付けばいいんだけど……」
「シロップが目を覚ましてくれれば……!」
動くことができない私達はシルバやレイドさんに祈るしかなかった。
「見切った! 真空裂破!」
「ガウウウウ!」
【うぬ!? 小賢しいわ……!】
「うわ!?」
「うお!」
レイドさんの技を避けずに、むしろそれに突っ込んで威力を無理やり相殺しながら体当たりと爪でレイドさんとカイムさんを吹き飛ばす。
「タダではやられませんよ!」
【チィ!?】
跳ね飛ばされながらもカイムさんが左目の上あたりを刀でばっさり裂くと、血が噴きだした。ヴィントの顔半分が見る見るうちに赤く染まっていき片目を封じた。
【許さん……! 許さんぞお前達!】
「うわあああ!? レイド殿、後は頼みます!」
「カイム!?」
斬られたことに怒ったヴィントがカイムさんを空中に放り投げ、するどい速さでズタズタに引き裂くとカイムさんが地面に落ちた。
「う……」
【まだ生きているとはしぶとい、今楽にしてやる】
「わん!」
カイムさんの頭を砕こうと口を開いたところで、シルバのタックルを受けて距離を取った。
「はっ……はっ……」
シルバも奮闘しているけどやはりまだ大人に成りきれていない分、体力が少ない。息を荒くして舌を出しつつ、ヴィントを睨みつけていた。
【またお前か……! しかし、その強さ、私達には及ばないが十分ではある……。どうだ、私の娘とつがいにならぬか? 私の仲間になれ。そうすれば母親と妹は助けてやる。どうだ?】
同じ狼なら一緒に生きていける、そう言いながらレジナとシルバを勧誘しはじめる。ここで仲間になれば命は助かる……だけど……。
「わん! がおおおおん!」
【ラズベは私を倒してもらっていく、だと? それに家族はご主人様と母と妹達というか! ならば惜しいがここで死んでもらうしかないな!】
「わん! ……きゃん!?」
再び姿を消したヴィントを迎え撃つため動いたシルバの足がよろけこけてしまった!? マズイ、あれじゃそこから来られてもやられちゃう!
【どんなに気迫があろうと、体は正直だな。さらばだ、勇敢な子よ】
「……!?」
シルバの真後ろに現れ、口をカパッと開けたヴィントが覆いかぶさるように襲いかかる! シロップを一度引きはがして震える手で弓を構えた時、それは起った。
グジュ! ゴキ! バキン!
肉がひしゃげ、骨が折れる音が響き渡る。
だが、それはシルバではなく……。
「ガ、ガウ……!」
「わん!? わんわん!」
【チィィィィ! 邪魔をするか!】
息子を守るため、ヴィントの凶撃を受けたのはレジナだった。お腹のあたりからぱっくりと咥えられ、ゲホっと血を吐いた。
「いけない!」
ママがレジナを救うため慌てて駆け出していく。
そして、シルバはレジナの血を浴びながら、真下で呆然とそれを見ていた。
「ガ、ガルルルルル……!?」
「シルバ!?」
◆ ◇ ◆
――目の前でお母さんがやられた。
ご主人が連れて行かれた時、強くなると決めたのに、まだ強くなってなんかいなかった。
だからシロップがあんな目にあった。
キノコを食べて苦しんだのに。
――体が熱い。
お母さんの血だ。
心配するなって言ってる。
助けたい。
お母さんもご主人もシロップも。
でも、僕には力が無い。
悔しいな。
[力なら、ある]
え?
[幻狼王。お前の母の前世にして、唯一の存在。その遺伝子はお前にも刻まれている]
幻狼王、お母さんの昔。
[さあ、立て。立ってお前のしたいことを為せ。そのための力を……]
体が……熱い……!
――キノコの魔力とレジナの血を浴びたシルバが変貌を遂げる。
先祖がえり……隔世遺伝……そんな陳腐な言葉では表せない存在がここに――
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