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第六部:救済か破滅か

その169 犠牲

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 <ぴー。とまあそういう事があったのよ……>

 「何がですか!? ジャンナさんは何を決意したんですか!? 〆ないでくださいよ!」

 しみじみと目を閉じて、うんうんと頷くジャンナ。すでに一行は洞窟を出て帰路についていた。奥には魔物やお宝はあったが目当ての洞窟ではなかった。チェーリカは一番後ろでジャンナ・ファウダーの話を聞きながら歩いているところである。

 <ぴー。まだ聞きたい? だいたい想像がつくと思うけど……>

 <まあオイラ達が言いたいのは、思っている事は口にしないと伝わらないって事だけどね>

 「……それは、何となく分かりましたですよ。で、でも、聞いてるとその姿になる前は人間だったんですよね? なんでそうなったのか気になるに決まってるですよ」

 <ぴー。仕方ないわねぇ……>

 <はは、ジャンナは怠惰だからね>

 <はいはい、それでいいわよ。ぴー、それからわたしは……>




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 <ファウダー出発前夜:ジャンナの部屋>


 「いよっこいしょぉ!!!」

 真夜中、ジャンナがとてつもない大きさのリュックを背負い気合を入れた。部屋の明かりを消し、布団には服を詰めて寝ているかのように見せかけると、そっと屋敷を後にした。

 「まだ、間に合うわよね……」

 この町には宿は一軒しかないので、場所は把握している。重い荷物を背負ってひたすらに走り抜けた。やがて宿に到着すると、受付でファウダーの部屋を確認して部屋へを向かった。

 コンコン……

 「ふえ!? だ、誰? こんな時間に……」

 「わたしよ、ジャンナ」

 「ジャンナ!? 一体どうしたのさ。どうぞ」

 「ありがと……久しぶりね」

 「うん。元気だった?」

 「全然! 外に出してもらえなくてさ。店にも行けないから最悪!」

 相変わらずだなと苦笑しつつ、ここに来た目的を聞かねばと、ファウダーは口を開く。

 「……それなんだけど、今度依頼で戦争に行くでしょ? そのことなんだけど……」

 ファウダーは驚く、屋敷に居るはずのジャンナが何故それを知っているのか? だが、一連の流れを考えればおのずと答えは出てくる。

 「……親父さん、かい?」

 「知っていたの?」

 「勘。でも、ここにジャンナが来た事で確信した、ってとこだね」

 ぽりぽりと頬をかきながら笑うファウダーに、ジャンナが手を取って叫ぶ。

 「何のんきに笑ってるのよ! 逃げるのよ、ここから! 別の国に行って暮らしましょう!」

 すると首を振ってファウダーが言う。

 「……オイラを戦争に行くように仕向けたとなると、オイラ達は見張られていると思う。国境を張られたら逃げ切れないよ」

 「やってみなくちゃ分からないじゃない! あなたはいつもそう! 何でも受け入れるだけで怒りもしない! わたしがわがままを言っても困って笑うだけ! 戦争に行ったら帰ってこれないかもしれない。二度と会えないのかもしれないのよ?」

 「ジャンナ……オイラは……」

 「え?」

 バタバタバタ!

 ファウダーが何か呟やこうとしたとろで、複数の足跡が宿に侵入してくる音がした。そしてカギが壊され人がなだれ込んでくる。

 「無事かジャンナ?」

 「お、お父、さん? どうしてここが……」

 「お前が逃げ出したら報告するように町のいたるところに情報源を敷いているのだ。宿屋の受付から報告があったので来た。それだけだ」

 町を警護する警護団を連れて来たのはジャンナの父親だった。警護団はファウダーにジャンナを引き渡すように要求してくる。

 「ファウダー、Aランク冒険者だったか? 誘拐未遂で拘束させてもらう。お嬢さんをこちらに渡せ」

 「うーん、誘拐……そういう『筋書き』なんですかね? オイラは抵抗しませんよ、戦争にも行きますけど?」

 「……そういう『筋書き』だ。お前は強い。戦争に行って生き残る可能性もあろう、ジャンナに希望を持たせるわけには、いかんのだ」

 その言葉を聞いて大きく目を見開くジャンナ。父親がこれほどファウダーを拒絶し、自分を政略結婚の道具にしたがっていたとは、と。

 「……そう、ですか」

 「すまんな……もっと早く……領主との縁談がまとまる前にお前達が恋仲だとわかっていれば……」

 「え?」

 「ジャンナ!」

 ジャンナが疑問を口にしようとした時、ファウダーがジャンナを突き飛ばす! 直後、ファウダーの体に複数の矢が突き刺さった!

 「ぐ!?」

 「いやあ! ファウダー!「来るな!」」

 「!? わ、私は指示していないぞ!? だ、誰だ!?」

 父親が狼狽して後ろを振り向くと、ゆらりと体を動かしながら領主が出てきた。横には領主付きの傭兵だろうか? 武装した人間が立っていた。

 「いやあ、いい状況だね。誘拐犯を鎮圧なんて正義は我にありだよまったく! しかも戦争に向かわせるお金も省けた。僥倖だね」

 「お、お前が……う、ごふ……」

 「そう。ジャンナの未来の旦那ってやつさ。残念だったな、まあ逃げてもどこかで捕らえる自信はあったがね?」

 領主はおおげさに手を広げ、笑いながら膝をつくファウダーに迫り顔に蹴りを見舞う。

 「はっ! たかが冒険者が人の嫁に手を出さないで欲しいもんだ……こいつ!」

 ドカ! ガコ!

 「ぐ? がは……!?」

 「もう止めてください! ファウダーが死んじゃう! 逃げた事は謝ります……早くファウダーに治療を!」

 「ふざけるな! お前が早く決めればこんなことにはならなかったんだ! 不道徳な嫁にはこうだ!」

 「あう!? くっ……!」

 キレイなジャンナの顔を殴りつける領主。しかし、ジャンナは怒りで領主をにらみつけた。それが気に入らず、何度もジャンナを殴りつけた。それを父親が止める。

 「お止めください!? ジャンナも死んでしまいます!」

 「はあ……はあ……どいつもこいつも……! 連れて行け」

 領主の言葉が部屋に響くが、あまりの惨状に警備の人間は困惑する。誘拐じゃなかったのか、とぼそぼそ言い合っている。

 「早くし……がっ!?」

 激昂した領主が警備に叫ぼうとしたところで頬が思い切り殴りつけられた。派手に転がる領主の前には口から血を流すファウダーが仁王立ちしていた。

 「ファ……ウダー……?」
 
 殴られて顔を腫らしたジャンナがうっすらと目を開けてファウダーを見ると今までに見たことが無いほどの怒りを顕にしていた。

 「はあ……はあ……オイラが戦争に行こうが、死のうがそれはいい……だけど、ジャンナを殴ったことは許せない……まして結婚する相手なんだろうが!」

 「ひ……」

 ぐいっと領主の胸倉を掴み、何度も殴りつける。見る見るうちに腫れ、血を流す領主が死に物狂いで叫んだ。

 「な、にゃにをしている!? こいつを止めろ! 殺しても構わん! ぐあ!?」

 「し、しかし……」

 雇われている私兵だが、状況を見る限り領主の自業自得だと感じていた。だが……

 「た、助けなければ貴様等全員処刑してやるからな! あが!? た、頼む早く……」

 「くっ……」

 ドスッ……

 「う……」

 剣で左胸を刺され、ビチャビチャと血が零れ落ちる。領主を取り落としたファウダーはよろよろと尚も領主に襲い掛かる。

 「ひぃ!? こ、殺せ! 早くこいつを殺……」

 ゴトリ

 目に見えぬ速さで腰の剣を抜き、ファウダーを指さしていた領主の左腕が床に落ちた。

 「あ、ひゃ……? ああああああ」

 「お、お前はジャンナを不幸にする……い、いっそここで殺して、やる……!」

 「心臓を貫いたはずだぞ!? 不死身かこいつ!?」

 恐れおののいた私兵がファウダーを止めるため全員でその体を貫き、太ももを刺して動きを止めさせた。

 「ジャ、ンナ……ご、ごめん……」

 「……」
 
 殴られた衝撃で気絶したジャンナにその声は届かず、ファウダーは絶命。その後、誘拐犯としてファウダーは処分されたと発表されることになる。

 領主は腕を斬られたまま接続する事が叶わず、片腕での生活を余儀なくされた。医師がいうには出血量を考えると生きていたのは不思議なくらいだったそうだ。

 一部始終を見ていた当時の警備団の人間は別の町へ強制的に派遣され、当時の事を知るものはジャンナ親子に領主、そして私兵のみであった。

 そしてジャンナは……



 「……」

 「……領主様の傷も癒えた。式の準備をしないとな。お前は母さんに似て美人だし、キレイだろうな。ははは!」

 「……ごちそうさま……」

 ジャンナはあの日以来殆ど喋る事が無くなった。父親は軽蔑すべき存在として、食事以外で顔を合わせることを拒否していた。何もしない怠惰な日々が続いていた。

 「……」

 どす黒く濁ったその目で、何を見据えているか。それは誰にも分からなかった。やがて結婚式の日となった。


 「ふう……折角の結婚式だというのに雨か。いよいよお前も領主様の下に……」

 父親がふっと寂しく笑うと、久しぶりにジャンナが口を開く。

 「お父さんは、何故そこまでして領主とわたしを結婚させたかったの……?」

 「……わ、私だってお前の幸せのために尽力したかった。領主様との縁談が決まった後、あの男とお前が恋仲だと知ったのだ。すでに断れる状況じゃなかった……そ、それにあの男と結婚しても冒険者など稼ぎが曖昧な人間だ。幸せにできると思えなかった……」

 「……そう、結局お父さんはお金が欲しかったのね。お金があるから幸せとは限らない……そう言ったのはお父さん、それともお母さんだったかしら……?」

 「……」

 目を閉じて席を立つ父親

 「少し外に出てくる。キレイだよジャンナ……」

 バタン、と扉が閉じられ一人ジャンナは部屋に残る。持ってきた荷物の中にあった小箱を取り出すジャンナ。そして中から取り出したものは一振りのダガーと、指輪があった。

 「もっと早くお互いの気持ちを伝えておけば、良かったのかしら……? ううん……今更ね。わたし達、どこで間違えたのかしら……死んだら、ファウダー。あなたに会えるかしらね? 今度会えたら、ごめんって言うね……」





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 しばらく外の空気を吸い、式場の様子を見ていた父親が領主と出会い、花嫁を一目見たいと言うのでジャンナの部屋へ戻ってくる。

 「ん? カギがかかっている? ジャンナ! 開けてくれ、領主様がお会いに来られたぞ!」

 「ふふん、照れておるのか? よい、カギを壊してから入ろうではないか」

 「は、はあ……」

 何を言い出すのかこの男は、と思いながら、ジャンナを預けて大丈夫だろうかと不安にかられる。そんな気持ちをよそに領主はカギをお付きの男に壊させる。

 「はっはっは、ジャンナ、いよいよ、だ、な……」

 「う、うわああああああああ!?」

 「ジャ、ジャンナ……」

 扉を開けて中に入ると、ウェディングドレスを纏ったジャンナがベッドに横たわっていた。ただし、胸にはダガーが刺さっており、心臓を起点として純白のドレスが真っ赤に染まっていた……。

 その後領主はその光景をみて発狂し、領主を追われ、別の者が領主となった。ジャンナの父親は沈んだ気持ちを持ったままその人生を終える事になる。だが、没年付近は商売の精彩を欠き、ギリギリの生活をしていたようだった。
 そのまま跡継ぎも居らず、家はそのまま没落したのだった。
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