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第六部:救済か破滅か

その150 誘拐

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 食事も終わり、宿へと戻ったレイド達。宿を出るときには言われなかったが、部屋に行こうとした所で呼び止められた。

 「ちょっとアンタ達、三人でチェックインしたのに何で四人居るのさ? 泊まりならちゃんともう一人分の料金いただくからね!」

 「あ、確かに!? す、すいません……」

 レイドが慌ててお金を払い、部屋を変えてもらうよう頼もうとするとチェイシャが制止していた。

 <お主の部屋にもう一つベッドがあったじゃろ? 同じ部屋でよい>

 「へっ、今夜はお楽しみかい? キレイどころを三人とは羨ましいねぇ。ま、こっちゃ金を貰えばいいだけだから好きにするといいさ」

 引き止めてきた宿のおかみさんはヒヒヒと笑いながら奥へと引っ込んでいく。他の宿泊客からも注目を集めており、そそくさとレイドは逃げ出していた。

 「ほれじゃあまらあひたねぇ~」

 「こら、しがみつくな!? すまないが先に休ませてもら……ひゃあん! どこを触っているのだお前は!」

 バタバタとしながらカルエラートがアイディールを抱えて部屋へと消えていく。それを見届けたチェイシャはレイドの部屋へと入っていった。


 「二人は?」

 <アイディールが限界じゃな。明日出発できるか怪しいもんじゃわい>

 呆れながらも楽しそうに笑うチェイシャを見て本当に美人だなと思っていた。

 「……本当に美人だな……」

 <え!? なななな何を言うておるのじゃ!? ま、まあ勿論じゃあ! わらわ王女じゃもの! お、お主なぞイチコロじゃあ! ふん!>

 そそそ、と、寝転がっているレイドのベッドに飛び乗って鼻を鳴らす。しかしどうにもむくれている顔が面白くて噴出してしまったレイドである。

 「ま、チェイシャはチェイシャだよな。砂漠の夜に襟巻きにできないのは残念だけど……」

 <雪山のあれは屈辱じゃったな……それよりルーナとはどうなんじゃ?>

 「ん? 周りは騒いでいるけど、俺自身は実感が無いからどうもな。いや、可愛いとは思うんだけど、この通りもうおっさんだしな……」

 <年齢はあまり関係ないと思うがのう……年齢で言うならいっそわらわにするか?>

 何の気無しに言ったチェイシャに驚いてレイドが起き上がり、隣のベッドへチェイシャを投げ捨てる。

 <あいた!? 何をするのじゃ!?>

 「お前がアホな事を言うからだ!? ほら、明日も早いんだ、もう寝るぞ……」

 <チキンめ……>

 「聞こえてるからな!?」

 ふん、という声の後、もぞもぞと布団に入る音が聞こえ、やれやれとレイドも明かりを消して布団へ潜り込んだ。

 シン……とした部屋で、昼間の疲れがレイド達を夢へ誘う。町の中でも砂漠の夜なので、かなり冷え込んでいた。




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 <ん……トイレ……>

 フラフラとベッドから立ち上がるチェイシャ。この宿、トイレは共同で部屋に備え付けでは無かった。

 <うう……寒いのう……狐の時はあの雪山でも何とかなったのじゃが、一長一短じゃのう……>

 用を足し、部屋へ戻ろうと廊下へでた所で嫌な気配が膨らむのを感じた。チェイシャは立ち止まり暗闇に向かって声をかける。

 <何者じゃ? 姿を見せい>

 「……」

 チェイシャの前に現われたのは、昼間後をつけてきた若い男だった。他に三人ほど気配があるな、と、思いながら話を続ける。

 <わらわは眠いんじゃ、明日もダンジョンへ行くからの。さ、通してくれ>

 「そうは行かない。俺たちに黙ってついてきてもらおうか」

 <何故じゃ?>

 すると若い男の後ろにいた男が言葉を発する。少し歳を取っている感じがする声だ。

 「あんた……100年前に殺された亡き王女、だろ? 昼間仲間と話しているところを聞かせてもらった……ご存知の通りこの国はよそ者に乗っ取られてる。あんたが復活したと、民衆に訴えれば人が集まって国を取り返せるかもしれん。なので王女さまにちょいと先導してもらって国を取り返したい、そう思っている」

 <……>

 「取り返した暁には俺が王になるつもりだ。そこでお前は俺と結婚してそのまま王女になってもらう」

 うまくいくかどうか以前に、そんなことをすれば戦争だ。また、チェイシャには気になっていることがあった。

 <国を取り返したいという気持ちは尊い。その心についてわらわはどうこう言うつもりは無い。じゃが、わらわという偶像使わずに事を為せば良いではないか? 大義名分が無ければ自分の国を取り返すことはできんのかのう?>

 言われてみれば確かに、という思いが沸き起こるが、目の前の女がいればそれは確実なものとなる。みすみすチャンスを逃す必要は無いと無言で近づいてくる。

 <いいじゃろう、この強欲の魔神を前にいい度胸じゃ! わらわの魔法弾を食らうがよいわ!>

 「な、何!? 魔神?」

 「魔法弾だと! くっ、王女も手だれであったか……!」

 男達がチェイシャの迫力に気圧され、少し後ずさる。それを見て満足したチェイシャが魔法弾を放とうとしたが、首をかしげて考えていた。

 <あれ? わらわ尻尾が無いけど、どうやって撃つのじゃろ?>

 試しに手を前に突き出してうんうんと唸るが、どうも出る気配が無い。指をわきわきさせたりもしたが、魔法弾の魔の字も出なかった。

 (かわいい)

 (かわいい……)

 若い男達がそんな事を考えながら、いつ攻撃が来るか待ち構えていたが、チェイシャは冷や汗をかいて呟く。

 <ま、まさか本当に人間に戻って……>

 「どうやらハッタリみたいだな、おい連れて行くぞ」

 男達がチェイシャに向かい前進を始め、チェイシャが焦りながら大声を出す。

 <レ、レイドー! アイディール! カルエラート! わらわピンチじゃ! ちょっと助けにきてくれんかーー!!>


 見た目が華奢だが、声は大きく、宿屋内に響いた。これならすぐ近くのレイドにも声が届くに違いない、今のうちにトイレへ逃げ込めばと叫びながら後ずさりするチェイシャ。だが。

 <レイドー!! アイディール! カルエ……ふぐ!?>

 目論見は良かったが意外に素早かった一人の男がチェイシャの口を塞ぎ、すぐに布を口に押し込まれて肩へ担がれた。

 「へへ、本当に美人だな……」

 <んー!? んー!?>

 ここで誘拐されたらルーナの二の舞になる! そう思いもがくチェイシャ!

 「大人しくしろ!」

 ギラリと抱えている者とは別の男が目の前に剣を出し脅してくる。一瞬ビクっとするが、すでに一度死んだ身。今更死ぬ事に恐怖は無い。捕まって仲間に迷惑をかけるほうが屈辱だと、もっともがき始めた。

 <んふー!! んふー!>

 「怯みもしない!? もういい、俺が足を抑えるからこのまま運ぶぞ」

 「まったく元気すぎるな……戻ったら少し楽しませてもらおうぜ」

 男がチェイシャの胸をふにふにと揉み、全身に悪寒が走る。さらにまだ誰も起きてくる気配が無い……このまま攫われて慰みものになる……訳にはいかないとまだまだあがくチェイシャ。

 <むっふー! むふー!>

 「何て気迫だ!? こりゃ国を取り返すのにふさわしい女だぜ」

 若い男がそう言ってレイドとチェイシャの部屋の前を通り過ぎようとした時、それは起きた!

 「シッ!」

 「ん? なん……ぐあ!」

 チェイシャを抱えていない男が急に転んだのだ。足元に躓くようなものは無い。

 「騒ぐなよ、行くぞ……痛っ!?」

 「何だ!? うわ!」

 ドサっとチェイシャを取り落とした男達。そこに小さな影が現われ、チェイシャをトイレ側の通路へ引っ張り、避難する。そしてチェイシャを庇うように前に立つのは……。

 <お、お主は!>

 「大丈夫、あの人も起きてる」

 昼間、100年前の事を知るじいさんの所へ案内してくれた女の子、ミトだった!

 <あの人?>

 チェイシャが呟くと、ミトが前を見たまま頷く。

 よく見れば、丁度レイドが寝ている部屋の扉を境に、誘拐犯とチェイシャ達に分かれる形になっていた。男達が態勢を整えようとバタバタしていると、その扉がギギギ……と開き、レイドが顔を出す。そしてグルリと若者たちに顔を向けた。その登場の仕方に若者達が怯む。

 「……昼間のやつらか、通り過ぎたところを攻撃するつもりだったが。助かったよ」

 「問題ない。これなら全力を出せると思って」

 人質が居なければ戦えるでしょ? と目で言うミト。レイドがフッと笑い若者たちに目を向ける。

 「これはギルドに通達しておくからな? 顔は覚えた、この町の人間であるミトが証人になってくれるだろう」

 「くそ、こいつ!」

 先程、剣を取り出した男がレイドへ斬りかかる。しかし、ヒョイっとあっさりかわして腹にグーパン。一撃で悶絶し、転がる。

 「……こうなったら……」

 若い男が何か作戦を立てたようで悶絶している男を手元に引き寄せ、立たせる。

 「一斉にかかってくるか? 俺はそれでも構わないぞ?」

 レイドが挑発するように言うと、若い男が叫んだ。

 「逃げるぞ! ここで捕まるわけにはいかない! ほとぼりが冷めるまで逃げ続けてやるからな、覚悟しろ!」

 「あ、おい!? 待てよ!」

 レイドとチェイシャを指差し、謎の捨て台詞を残して一目散に逃げた。慌ててそれを追う仲間たち。後には、ポカーンとなったレイド、チェイシャ、ミトが残されていた。

 「……な、何だったんだ……?」

 レイドはそう呟くのが精一杯だった。


 


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 「はあ……はあ……こ、ここまでは追ってこないだろ……」

 「いきなり逃げるなんて聞いてないぞ!? 逃げ切れたから良かったが……」

 宿から町の外まで逃げた若い男達。文句を言いながらも、とりあえず助かった事に安堵していた。

 「ナハル、これからどうするんだ? 顔を見られたのは流石に……」

 「まだチャンスはある。あいつらはダンジョンに行くと言っていた……先回りだ」

 若い男……ナハルは次のプランを皆に話す。

 「今度は人数を少し増やしておこう、奴等はおそらくラクダを使って移動はしないだろ。ギルドに話が行く前に出るぞ」

 懲りずにまだチェイシャを狙う冒険者達。しかし、この決断が後に……。

 
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