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第六部:救済か破滅か

その146 城下

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 「姫、これ以上は……」

 「分かっておる。じゃが水は有限……ここで開放しても雨が降らなければ枯渇して民は死に絶える。それだけは避けねばならん……」

 「ひ、姫様!? そ、外に民衆が!」
 
 「なんじゃと?」


 


 「水を独り占めしている強欲な王族を許すな!」

 「我々を殺す気か!

 「お願いします……この子だけでも、水を……!」

 「よぉーし、俺様達が王族から水を解放してきてやる。水はそれで手に入る……そしてここで王族を倒せば俺達は英雄だ!」

 城の前に水を求めて集まった民衆が騒ぎ立てる。このところ雨が降らず、井戸も残りわずかとなり貯蓄は城の地下に溜めている分しか無かった。

 もちろん独り占めをしているハズもなく、雨が降るまでの繋ぎとして水の制限を行っているのだ。これを解放してしまえばすぐに枯渇するのは目に見えていたからだ。

 「……貴様が先導してきたのか」

 「姫様、いけません!?」

 姫と呼ばれた褐色の肌に青白い髪をした女性は、格子状の閉じられた門の前まで出向き、状況を確認する。その向こうにはいつぞやに謁見に来た冒険者が下卑た笑いをあげる。

 「へっへ……どうだ? 俺がちょっと合図すりゃお前はこいつらに蹂躙される。しかし俺も鬼じゃねぇ、前に言った話を考え直してくれれば……」

 「断る。わらわはこの国の王女じゃ、理解が得られなくても民の為には苦しい決断もせねばならん。この選択が後に良かったと、必ず思うてくれるはずじゃ。貴様のようなごろつきに王が務まるはずもない。それにわらわはお前の性根が好かん」

 「はっ、言ってくれる! だがもう限界なんだよ! いつ雨が降る? 水は後どれくらいある? 不安なんだよご町内のみなさんはよ! 行き過ぎた節制は強欲ととられるんだ、覚えておきな! ……みんな、交渉は決裂だ! かかれ!」

 

 おおおおおおお!!


 「ひ、姫お逃げくだ……ぎゃああ!?」

 何とか食い止めていた門番達も数の多さには勝てない。あっという間に殺され、門がガシャガシャと揺さぶらる。

 「これでは殺されてしまいます! さ、こちらへ!」

 「ならぬ。ここで逃げれば、あやつらの思う壺じゃ。しかしおぬしを巻き込むわけにもいかぬ。シャールよ、今まで世話になったな」

 ブオン……

 「こ、これは転移陣の魔法道具!? 姫様! 姫さまぁぁぁぁ!」

 「達者でな……」

 シャールと呼ばれた男が目の前から消えたと同時に門が破壊され、民衆が庭へなだれ込んできた。

 「もうこうなったら、お前は殺すしかねぇ……」

 すると、姫は膝をついて民衆へと叫び始めた。

 「聞いてくれ、この町に住む者達よ! 水は確かに城にある。十分とはいえないが、少しずつであれば永らえる事もできよう! その内必ず雨が降る、それまでどうか、わらわに任せては貰えんじゃろうか! 年老いたものや赤子が死に絶えているのも分かっておる……じゃが、ここで水を一気に使って全滅するわけにはいかんのじゃ!」

 姫の演説により、集まった民衆はざわざわとお互いの顔を見合わせ話し始める。これで本当にいいのか? といったような声もちらほら上がっていた。

 「騙されるな! こいつは水を独占しているから肌もきれいだし、艶もいいんだ!」

 「そ、そうだ! この悪魔め!」

 冒険者の男が叫ぶと、また民衆が怒号を上げた。説得できたと思っただけに姫の落胆は大きかった。

 「……ダラード、貴様……!」

 「お前が、お前が悪いんだ!」

 「何を……! うっ……」

 立ち上がろうとした姫の胸にダラードと呼ばれた男の剣が突き刺さっていた。白いドレスは見る見るうちに赤く染まっていく。

 「ひゃは、ひゃははははは! この国は俺が見守ってやるから安心しな! おい、お前ら城へいって水を探して来い!」

 「あ、ああ……」

 「(くっ……ここで朽ちるとは……願わくば、わらわの命と引き換えに、罪無き民に恵みの、あ、め、を……)」


 ポツ……ポツ……

 「あ?」

 ポツポツポツ……

 「雨だ……」

 小さな雨粒がやがて滝のような雨へと変わる。

 「見ろ! こいつを殺した途端に雨が降り出したぞ! やはりこいつは悪魔だったんだ!」

 「し、しかし……いつかは雨が降ると……うが!?」

 「黙れ! 俺は王女を殺した……この国は俺のものだ、逆らうやつは皆殺しだぞ!」

 ダラードが男を一人殺し、仲間の冒険者がダラードの横に着き武器を構える。違う国の者が親身になって助けてくれようとしていたように見えていたが、本性を現したかのように恫喝してきたのだ。

 もしかして自分達はとんでもない間違いをしてしまったのでは? 民の誰かがそう呟いたが時すでに遅く、呟きは激しく振る雨に掻き消された。

 空は泣いているかのごとく、この後しばらく、雨は止まなかった。




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 「レイド! ああああああんたぁぁぁ!」


 レイドを起こしにきたアイディールとカルエラートが特に気にせず部屋のドアを開けたその先にとんでもない光景が広がっていた。


 アイディールの叫び声が部屋にこだまする。カルエラートの顔は赤い。

 すると、レイド。寝起きはいいためすぐに目を覚ましてムクリと起き上がった。

 「あふぁ……朝から大きい声を出してどうしたんだ?」

 あくびを噛み殺しながら、アイディールとカルエラートを見るレイド。なぜかアイディールが怒っているのが分からないといった感じだった。

 「昨晩はお楽しみだったようね?」

 尚もシラを切るのかと眉をひくつかせ、腕組をしながらレイドに言う。

 「何のことだ……?」

 「……それは本当に言っているのか……? 隣に寝ている、その、裸の女性とごにょごにょしていたんじゃないのか?」

 「隣?」

 顔を赤くしているカルエラートの目線を辿ると自分のベッドだと気づく。そのまま下に顔を向けると……。

 「な!? だ、誰だ!?」

 そこには褐色の肌に青白い髪をした女性がすやすやと眠っていた。レイドにはまるで覚えが無い、が、アイディールが怒っている事の正体はこれで確認ができた。

 「あんたが連れ込んだ女の子でしょうが! 成敗!」

 「ち、違う! これは何かの間違いだ! おい! あんた起きて……は、裸!?」

 ギョッとして慌てて立ち上がるレイドにアイディールのメイスが丁度ヒットした!

 「う……」

 ドサリと、女性に覆いかぶさるように倒れるレイド。鼻血を出しながら意識を失った。その騒ぎの中、女性がむにゃむにゃと不機嫌な声を出し起き上がってきた。

 <うるさいのう……昨日は疲れたんじゃからもう少し寝かせてくれてもええじゃろ……おかげで変な夢を見てしまったわい……>

 「疲れた……や、やっぱり!?」

 カルエラートが顔を手で隠しながら頭を振り興奮状態だ。しかしアイディールはその女性を見て、ある事に気づく。

 「……ま、まさかとは思うけど、あなた、チェイシャ?」

 <まさかも何もわらわじゃ。狐につままれたような顔をしてどうしたのじゃ? って狐はわらわじゃったな! はっはっは>

 チェイシャは冗談を言いながらいつものように跳ね様として違和感に気づく。体が重いのだ。

 <な!? まさか、太った!? 体が重……なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!?>

 感触を確かめようと掌を見てチェイシャは叫ぶ! いつもの肉球ではなかったからだ。そして体をぺたぺたと触り、アイディールを見てから呟く。


 <わらわ、何で裸なんじゃろ……>

 「え!? そこ!?」





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 気絶したレイドをベッドに(半ば捨てるように)寝かせた後、アイディールはチェイシャ(と名乗る)女性に服を貸し、尋問を始めた。

 色々聞いた結果、どうやら本物のチェイシャで間違いないようだとアイディールは納得する。
  
 「ルーナと旅していた話が判断材料になったわ。チェイシャと認めましょう。で、昨日は何も無かったのね?」

 <言い方に含みがあるが……うむ。気づいたのはさっき起きてからじゃし、わらわがレイドとどうにかなるなど有り得ん。そもそも、こやつはヘタレじゃし>

 アイディールは真面目な顔でコクリと頷いた。

 「しかしどうして人間になったんだろう。心当たりは無いのか?」

 <……この姿になったから言うが、わらわはこの国の出身じゃ。そしてこの姿は……死んだ当時の姿そのままじゃな。歳は22じゃったかのう……>

 思い出すように目を瞑って自己紹介のような独白をするチェイシャ。そこでアイディールがふう、とため息をついて話し出す。

 「ま、女神の封印を解くのが目的だし、チェイシャが人間になっても特に問題ないわよね? 死んだのっていつぐらいなの?」

 <もう100年は過ぎたな。知っているものもおらんじゃろう。一応顔は隠すつもりじゃ>

 「その肌をしている者が居れば、少しは町の人の警戒も解けるかもしれないし、丁度いいと思う。チェイシャ、改めてよろしく頼む」

 カルエラートが握手を求め、それに応じるチェイシャ。しかし頭の中では違う事を考えていた。

 <(未練は無いが、あの後どうなったのか気になるのう……少しどこかで話を聞ければ嬉しいのじゃが)>

 昼過ぎまで気絶したままだったレイドが起きだしてから、一向はハウラの町へと繰り出すのであった。
 

 
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