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第五部:終わりの始まり

その106 ルーナは見た

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 むくり……。


 夜、みんなが寝静まった後に私は起き上がる。

 もちろん西の塔に行ってみるためだ。
 それだけではなく、警備状況も調べておく必要がある。脱出の機会が来るのはどの時間になるか分からないからね。

 エリックの息がかかった騎士であれば気にする必要は無いんだけど、その時がそうであるとも限らない。
 準備は念入りにやっておくのが冒険者の鉄則だ。


 ……ってレイドさんが言ってた!

 
 「……それにしても最近よく面倒事に巻き込まれるわね、ホント」

 レイドさんやフレーレが居れば笑って「ルーナだからね」と返してくれそうだが、今は一人。ふいに寂しさが込み上げるが頬を叩き、自分を鼓舞しながら部屋を出た。

 蝋燭の明かりだけが頼りの廊下を慎重に歩き、庭へと赴く。

 「≪ナイトビジョン≫」

 夜になるとやはり見張りは増え、庭を一定の間隔で回る者、門で待機する者と様々だ。昼間は門番さんくらいだったんだけどね。

 私は客人だから別にこそこそする必要は無いけど、この時間だし見つかるのも面倒だ。
 柱の影と草むらをうまく使って西側の外壁へと移動する。

 西の外壁へ到着し、壁に沿って進む。
 
 「……これ、私だけならいつでも逃げられるんじゃないかしら……」

 月明かりを背に塔を目指すが、外壁側には人っ子一人いない。
 流石に塀を飛び越えるような事は出来ないけど、門番を回避さえすれば案外補助魔法を駆使してビューリックから抜ける事も難しくは無いのではと思う。

 「私が狙われてなければここに来ることも無かったんだけど、ね」

 ベルダーの誘いにわざわざ乗ったのはそこが大きい。でなければここには来なかった。
 レイドさんやフレーレに何かあったら私は多分ショックを受けると思うし……。

 そんな事を考えながら、程なくして西の塔へ到着。一番の懸念点だった扉もすんなりと開いた。

 うーん、警備も居ないし鍵もかかっていない。中を見られても問題ないから?
 あのゲルスとかいうヤツならもっと警戒しそうだから、本当にただの賢者様なのかしら?

 塔の一番下はエントランスのようになっていて、そこから螺旋状の階段を登るようになっていた。
 中は真っ暗だが、ナイトビジョンのおかげで先を見る事はできる。

 外から見た限りかなり高い建物だったから最上階までは結構かかった。
 途中、いくつか部屋があったけどそこは鍵がかかっていたのでとりあえず登るしかない……。


 「(明かり……?)」

 螺旋階段の終わりが見え、奥に扉があるのが見えた。
 どうも開いているようで、中の明かりがだだ漏れ。私はそっと扉へ近づく。

 「(人の気配、さてどんな人物が……)」

 
 !?

 

 「久しぶりのビューリックですね。特に荒らされた形跡もなし、と。ほっほっほ、下の研究施設は鍵をかけていますしこちらはまだ隠れ蓑として機能しそうですね」

 「油断するなよ? 国王は味方だが、俺達を良く思ってないヤツは山ほどいるはずだ。胡散臭いとな」

 「大臣の事ですか? まあ娘を人質として脅迫していますし問題ないでしょう。ほっほっほ、実験用のマウスを爆散させて娘を同じ目に合わせると言った時の顔は傑作でしたね」

 「はは、あれな! 城の重役はそれでだいたい黙ったから今後もイケる手だ。知らぬは国王のみってか!」


 ビンゴ!

 アントンとメルティちゃんを殺した張本人でベルダーが追っている人物、ゲルスだ!

 それともう一人居る……?

 会話の内容から察するにエレナのお父さんが逃げ出さない理由はゲルスが脅していたからね、これはライノスさんに知らせないと。

 問題はどう仕込んでいるかだけど、身体の中に何か爆発物を入れられていたら……。
 色々と考えが浮かび、悩むが尚も会話は続いていた。

 「で、次はどうする?」

 「そうですね……エクセレティコのギルドは私を追撃してくるはず。すぐにここに辿り着くとは思えませんので、少し準備をしてからエクソリアを探しましょうか」

 「ルーナは?」

 「今はいいでしょう。女神の封印を全部解いた後に捕獲すれば目的は達せられますしね。どちらかと言えばディクラインを警戒するべきでしょうか。ルーナを狙っているのは同じですからね」

 「(パパ? でもパパなら『私を狙う』必要は無いと思うけど……うーん、もう一人の顔が見えない! もうちょっと……)」



 トントン…… 
 
 身を乗り出そうとした時、いきなり肩を叩かれた!!


 「あの~ルーナさん? こんなところでどうしたんですか~?」

 「わひゃあ!?」

 振り返ると何とエレナだった!!

 「(どうしたって、それはこっちのセリフよ!?)」

 「誰かいるのですか!!」

 私が焦っていると、部屋の中から怒鳴り声が聞こえてきた! マズイ!

 こうなったら……!

 「に、にゃ~ん……」

 渾身の鳴き真似! どうだ!?

 「……猫ですか」

 いよっし! 今の内にこっそり帰るわよ!

 なんて思っていたのが甘かった。

 「などと言うわけありませんね! 猫ではなくでかいネズミのようですね!」

 ドゴォォン!!

 魔法で目の前の扉が吹っ飛ぶのを見て背筋に冷や汗が流れる!

 「(やっぱダメか!? ≪フェンリル・アクセラレータ≫! ≪パワフル・オブ・ベヒモス≫!」

 私は心の中で補助魔法を使い、エレナを抱きかかえて螺旋階段を駆け下りた!!

 「あ~れ~」

 気の抜ける声を出しながら目を回すエレナ。んもう、どうしてこんなところに居るのよー!!

 「待ちなさい! 大人しくしていれば解剖して実験材料にしてあげますよ!」

 ゲルスが暗闇の中に逃げた私を追いかけてくる。
 しかし、そこは私の補助魔法! イリスには追いつかれたが、ゲルスには有効のようで声がどんどん小さくなっていく。
 
 しばらくしてエントランスが見えた!

 「飛ぶわ!」

 「はい~?!」

 階段を降りずに、ショートカットをするため階段から飛び降りる!
 
 「≪ドラゴニック・アーマー≫」

 着地寸前で、アーマーを張り衝撃を無くす。その直後、上からマジックアローが降り注いできた!

 ヒュ……!

 ザザザザザザザン!

 カキン!

 「あっぶな!?」

 アーマーが無かったら一発もらってた!!

 「でもここから出れば!!」

 開けっ放しになっていた扉を抜け、念のため後ろ蹴りをして閉めてから外壁沿い……ではなく茂みの方へと逃げ込んだ。

 そのままゆっくりと隠れながら移動し、庭へと辿り着いた。追撃は……ないみたいね。

 「はあ~……危なかった……あそこで私だとバレたら解剖一直線だったでしょうね……あ、エレナ大丈夫?」

 「ハラホロヒレハレ~」

 「……」

 目を回していた。

 その後、庭を警備していた騎士に見つかり、『エレナにお手洗いの場所を教えてもらっている途中、エレナが貧血を起こした』と説明して事なきを得て、そのまま自室へと帰る事に成功した。

 それにしても大当たりか、運がいいのか悪いのか……出来ればアンジェリアさん経由でライノスさんかエリックを呼んでほしいけど……。ゲルスが居るならクーデターに成否に大きく関わる。そんな予感がしていた。



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 ルーナが部屋へ戻る数分前

 ゲルスはエントランスで立ち尽くしていた。

 「ほっほ、逃げ足が速いネズミですね」

 「チッ、どこのどいつだ……」

 「私を警戒している者は少なくありませんから何とも。ただ、牽制はしておいた方がいいかもしれませんね。明日は国王に帰還を報告しましょう。それとなく大臣や重鎮に探りを入れてみます」

 「もう国ごと奪っちまえばいいじゃねぇか」

 「それだと私を危険分子として各国から討伐に来るでしょう。特にアルファの町のギルドに口実を与える事になりますしね。まだ私も人間レベルの強さでしかありません、相手にするのは骨が折れるのですよ」

 「そんなもんかね?」

 そんな独り言を呟きながらゲルスは自室へと戻る。
 
 事態は少しずつ、だが確実に進行していた。
 そして翌日、ルーナを探す二人組が城下町へ現れる。その二人がエリックと邂逅するまで、後数時間。
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