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第五部:終わりの始まり
その82 満身創痍
しおりを挟む「くそ! 追いつけないのか!?」
ブルルを全速力で走らせるが、人の姿はまるで見えない。
それもそのはずで、ベルダー達が出発したのは4時間ほど前。このタイムロスは大きい。そして間もなく夜が明けようとした。
「ヒヒーン……」
「う! ブルル、頑張ってくれ!」
ルーナを連れて行くなら馬車のはずで、速さなら馬一頭の方が速いと考えていたレイドはブルルのお尻を叩いて走らせようとする。
しかし、全速力で走っていたブルルは気力を無くしていたのだった。
「……すまん、ここからは俺が走ってでも……」
ブルルから降りたその瞬間、後ろから声がかかった。
「やはり追って来たか。来るならお前だと思っていたが……」
「……っ! ベルダー!」
即座に剣を抜いて斬りかかるレイド! それを赤いダガーで受け止めるベルダー!
「お前達には悪いが、ルーナは一旦俺が預からせてもらう。悪いようにはせん」
「ぬけぬけと! 脅迫しておいて何を言うのか!」
カキィィィン! キン!
「ルーナにはあの手が一番いい、自分が傷つくのは平気だが他人が傷つくのは堪えられないようだからな」
「優しい心を利用して!」
尚も剣で打ち合う二人。だが、ベルダーには不思議と余裕があった。
赤いダガーは段々と輝きを増していく……。
「こんな所で足止めを食らっている暇はない! 奥義”ディスタント・ゼロ”!!」
ディストラクションから光の波が放たれベルダーを襲う!
しかし赤いダガーを振るうと光は一瞬で霧散してしまったではないか!
「な!?」
「ありがとよ、このクリムゾン・サクリファイスは発動すると空気中や俺の魔力を吸収して威力が上がるんだが、中々時間がかかってな? 今の一撃でMAXになった」
「魔力吸収だと、そんな伝説級の武器を何故お前が……」
「今はそれを知る必要は無い。避けろよ? ……死ぬぞ」
淡々と喋るベルダーが軽くダガーを振るうと、とてつもない衝撃波がレイドを襲った。
バキバキバキ! ゴゴゴゴ……
木々をなぎ倒し、大気が震える。派手に飛ばされたレイドは大木に叩きつけられずるりと地面に落ちた。
「ぐう……き、貴様マスターシーフじゃないな……」
「ああ、そうか最初にそう名乗ったか。俺のジョブはニンジャ。東方の国の暗殺者だ」
「そんなヤツが何故……」
「言ったろう? 今は知る必要が無いと。とりあえず……」
バキッ……
「ぎゃあああああ!?」
倒れたレイドの左腕をベルダーが踏みつけ、折れた。
「ここまでだ。後は帰って治療してもらうんだな……」
「ま、まだだ! ……うっ……」
ディストラクションを杖代わりに立とうとしたレイドの腹を殴り昏倒させる。
ドサリと倒れた身体をベルダーが支え、剣を鞘に納めた。
「痛い目を見れば頭を冷やすか……いや、逆効果だな。ほら、ご主人様を送り届けてくれよ?」
レイドをブルルの体にロープで結びつけ固定し、来た道を戻らせる。まだ休み切れていないのだろう、ゆっくりと歩き出した。
レイドの体調が完全で、頭に血が上っていなければ勝負は分からなかった。
しかし今回は俺の勝ちだと、一人ベルダーは呟いた。
「すまんな、できれば事が終わるまでじっとしていてくれよ……」
ブルルが闇夜に消えたのを確認し、ベルダーはビューリックへ向けて歩き出す。
---------------------------------------------------
「レイドさん、大丈夫でしょうか」
「レイドさんは魔王と戦った勇者だぞ? すぐに連れて帰ってくるに決まってる」
アントンは気楽に言い、フレーレは困った笑顔を返した。どうも同じ勇者の恩恵を持つレイドを尊敬しているような素振りが見える。
レイドが飛び出した後、みんなを起こしたフレーレは片づけをしながらレイドの帰還を待つ。
メルティとメアリが本当に眠そうになったので、ソフィアとアントンが背負って一旦家へ戻り、マスターとおかみさんが寝るように言うがフレーレは首を振ってレジナやチェイシャ達と待ち続けた。
<……ルーナを連れて帰ってくるのを期待しよう>
<オイラ達まで無力化するなんて、凄腕だよ? レイドさん一人で勝てるかなぁ……>
「くぅーん……」
「今は待ちましょう」
レジナを撫でながらフレーレは一人呟く。しかしその夜、レイドは帰ってこなかった。
そして陽も登りきった頃、レジナ達が玄関を見て頭を上げる。
「わん! わんわん!」「きゅん!」「きゅーん!」
「! 帰ってきたのね!」
匂いで嗅ぎつけたのだろう、レジナ達が一斉に山の宴を飛び出したのだ。
それを追ってフレーレとチェイシャも飛び出す。ファウダーは見た目の問題、ジャンナはファウダーと離れたくないためその場に残った。
町の入り口に人が集まり、ざわついている。
するすると抜けていく狼達と、人を押しのけて進むフレーレ。
そして……。
「レイドさん!?」
へたり込んだブルルの背で気絶するレイドの姿を発見するのだった。
「ヒヒーン……」
「くぅーん……」
キョロキョロと見渡しても主人の姿が無い事に気づき、頭を垂れるレジナ。レイドなら、と期待していた事もありがっかりしていた。
それでもレイドを心配し、顔を舐めて労う。
「誰か手を貸してください! 病院へ運んで!」
ハッと気づいた何人かがレイドをロープから解放し足と手を持って病院へと運ぶ。
フレーレはヒールをかけようとしたが、その瞬間頭をハンマーで殴られたような衝撃に襲われ、断念する。
「(う、ぐ……こんなケガ、ヒールが使えればすぐなのに!)」
呻きながらもレイドに付き添い病院へと足を運んで行った。
意識が回復しないまま先生が診断。
左腕は折れ、全身傷だらけで背中は打撲。満身創痍と言った診断が下された。
「一体どんな怪獣と戦ったらこうなるんじゃ……ドラゴンではあるまいな……」
「応急治療、ありがとうございます。後は知り合いの回復魔法が使える人に頼んでみます」
「それがええ。お前さんは……いや、いい。とりあえず安静にな」
パタンと扉が閉まり、二人だけになる。動物はご法度だとレジナ達は外で待機。
「レイドさんがここまでやられるのを見るのは初めてね、やっぱりあのベルダーと言う人かなり……」
「う……こ、ここは? フレーレちゃん?」
「目が覚めましたか! 良かった……。何があったんですか?」
「ああ、途中まで追いかけていたんだけどベルダーに待ち伏せをくらって……このざまだ。ブルルは?」
「ブルルは宿にある馬小屋に連れて行ってもらいましたよ。かなり疲れていましたからしばらく安静にさせたほうがいいと思います」
「そうだな、ブルルにも悪い事をした。とりあえずギルドへ……痛っ!?」
「あ!? ダメですよ! 絶対安静ですから! わたしがヒールを使える人を連れてきますから、待っていてください」
そう言ってフレーレはレイドを寝かせて病室を後にした。
レイドが回復したらルーナを助けに行きたい。ギルドを何とか説得して……と考えながらギルドを目指すフレーレ。
しかしこの日を境に、取り巻く環境の歯車は大きく軋み始めていた。
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