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第一章:厳しい現実編
第九話 アンリエッタの事情と魔物
しおりを挟むすっかり暗くなった林を、アンリエッタがランタンを照らしながら進む。俺はその後ろを着いていくが、担いだ槍がずしりとのしかかってくる感じがして疲れていると感じていた。
幸い、村までの距離はそれほど離れていないため入り口が見えたあたりで俺はホッと胸をなでおろしていた。
しかし、村へ入ろうとしたその時。
ドン!
「ぐあああ!? う、腕がぁ!?」
暗くてよく見えなかったが、すれ違い様に誰かと接触。俺の肩が折れる……
「そんな当たり強くなかっただろうが!?」
「だ、大丈夫ですか!」
……ということは無く、ただ疲れから変な声を上げてしまっただけである。アンリエッタが相手を心配してランタンを向けようとしたが、もう一人居るらしく『おい、いいからいこうぜ』という言葉と共にそそくさと闇夜に消えて行った。
「何だったんだ?」
「……さあ? でも、村の人じゃないわね。私の顔はランタンで向こうからは見えていたはずだから、声をかけてこないことはないはずだもの」
ま、別に村にお客さんが来ない訳でもないからいいけどね、と、さして気にしない様子で再び歩き出す。やがて、果樹園の傍にある一軒家に入って行った。
「ただいまー!」
「お、おじゃましまっす!」
女の子の家に呼ばれるなど産まれてこの方無かった事を思い出し、緊張する。落ち着け俺、たかが女の子の家に入っただけじゃあないか。何も取って食われたりするわけでもない、まずは深呼吸を……。
「おかえりなさい!」
「もろへいあ!?」
深呼吸の「深」くらいの時に、急に目の前に女性が現れ挨拶をしてきた! さっきまで誰も居なかったのに!? この人は縮地でも使えるのだろうか……勿論、俺は驚いて尻餅をついた。
「あらあら、ごめんなさいね」
柔和な笑みを浮かべて俺に手を差し出してくる女性。どことなくアンリエッタに似ているなと思いながら、俺は立ち上がって挨拶をする。
「い、いえ。俺はカケル、アンリエッタに依頼されてフォレストボアを退治しにきたものです。アンリエッタのお姉さんですか?」
すると、女性はにっこりと、アンリエッタはジト目で俺を見てくる。そして女性が自己紹介を始めた。
「私はニルアナと言います。アンリエッタの……母です」
「はは、そうですかアンリエッタのお母さん……お母さん!? し、失礼ですが、おいく痛!?」
俺が尋ねたところでアンリエッタの蹴りが俺の尻にヒットした。
「尻が割れた……!?」
「横に割れてたらいい病院を紹介するわね。お母さん、アホはいいからご飯の用意をしましょ」
「ふふ、カケルさんもどうぞ上がってください。あ、洗面台で手を洗っておいてくださいね」
「あ、はい……」
俺は尻をさすりながら、玄関横にある洗面台で手を洗う。蛇口ではないが、ポンプっぽいシーソーのようなレバーを下げると水が出てくる仕組みのようだ。
手を洗い、奥へ向かうといい匂いが立ち込めてきた。自然と俺の腹が盛大に鳴りはじめたので、槍を立てかけてフラフラと食卓の席へついた。
「はい、カケルの分ね」
アンリエッタが俺の前に料理を並べてくれ、すぐに三人分の料理が並んだ。どれも美味しそうだ。
「それでは召し上がれ♪」
「いただきます」
「……いただきます」
この世界でも『いただきます』は共通のようで何か安心した。
それでは、と、俺は野菜たっぷりのスープを口に運ぶ。鶏ガラと思わしきコンソメっぽいスープが空腹の胃に染み渡る。いきなり重いものを食べると腹を壊すからまずはスープだ。そして中には人参とブロッコリーが入っており、人参は甘く柔らかいしブロッコリーは芯がほどよく固い、いい仕事だ。
スープで腹を温めたところで、今度はパンに手を伸ばす。異世界の庶民のパンは固いイメージがあるが、イメージよりは柔らかかった。バターを練りこんであるのか風味と柔らかい味が口の中に広がった。
最後に主菜である肉へ取りかかる俺。先程スープを取った鶏と同じだろうか? トマトソースがかかったもも肉が『食べて』と存在感を示してくる。ナイフを入れるとスッと切れるほど柔らかく、トマトソースも絶品だった。
「満足いただけたみたいですね、良かったわ♪」
「ふふぁいでふよ、ふぉれ! ふぉふにふぉれが!」
「ああ、芽花椰菜、美味しいですよね」
色々心の中でカッコつけては見たが、現実はこんなものである。ふがふがと一心不乱に料理を口に運び、俺は一気に平らげる。最後にスープと芽花椰菜というブロッコリーもどきを口に運び俺は一息ついた。
「ご馳走様でした!」
「いいえ、まだこれからなんですよね? 少しゆっくりなさっててくださいね」
「早いわね……で、どうなの?」
もも肉を小さな口でもぐもぐさせながら俺アンリエッタが俺の方を見て呟く。
「フォレストボアか? ……レベルは上げて来たけど正直分からんな、魔物と戦うのも初めてだし」
「そっか。ごめんね、冒険者登録もしていないレベル1だったのに……でもどうしても今日中に依頼を受ける人が欲しかったの」
「? 何かあるのか?」
「依頼金、3000セラだったでしょ? 相場より低いってミルコットさんも言ってたけど、その内1500セラはウチが出しているの。被害が一番大きいのはウチで、他の人達はそれほど被害が無いから退治したければ多く出せって言われて……。で、村長さんが今日までに受けてくれる人が居なかったら、3000セラは貯蓄して、もう少し貯めてから依頼をしようってなったの」
と、アンリエッタは言う。
しかし、それだと1500セラは取られるわ、被害は減らないわでかなり損をすることになるので、とりあえずでもいいので依頼を受けてくれる人を見つけたかったのだそうだ。
「利用した形になったのはごめんなさい。すぐに達成できなくてもいいから、追い払うだけでもいいからね?」
「ああ、俺も死にたくはないからその辺はな」
「すいません娘が無理を言って……」
「い、いや、大丈夫ですよ、こうやってご飯もいただいていますし……それより、女性二人の所に男を入れるなんて不用心じゃないか?」
するとアンリエッタがキョトンとして俺の顔を見て笑った。
「そうね、カケルはあまり変な感じがしなかったのはあるかもね。普段なら絶対言わないわよ? まあ、町で顔はもう覚えられているし、ユニオンで依頼をかけているからカードに登録もされているから犯罪をしたらすぐに捕まるわよ」
「セキュリティが高いんだか低いんだか……」
押しかけ強盗だったらどうなるのだろう、とか考えてしまうが、平和な村にはそんな事がそもそも無かったのかもしれない。
そんな事を考えながらしばらく二人が食べ終わるのを待つ体でのんびりした後、俺は席を立ち、槍を持つ。
「もう行くの? フォレストボアって二十二時過ぎからよく出るから……」
アンリエッタがチラリと壁にかかっている時計を見ると、二十時前を指していた。この世界の時間も同じか、いよいよありがたいな。
「ここに居たら眠ってしまいそうだし、外で張っておくよ。もしかしたら早く出てくるかもしれないしな」
片手を上げて外に出ると、アンリエッタがランタンを持って追いかけてきた。
「これ、ランタン。気を付けてね!」
「お、サンキュー。お前も気をつけろよ」
アンリエッタと別れて俺は村を少し歩く。すでに仕事は終わっており、村人の姿は無かった。
「静かだな……」
それでも家には明かりが灯っているので寂しいという感じはしない。畑、畜産小屋と村って感じの趣を見つつ、村に異常はない事を確認して俺は一旦村の中央へと戻った。
「祭りでもする広場ってとこか? ここなら全体が見えるし、ここで待つか……」
――――あまり寒くない夜の闇の中、適当に腰掛けてウトウトしかけたとき、俺は気配を感じた。
ザッ……ザッ……
フゴ……フゴ……
「来たか……!」
目を開いて、猪のような、豚のような鳴き声と土を掘る音がする方へ慎重に足を運ぶ。すると畑の一角に『それ』は居た。
「でかっ!?」
俺は思わず叫んでしまった。言い訳をするつもりはないが、異世界から来た俺には無理も無いと思うんだ。
「ブルォ?」
三.五メートルはあろう体躯を揺らし、ヤツは俺を視認した。
◆ ◇ ◆
『作中の専門っぽい用語』
※芽花椰菜 『めはなやさい』と読みます。いわずもがな、ブロッコリーの事ですね。一般的ではないのでカケルは勿論知りません。(アホだからではありません)
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