上 下
12 / 253
第一章:厳しい現実編

第九話 アンリエッタの事情と魔物

しおりを挟む
 
 すっかり暗くなった林を、アンリエッタがランタンを照らしながら進む。俺はその後ろを着いていくが、担いだ槍がずしりとのしかかってくる感じがして疲れていると感じていた。
 幸い、村までの距離はそれほど離れていないため入り口が見えたあたりで俺はホッと胸をなでおろしていた。

 しかし、村へ入ろうとしたその時。

 ドン!

 「ぐあああ!? う、腕がぁ!?」

 暗くてよく見えなかったが、すれ違い様に誰かと接触。俺の肩が折れる……

 「そんな当たり強くなかっただろうが!?」

 「だ、大丈夫ですか!」 

 ……ということは無く、ただ疲れから変な声を上げてしまっただけである。アンリエッタが相手を心配してランタンを向けようとしたが、もう一人居るらしく『おい、いいからいこうぜ』という言葉と共にそそくさと闇夜に消えて行った。

 「何だったんだ?」

 「……さあ? でも、村の人じゃないわね。私の顔はランタンで向こうからは見えていたはずだから、声をかけてこないことはないはずだもの」

 ま、別に村にお客さんが来ない訳でもないからいいけどね、と、さして気にしない様子で再び歩き出す。やがて、果樹園の傍にある一軒家に入って行った。

 「ただいまー!」

 「お、おじゃましまっす!」

 女の子の家に呼ばれるなど産まれてこの方無かった事を思い出し、緊張する。落ち着け俺、たかが女の子の家に入っただけじゃあないか。何も取って食われたりするわけでもない、まずは深呼吸を……。

 「おかえりなさい!」

 「もろへいあ!?」

 深呼吸の「深」くらいの時に、急に目の前に女性が現れ挨拶をしてきた! さっきまで誰も居なかったのに!? この人は縮地でも使えるのだろうか……勿論、俺は驚いて尻餅をついた。

 「あらあら、ごめんなさいね」

 柔和な笑みを浮かべて俺に手を差し出してくる女性。どことなくアンリエッタに似ているなと思いながら、俺は立ち上がって挨拶をする。

 「い、いえ。俺はカケル、アンリエッタに依頼されてフォレストボアを退治しにきたものです。アンリエッタのお姉さんですか?」

 すると、女性はにっこりと、アンリエッタはジト目で俺を見てくる。そして女性が自己紹介を始めた。

 「私はニルアナと言います。アンリエッタの……母です」

 「はは、そうですかアンリエッタのお母さん……お母さん!? し、失礼ですが、おいくつう!?」

 俺が尋ねたところでアンリエッタの蹴りが俺の尻にヒットした。

 「尻が割れた……!?」

 「横に割れてたらいい病院を紹介するわね。お母さん、アホはいいからご飯の用意をしましょ」

 「ふふ、カケルさんもどうぞ上がってください。あ、洗面台で手を洗っておいてくださいね」

 「あ、はい……」

 俺は尻をさすりながら、玄関横にある洗面台で手を洗う。蛇口ではないが、ポンプっぽいシーソーのようなレバーを下げると水が出てくる仕組みのようだ。

 手を洗い、奥へ向かうといい匂いが立ち込めてきた。自然と俺の腹が盛大に鳴りはじめたので、槍を立てかけてフラフラと食卓の席へついた。

 「はい、カケルの分ね」

 アンリエッタが俺の前に料理を並べてくれ、すぐに三人分の料理が並んだ。どれも美味しそうだ。

 「それでは召し上がれ♪」
 
 「いただきます」

 「……いただきます」

 この世界でも『いただきます』は共通のようで何か安心した。

 それでは、と、俺は野菜たっぷりのスープを口に運ぶ。鶏ガラと思わしきコンソメっぽいスープが空腹の胃に染み渡る。いきなり重いものを食べると腹を壊すからまずはスープだ。そして中には人参とブロッコリーが入っており、人参は甘く柔らかいしブロッコリーは芯がほどよく固い、いい仕事だ。
 
 スープで腹を温めたところで、今度はパンに手を伸ばす。異世界の庶民のパンは固いイメージがあるが、イメージよりは柔らかかった。バターを練りこんであるのか風味と柔らかい味が口の中に広がった。
  
 最後に主菜である肉へ取りかかる俺。先程スープを取った鶏と同じだろうか? トマトソースがかかったもも肉が『食べて』と存在感を示してくる。ナイフを入れるとスッと切れるほど柔らかく、トマトソースも絶品だった。

 「満足いただけたみたいですね、良かったわ♪」

 「ふふぁいでふよ、ふぉれ! ふぉふにふぉれが!」

 「ああ、芽花椰菜、美味しいですよね」

 色々心の中でカッコつけては見たが、現実はこんなものである。ふがふがと一心不乱に料理を口に運び、俺は一気に平らげる。最後にスープと芽花椰菜というブロッコリーもどきを口に運び俺は一息ついた。

 「ご馳走様でした!」

 「いいえ、まだこれからなんですよね? 少しゆっくりなさっててくださいね」

 「早いわね……で、どうなの?」

 もも肉を小さな口でもぐもぐさせながら俺アンリエッタが俺の方を見て呟く。

 「フォレストボアか? ……レベルは上げて来たけど正直分からんな、魔物と戦うのも初めてだし」

 「そっか。ごめんね、冒険者登録もしていないレベル1だったのに……でもどうしても今日中に依頼を受ける人が欲しかったの」

 「? 何かあるのか?」

 「依頼金、3000セラだったでしょ? 相場より低いってミルコットさんも言ってたけど、その内1500セラはウチが出しているの。被害が一番大きいのはウチで、他の人達はそれほど被害が無いから退治したければ多く出せって言われて……。で、村長さんが今日までに受けてくれる人が居なかったら、3000セラは貯蓄して、もう少し貯めてから依頼をしようってなったの」

 と、アンリエッタは言う。

 しかし、それだと1500セラは取られるわ、被害は減らないわでかなり損をすることになるので、とりあえずでもいいので依頼を受けてくれる人を見つけたかったのだそうだ。

 「利用した形になったのはごめんなさい。すぐに達成できなくてもいいから、追い払うだけでもいいからね?」

 「ああ、俺も死にたくはないからその辺はな」

 「すいません娘が無理を言って……」

 「い、いや、大丈夫ですよ、こうやってご飯もいただいていますし……それより、女性二人の所に男を入れるなんて不用心じゃないか?」

 するとアンリエッタがキョトンとして俺の顔を見て笑った。

 「そうね、カケルはあまり変な感じがしなかったのはあるかもね。普段なら絶対言わないわよ? まあ、町で顔はもう覚えられているし、ユニオンで依頼をかけているからカードに登録もされているから犯罪をしたらすぐに捕まるわよ」

 「セキュリティが高いんだか低いんだか……」
 
 押しかけ強盗だったらどうなるのだろう、とか考えてしまうが、平和な村にはそんな事がそもそも無かったのかもしれない。
 そんな事を考えながらしばらく二人が食べ終わるのを待つ体でのんびりした後、俺は席を立ち、槍を持つ。

 「もう行くの? フォレストボアって二十二時過ぎからよく出るから……」

 アンリエッタがチラリと壁にかかっている時計を見ると、二十時前を指していた。この世界の時間も同じか、いよいよありがたいな。

 「ここに居たら眠ってしまいそうだし、外で張っておくよ。もしかしたら早く出てくるかもしれないしな」

 片手を上げて外に出ると、アンリエッタがランタンを持って追いかけてきた。

 「これ、ランタン。気を付けてね!」
 
 「お、サンキュー。お前も気をつけろよ」

 アンリエッタと別れて俺は村を少し歩く。すでに仕事は終わっており、村人の姿は無かった。

 「静かだな……」

 それでも家には明かりが灯っているので寂しいという感じはしない。畑、畜産小屋と村って感じの趣を見つつ、村に異常はない事を確認して俺は一旦村の中央へと戻った。

 「祭りでもする広場ってとこか? ここなら全体が見えるし、ここで待つか……」




 ――――あまり寒くない夜の闇の中、適当に腰掛けてウトウトしかけたとき、俺は気配を感じた。


 ザッ……ザッ……


 フゴ……フゴ……


 「来たか……!」

 目を開いて、猪のような、豚のような鳴き声と土を掘る音がする方へ慎重に足を運ぶ。すると畑の一角に『それ』は居た。

 「でかっ!?」
 
 俺は思わず叫んでしまった。言い訳をするつもりはないが、異世界から来た俺には無理も無いと思うんだ。

 「ブルォ?」

 三.五メートルはあろう体躯を揺らし、ヤツは俺を視認した。

 








 ◆ ◇ ◆


 『作中の専門っぽい用語』


 ※芽花椰菜 『めはなやさい』と読みます。いわずもがな、ブロッコリーの事ですね。一般的ではないのでカケルは勿論知りません。(アホだからではありません)

しおりを挟む
感想 586

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

農民の少年は混沌竜と契約しました

アルセクト
ファンタジー
極々普通で特にこれといった長所もない少年は、魔法の存在する世界に住む小さな国の小さな村の小さな家の農家の跡取りとして過ごしていた 少年は15の者が皆行う『従魔召喚の儀』で生活に便利な虹亀を願ったはずがなんの間違えか世界最強の生物『竜』、更にその頂点である『混沌竜』が召喚された これはそんな極々普通の少年と最強の生物である混沌竜が送るノンビリハチャメチャな物語

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果

安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。 そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。 煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。 学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。 ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。 ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は…… 基本的には、ほのぼのです。 設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。

処理中です...