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その79 向こう側の事情

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 和解……互いに譲歩して紛争を解決すること、といった意味があるのだがスティーブ達はそれを行うためこの地にやってきたというが――

 「信用できない、といった表情ですね。まあ無理もありません、そちらは長寿で語り継がれていたら過去の人間の蛮行は許容できないものでしょうし」
 「そこまで分かっているなら、そっとしておいてもいいんじゃないか?」
 「おっしゃる通りです。しかし、元は共生できていた存在と再び手を取り合おうというのは自然なことではありませんか?」
 
 スティーブが手を広げて俺の目を見ながら微笑むと、シュネが口を開く。

 <あれだけのことをしておいて虫が良すぎるとは思わない? ……ここで私とスネイルに殺されてもおかしくないのよ?>
 「故に、なにも武装しておらず戦闘力がない私が仲介役というわけですな」
 「戦えないというのを信じろと?」
 「あなたは人間のようですし、そこは信じていただきたいところですが。というか人間が居るとは思っていませんでしたよ?」

 帰る気はないといった感じで言葉を紡ぐスティーブに、俺はどうして亜人種に拘っているのかを尋ねてみることにする。

 「俺は成り行きでこの島にやってきて世話になっている。一度磔にされたがな? それはいいとして、そこまでしてエルフ達と和解を進める理由を聞かせてもらえるか? 亜人たちを追い出して三千年経っている現状、お互いの生活圏はしっかり分かれている。それを壊してまで来たのはなぜだ? ……なにかしら利益があるとみるが、どうだ?」
 「いいでしょう、こちらとしてもこの話をしなければ先に進まないと思っていたところですし。短い話ではないので、腰を落ち着けましょうか。皆さんは作業に戻ってください!」
 「へーい」
 「旦那は大丈夫ですかい?」
 「信用してもらうにはこれくらいは必要でしょうからね」

 そう言って他の人間を遠ざけると、この場には俺とスネイル。少し遠めにシュネとネーラという立ち位置になり、スティーブが持ってきた小さい樽を椅子にして対面に座ると少し間を置いてから語りだす――

 それは亜人たちを追い出してからの歴史。

 逃げおおせなかった亜人種や動物を駆逐し、人間達が手に入れた世界は発展し人口も爆発的に増えた。しかし、代わりに魔法は廃れ、工業や畜産といった産業が発達。驚いたことに航空技術や鉄道もあった『らしい』。

 なぜ曖昧なのか?

 人口が増えれば土地や食料が必要になるのは当然のことだが、それは自国の領土拡大のため、他国を侵略すべく人間同士の争いに発展し、ついには大陸で『兵器』が使用されることになったそうだ。
 詳しい話としては『核』や『細菌』といった俺達の世界でも過去に存在した過ちと同じで、この世界はそこまで発展しながら、人類は一度消え去ったのだとか。

 今存在する人間は二千年前くらいからまたもう一度進化した別の人類で、文献や遺跡、過去の遺物からそういったことがあったと推測しているため『らしい』ということのようだ。

 「ありえなくはないけど……」
 「ええ、私達も最初に……そうですね、古代文明と呼称している歴史を発見した時は大いに衝撃を受けました。その歴史を紐解いていく中、亜人種という存在を知った我々はこの島に逃げ込んだという情報を元にやってきたというわけです。動物たちは向こうの大陸で繁殖していることを各種族へ見せるため、連れてきました」
 「にゃあ♪」
 「みゅーん♪」

 スティーブが木箱から猫を一匹取り出し地面に立たせると、すぐにコテツとじゃれ合い嬉しそうに鳴いていた。毛並みもよく元気なので大切に育てられているようだ。

 「なるほど、当時の人間達は絶滅して新しい人類が生まれたってわけか……それで、エルフ達に会ってどうするつもりだ? 謝罪なら受け入れてくれると思うけど」
 <こっちも今いる種族は当時の生き残りなんてミネッタさん一人しかいないし、誠心誠意謝ってくれればとは僕も思うよ>
 「ありがたいことです。もちろんそれだけではありません、私どもとしては失われた技術の再興を考えておりまして、エルフの魔法、ドワーフの鍛冶など、三千年前にも関わらず優れた技術をね」
 <ノームは! ねえ、ノームは!>
 「ノームは……えっと、創作、とか?」
 <よく分かってないやつだ!? うわーん!>

 スネイルが俺の肩に頭を置いてさめざめと泣き、またしても俺の服がべたべたになる。まあ、悪気はないし、最近こいつもかわいく見えてきたのでとりあえず触覚の間に手を置いて撫でてやる。べとべとだ。

 「細工品が得意だなノームは。まあ話は分かった、ただ俺はこの通り人間で向こうに居るエルフも若い。精霊だけで片付けられる問題でもないから、各種族の長と話すのがいいだろうな」
 「取り持っていただけるので?」
 「一応、知らない仲じゃない。……ただ、お前達が裏切った場合は容赦しない。当時逃げたかもしれないが、今度は必死で抵抗するから覚えておけよ」
 
 俺が言い放つと――

 「よく言ったスミタカ!」
 「ま、そういうことじゃ、亜人種を甘く見るでないぞ」
 「俺達はこの島の先住だが、仲間になにかあったら黙ってらんねえしな」
 「み、みんな!?」

 ――ネーラの背後にミネッタさんやグランガスさん、リュッカ達が立っていた。

 <私も居るわよ>
 <ふむ、懐かしい匂いだ。犬も居るようだな>
 「花火を見て何かあったと思って急いだわ! ノームの爺さんはスネイルさんが先走ったから居ないけど」
 <えへへ……気になったんだもん>

 ホビットのイチヤにそんなことを言われ、スネイルが殻に頭を引っ込めて照れる。
 
 いつの間にか集まって来ていた各長と精霊が一気に集まった瞬間だった。

 「話し合いには応じよう、ただしヘタなことを考えればスミタカの言う通り仲間が黙ってはおらん」
 「御意に。それではテーブルを出しましょう。グレイス、いいですか?」
 「あいよ! またモフらせてね!」

 人間界で唯一、魔法が使えるモフ子がテーブルを出し、会合が始まる。
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