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その20 言うは易し、行うは憎し
しおりを挟む「誰だ……?」
ネーラ、次点で危ない子のフローレが脳裏に浮かぶ。
しかし、よく考えてみれば族長や最長老が好意的でも他のエルフが全員そうだったとは限らないか、と。人間に会ったエルフは居ないが、祖先に人間憎しで隠れて復讐を考えていたりするやつもいるかもしれない。
それでも母猫がここに居るので大事にはならないとは思うが……
(くそ、暗くて見えない……)
鍵がかかっていないドアを薄目で見ると、人影が入ってきた。一瞬、背筋が寒くなり、俺は無言で母猫に視線を送る。
(気づいてくれ……!)
しかし、俺の願いは空振りし、人影は俺のベッドの横に近づき、覗き込むように立っている気配がする。バットは枕もとにあるので何かあれば手を出そうと思ったが、静かに聞こえてきた声で俺は冷静になった。
「……再び人間に会うことになろうとは。それもお猫様を連れて。長生きはしとうないと思っておったが、長く生きておると面白いこともあるもんじゃ。『あのころ』なら恐らく殺しておったろう、この時にスミタカが現れたのは運命としか思えんわい」
そんな物騒なことを言うのは――
「誰が尋ねてきたのかと思ったらミネッタさん、か。今のはどういうことだ?」
「ふっふ、やはり起きておったか。何、二人きりで話したいことがあったのじゃ」
「お猫様がいるぞ?」
「彼女は全て知っておるからのう。この世界に足を踏み入れ、お猫様の願いでここに来ることになったお主には言わねばならんことを」
そう言ってベッドへ座り、俺へ向くと、ぽつりと呟く。
「<灯せ>」
「お……!?」
指先から丸い光が出ると、それがふわふわと浮き、天井付近までいくと停止しまるで電灯をつけたみたいに部屋が明るくなった。
「これは……魔法ってやつか?」
「左様。知っておるということはもしや使えるのか?」
「いや、それは無い。俺の世界でこんなことができるやつはいないよ、ゲームや本……まあ、物語なんかで出てくる知識として知っているって感じだ。話は魔法のことか?」
「なるほどのう。さて、魔法についてはまた今度じゃな、まずはお猫様をここへ連れて来てくれてありがとう。お礼を言いたかった」
「いや、たまたまだし気に無くていいよ。俺も楽しかったしな」
俺が笑うと、ミネッタさんが困った顔で笑い、すぐに俯いて口を開く。
「人間が……この世界の人間が皆お主のようであれば良かったのにな。話というのは他でもない、この世界についてじゃ。先に話したように、この世界は人間の居る大陸と、我ら亜人種が暮らすこの大陸がある。……結界があるから人間はこの大陸へ来ることはできん。が、エルフ以外にも種族がおる。そやつらも人間に恨みを持つものばかり、もしエルフと一緒じゃない時に出会ったらすぐ逃げるが良かろう、特にドワーフは荒くれ者が多いからな」
「まあ、奴隷にされたり仲間を殺されたりしているんだ、それは仕方がないんじゃないか? 俺も危険なことをするつもりはないから丘の上にある家と、この村を行き来するだけになると思う」
ミネッタさんが口元を微笑ませて頷き話を続ける。
「それが良かろう。この世界の人間は本当に残忍で残虐じゃ。本当に同じ人間かと思うくらいにな」
「野蛮なんてレベルじゃなさそうだな……でも、それだったら人間同士もやり合っているんじゃないか?」
「もう三千年前の話じゃからやつらも変わっておるかもしれん。しかし、ワシのように生きている者からすれば恐怖の対象でしかない」
「……」
見ればミネッタさんは小さく震えていた。当時を知るエルフとしては人畜無害な俺でも怖いのだろう。俺は話しを変えようと、見た目が幼女のミネッタさんについて聞くことにした。
「そう言えば、三千年も生きているのにウィーキンソンさんみたいになっていないんだ?」
「……これか……この姿については……」
「ついては……?」
「もっと仲良くなってからじゃな! ワシの百八の秘密のひとつだからのう、お主がここに通っておればいつか教える日もくるかもしれん」
俺はガクッとしながら、ミネッタさんが遠い目をしていることに気づく。それほどまでに人間とのいざこざは壮絶なものだったようだ。
「オッケー、別に言いたくない話なら無理には聞かない。言いたくなったら聞かせてもらう。それでいい」
「うむ……」
「話は終わりか? ならそろそろ寝かせてくれ……明日は仕事で早いんだ……あふ……」
「おお、そうか、すまんかったな。では寝るとしようか」
「おう!? なんでシュラフに入ってくるんだ!?」
「いいではないか。おお、これはええものじゃ……」
「おい、寝るんじゃねえ、ババア!? ぐあ!?」
「誰がババアか。あ、ワシか。おやすみじゃ――」
俺の頬を目を細めて笑いながらつねった後、目を瞑る。追い出すのは簡単だが、面倒だし、眠気もピークなので寝ることにした……
そして翌日。
「おはよう、スミタカ! あ、お猫様もいるのね」
『おはようネーラ。スミタカはまだ寝ているから起こしてあげて』
「みゅー」
「みゃー!」
「おやおや、子猫様は元気です……ねえ……!? ちょ、最長老!? 何やっているんですか!?」
「どうしたのフローレ? ああああああああ!?」
「うーん、うるさいのう……」
――結局、ミネッタさんと俺がこの現状を説明するのに時間をくってしまい、仕事に行くのが遅れたのは言うまでもない……
ま、大家はそのへんおおらかだから別に気にならないけどな。
会社なら相当怒られるからなあ……まあ、俺は遅刻したことが無いけど、後輩の黛がよく遅刻していたのを覚えている。仕事はできるんだがなあ。そんなことを考えながら、俺は母猫に乗って自宅へと戻っていった。
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