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その16 エルフたちの感覚

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 「ここでいいか。スミタカがこの村で寝泊りする時はここを使ってくれ」
 「お、おお……」
 「みゃ、みゃー……」
 「みゅー……」

 満面の笑みで案内されたそこは、あばら家と言って差し支えないくらいのボロ家だった。俺はもちろん、足を踏み入れた瞬間、子ネコ達も困惑している。ふかふかの絨毯から打ちっぱなしの木板の床では無理もないけど。
 しかし、玄関先までしか見ていないけどフローレの家もこんな感じだったような気がする。するとネーラがベゼルさんへ言う。

 「奮発したわね。まあ、勘違いで殺しかけたしこれくらいはしないと」
 「ですねえ。わたしの家と同じくらいですかね。でも住んでいないからちょっと埃っぽいのと穴が空いていますね。これはおいおい直していきましょう」
 「えっと……これで結構いい家なのか?」

 本気でいい家だという感じで話している三人に尋ねてみると、ネーラがハッとした顔で俺に返す。

 「た、確かにスミタカの家は何か凄かった! いろいろ緊張して良く見てなかったけど、私はふかふかな椅子に寝かされていたわ」
 「え? 椅子に寝かされていたの? それ、なんていうご褒美?」
 「目を輝かせるな!? ソファに寝かせただけだろうが!」
 「そふぁ? それはどんなものなのかな?」
 「え? そ、ソファを知らないのか……?」

 俺が目を見開いて聞くと、三人は同時に頷く。そういえば家の中はそれなりに広いけど、ベッドもテーブルも物凄く簡素なものしかない。

 「みゃー!」
 「みゅー!」

 そこで俺の手から飛び降りた子ネコがベッドに着地すると、乗っていた干し草で転がり回りはしゃぎだすと、ネーラが笑いながら言う。

 「ふふ、お猫様もお布団が気に入ったみたいね! スミタカの家ほどじゃないけど、静かでいいところよ。兄さん、この後は?」
 「もちろん歓迎の宴をやるよ。私も狩りへ行ってくるから、スミタカとお猫を頼むよ。最長老と族長にお猫様とのお話が終わった後、こっちへ来るよう言っておくとしよう」
 
 そう言ってベゼルさんが去り、ネーラとフローレがこの場に残された。時間はまだ十時過ぎってところか。

 「この後、歓迎会をしてくれるみたいだけどいつやるんだ?」
 「兄さん達が今から狩りをしにいくから、帰ってくるのは夕方かしら? だから多分夜になると思うわ」
 「そっか、どうするかな……折角宴を催してくれるなら、昼飯を食いに帰るのも失礼か……それにしても、エルフはみんなこんな感じの家なのか?」
 「いえ、これはかなりいい家ですよ! 他の人だともっと小さかったり、壁が薄かったりしますからね」
 「冬は辛いのよねえ」
 「そうそう」
 「マジか……」

 俺はカタン……と、窓になっている板を上げて外を見る。ベゼルさんと話しながら歩いていたのであまり気になっていなかったけど、確かにこんなものだった……下手をすると藁の屋根なんて家もある。

 「ここに移り住んで三千年、だっけか? その間進化しなかったって感じか……」
 「失礼ね! ま、まあ、スミタカの家に比べればそりゃあ……」
 「いや、そんなレベルじゃないぞ」
 「あ、わたし見てみたいです! 今度連れて行ってくれませんかね!?」
 「お前は何か嫌な予感がするから駄目だ」
 「ええー!?」

 不満気に声を上げるフローレをよそに、ベッドに腰かけ、子ネコ達を手元に寄せて喉を撫でながら最長老の言葉を思い出していた。
 寿命が長いから子を作らない、もしかするとそれに加えて種族の進化もゆっくりなのかもしれない。それ自体は問題ないと思うし、何より――
 
 「スミタカ、目を瞑ってどうしたの?」
 「ん? ああ、のんびりした空気はいいなって。向こうの世界はなんだかんだであくせくしていたからな」
 「ふうん。何もない村だけど、確かにゆっくりはできるかも? それじゃこれからどうする?」
 「んー、今日は休みだから向こうに戻ってまた来てもいいけど、洗濯とかも終わってるんだよな。とりあえず子ネコと遊びながらここを改造でもしようか」
 「あ、面白そうですね。手伝いますよ」
 「私も!」

 フローレが手を上げ、ネーラも続けて声を上げる。さて、何から手をつけるかな?
 
 「みゅー♪」
 「みゃー!」

 俺はねこじゃらしを手に持ち、部屋を見渡す――


 ◆ ◇ ◆

 ――住孝の家

 「ふっふっふ……急に尋ねて行ったら先輩どんな顔をするかなあ。お得意先の帰りに土産をもって挨拶をする元後輩。うん、これはポイント高いわ!」

 そう言って昨今はお金を取られる買い物袋を手に声を高らかに上げる女性が、住孝の家の前でにやにやと笑いながらそんなことを口走る。周りを歩いているおばさん達がひそひそと訝しんでいることには気づきもせず。

 「まったく……まさか会社を辞めるとは思わなかったよね。飲み会の席でお酒の力で告白しようとしたあの日、先輩が辞めることを聞いて目が覚めたのを思い出すわ……でも、逆に考えれば会社だと気恥ずかしいけど、家ならゆっくりお話しできる。ボクって頭いい~♪」

 仕事中ということは頭から抜けているが、謎の女性は機は熟したとばかりにインターホンを押す。ピンポーンという音が鳴り、住孝を今か今かと待つが――

 「あ、あれ? 車があるしいないはずないんだけど!? 先輩! せんぱーい!」

 女性はインターホンを連打しまくるが、住孝は出てこない。もちろん、それはエルフの村へ行っているからだが女性は知る由もない。

 「でてこーい! 可愛い後輩が来たんですよー!」
 「君、ちょっといいかい?」
 「なんですか!? ナンパなら他をあたってください! ボクには先輩が――」

 と、振り返ったところで女性は顔を青ざめさせる。

 「あ、あはは、い、いい天気ですね」
 「そうだね。彼氏の家かい? ご近所さんに迷惑だから、静かにね」
 「ご、ごめんなさーい!」

 そう言って女性は顔を赤くして去っていった。

 辞めた会社の同僚が尋ねていたころ、住孝は――
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