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その13 苦難の歴史

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 「うう……」
 「おやおや、どうしたんだい、急に泣き出して」
 「す、すまない。死んだ母さんにそっくりで、生きていたころを思い出したんだ」
 「あら、私に似ているってことは相当美人だったんだろうね」

 そう言って笑いながらエルフのおばさんがウインクすると、俺はまた胸が熱くなる。

 「……そういうところもそっくりだ」
 「まあ、それは会ってみたかったわね」
 
 俺の頭を撫でながら微笑む顔は髪の色以外は殆んど母さんだった。すると不意に親父似の族長が口を尖らせる。
 
 「ワシの時はそんなに感動していなかったぞ!」
 「ああ、髭があるからちょっと違うなって思えるからかな。というか張り合わなくてもいいだろ。とりあえず奥さんに夕飯注文しておけよ」
 「くっ……ジャガイモと燻製肉の炒め物で頼む」
 「あいよ。あんた名前は? 私はラッテンだよ」
 「住考だ、よろしくな」

 ……まあ、この族長の喋り方は親父にそっくりなんだけど、何となく言わないでおこうと思う。
 
 「みゅー♪」
 「みゃー」

 子ネコが俺のところへやって来て頬を舐めて鳴き、俺は二匹をテーブルに乗せて頭を撫でる。
 ひさしぶりに母さんと話したような懐かしいこともあり、気持ちが落ち着いて来たので俺は深呼吸をした後、集まっている面々に話し出す。
 
 「俺は丘の上にある崖から生えた家に住んでいる。だけど家の向こう側は日本という場所で、人間以外住んでいないところなんだ」
 「人間しかいない……!? その世界のエルフは駆逐されてしまったのか? ドワーフやノームはどうだ?」

 族長が冷や汗をかきながら俺に尋ねてくる。ふむ、実は古代に異種族は居て人間が蹂躙した歴史とか考察するのも面白いなと考えつつ、首を振って答える。

 「いや、元々俺の居る世界は人間しかいないんだ。だから俺からしたらエルフはあり得ない存在と言っていい。文明もこっちがかなり進んでいるのもあるかな」
 「ふむ、確かにお主の服やカバンはかなり精巧に作られておるし、持っておった金属の武器も興味深い」
 「いや、あれは武器じゃないんだ。それに俺は戦ったことなんてないから、あんた達に危害を加えるのも難しいよ。ベゼルさんにあっさり受け止められたし」

 さっき逃走しようとした時のことを話し俺は笑う。だが、ベゼルさんから意外な言葉が飛び出してきた。

 「ん? そんなことは無いと思うけど? さっき受けた腕、実は骨にヒビが入っているんだ。私の筋肉をものともせずヒビを入れられるなんて、ドワーフくらいなものさ。スミタカは優秀な戦士だと思っていた」
 「ええ!? だ、大丈夫なのか!?」
 「はっはっは、自分の力より私の心配をしてくれるとは、確かにスミタカはこちらの人間では無さそうだ。とは言っても、私やネーラのような若いエルフは人間を見たことが無いんだけどね」
 「そうなのか?」
 「うむ。それは後で話すとして、もう少し話を聞かせてくれるかのう」

 最長老のミネッタが微笑みながら話を続けてくれと頼んでくる。

 「後は面白い話は……あ、いや、あるな。エルフたちがお猫様と呼んでいるネコだけど、こっちじゃ有り触れた動物なんだよ。この親子も道端で拾ったし。子ネコはやれないけど、野良猫を連れてくることはできるかもしれない。まあ、それが許されるのかどうかって問題はあるが……」

 言いながら異世界に連れてくるのはまずいか、と頭を掻く。すると、母猫がひと声上げて口を挟んだ。

 『野良猫や捨て猫、後は処分を待っているだけの子ならいいんじゃないかしらね。私達みたいに死んだり、死にかけるよりはのびのびと暮らせるかもしれないわ』
 「そうか……?」
 「まあ、それは後でもいいだろう。話はもうないか?」

 俺が困惑していると、族長が口を開く。その言葉に頷くと、族長がミネッタさんをチラリと見る。視線を受けたミネッタさんが頷くと、話し始める。

 「まあ、それほど面白い話は無いのじゃが、まずはお主と同じ人間のことから知ってもらおうかのう」

 ――この世界、昔は種族というものに垣根が無く、概ね仲良く暮らしていたらしい。だけど、いつしか人間が増えるようになってから歯車がずれ始めた。
 というのも、寿命の長いエルフはもちろん、ドワーフやノームも人間より寿命が長いため、子孫を増やす行為が乏しかったのだ。そのため人間が大陸全土に広がっていくとぶち当たるのは食料や生活圏や土地の問題だ。そこで何を思ったか亜人種を排除して自分たちだけ生き残ればいいと考えたらしい。
 もちろん亜人種達は抵抗したが、増えすぎた人間に勝てるわけも無く、このままでは絶えてしまうとやむなく敗走したとのこと。

 「それがだいたい三千年くらい前かのう。いやあ、あの時は生きた心地がせんかったわい」
 「……大変な歴史だなってあの時?」
 「ああ、最長老様は当時から生きている、いわば生き字引きというやつだ」
 「な……!? マジか!? じゃあその見た目で三千歳を越えている……?」
 「わっはっは! そうじゃな。エルフの寿命は千五百くらいじゃから、二倍くらい生きておるわ! ……ま、どうしてかは秘密じゃ。ワシと仲良くなったら話すかもしれんのう」

 そう言って下手くそな口笛を吹く。にしても、思った以上に人間はヤバいことをしていたと驚愕する。そりゃそんな話を聞かされていたらネーラみたいな若いエルフが騒ぐのも無理はない。

 「で、その時に精霊だったお猫様も殺されてしまったのじゃ。各種族もそうじゃが、我らがこの大陸へ逃げる手助けをしてくれてな。向こうの大陸のお猫は処分され、いくばか連れて来ていたお猫もこの島に巣くう魔物により絶滅してしまったのじゃよ」
 「なんと……」

 崇拝対象を潰して戦意を削ぐ、ってやつらしい。そこまでするかと絶句していると、母猫が口を開く。

 『そう、そして死んだ精霊はやがてこの大陸へ魂だけ渡って来たわ。エルフたちには見えなかったけど、ずっと守って来たの。人間が足を踏み入れてこないのは私の『中』にいる、お猫様の精霊のおかげ。そして向こうの世界で死んだ私の体を使って復活したのよ。もうちょっとで消えかかるところだったらしいから、意識は私の方が前に出ているけどね』
 「みゅー♪」
 「みゃー!」

 微笑みながら母猫はとんでもないことを口にしていた……!? 偶然とはいえ、物凄いファインプレーだと思っていると、ミネッタが俺に質問を投げかけてきた。
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