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その11 危機一髪
しおりを挟む「お、親父!?」
「何? 貴様、親父と言う名前なのか? 珍しいな」
「違う!? ……取り乱してすまなかった。俺は永村住考という」
髭がなくなれば死んだ親父にそっくりなエルフ族の族長、ネーラのおじいさんに俺は深呼吸をして自己紹介をする。
「ふむ……貴様、人間のようじゃがどうしてネーラと一緒に居る?」
「俺はこいつに案内されてここまで来ただけだ。人間嫌いだということも承知している」
「ほう……」
俺が話すと、なぜか横に居た幼女が目を細めて感嘆の声をあげた。訝しんでいると、今度はネーラが口を開く。
「……独断で丘の上にある崖の調査をしていました……ご心配をかけて申し訳ありません。ですが、調査の結果スミタカがあの崖の上にできた怪しげな家に住んでいる者でした。人間ですが、敵対することは無いかと」
お、ちゃんと説明しているなと俺は感心する。
さっきのフローレとかいう子にしたような勘違いはなさそうだと胸を撫で下ろしていると、ずっと俺を睨んでいるフローレが手を上げて口を開く。
「族長! だまされてはいけません! 帰ってこなかったか問うべきかと! ネーラはその男に洗脳されている可能性があります」
「ただの人間にそんなことできるか!?」
「人間はみんなそういいます」
ぷいっと俺から顔をそむけながらいらんことを言う。し、しかし、ネーラも落ち着いているからきちんと説明できるはずだ。
「……確かに、あそこからこの村までは近い。では昨日すぐに帰ってこなかったのはどうしてだ? 監視に時間がかかったのか?」
「はい。やはり得体のしれない場所へ迂闊に近づくわけにもいきませんので……。そしてスミタカとコンタクトを取った後、私は一晩スミタカの家でお世話になったのです。手を焼かせてしまったにもかかわらず、彼は私を受け入れてくれました。ゆえに、信頼できると思いました。それと――」
「お、おい!?」
「なに? 今いいところなのよ」
俺は慌てて止めるが、時すでに遅く、ネーラの発言にその場にいたエルフ全員の頭の上に〝!″がなんとなく見えた。
「ひ、一晩……?」
「はい。すっごく気持ち良くなり、ぐっすり眠りました」
「おらぁ!? コーラのせいだってちゃんと言わないか!?」
俺がガクガクとネーラを揺らすが、ネーラは何かおかしいかと言わんばかりに首をかしげる。駄目だ、こいつはポンコツだ……身の危険を感じた俺は即座に踵を返すと、挨拶をしてこの場を去ろうとする。
しかしその時だった。
「みゅー!」
「みゃー!」
胸ポケットに潜っていた子ネコがひょっこり顔を出してしまった。
「あ!? お、お猫様!? お猫様を連れている!? まだ生き残っていたのね……やっぱり人間だわ、族長。お猫様を根絶やしにするつもりですよこいつ! そして女をとっかえひっかえ孕ませるつもりに違いない! うへへ……」
「違っ!? こいつは俺のペット――」
なんでちょっと嬉しそうなのか分からないが、フローレという子が断固として俺を悪者にしたいらしい。族長の爺さんは目を大きく見開いて怒号を浴びせてくる。
「ペット!? お猫様をペットにしているとは恐れ多い……! 皆の者ひっ捉えて磔に処せい!」
「ま、待っておじいさま! スミタカは! う……」
「ククク……洗脳が解けるまでお休みなさい……」
唯一の理解者であるネーラが怪しい布を口につけられ昏倒する。あのフローレとかいうやつのほうがよほどやべぇ!? その瞬間、エルフたちが俺を取り囲もうと駆け出してくる!
「はっはっは、待ちたまえ!」
「うおおお、やっぱりロクなことにならなかったあ!? 待てといわれて待つやつが居るか!」
「ごもっとも!」
「ちぃ……! ってか筋肉凄いな!?」
「鍛えているからね!」
「くそ……!」
「ふん!」
くそったれ! 俺の放った金属バットの一撃はあっさりパリィングされ、愕然となる。筋骨隆々のエルフとかイメージ狂いもいいとこだ……! し、しかし家はすぐ近く。勝手口にさえ行けば――
「みゃ!?」
「あ!?」
「みゅー!」
胸ポケットから零れ落ちたサバトラを見て俺は急停止し、空中でキャッチする。
「ふう……大丈夫か?」
「みゃー♪」
珍しくサバトラがデレたが、事態は悪い方向に進む。俺は襟首を掴まれ拘束され、子ネコはもう一人のエルフに回収されてしまう。
「さて、捕まえた。ふむ、お猫様を大事にしているあたり悪者ではなさそうだが……族長命令はそこそこ絶対なんだ、悪いな」
「それ、反故にできるやつだろ!?」
「まあまあ、人間は悪いやつだって話だからな。っと、お猫様小さいな」
「みゃー!」
「みゅー!」
「いてて……ひっかかないでくださいよ……」
俺は筋肉達磨エルフに抱えられ、子ネコ達はもう一人のエルフに抱えられて村まで引き返す。
そして――
「処刑なんて理不尽だぁぁぁぁ!?」
「やかましい! ウチの孫を手ごめにしておいて生きて帰れると思うなよ」
「私怨じゃないか! くそ、何もしてないから降ろせ! 帰せ!」
しかし、無言で手をかざすと、足元に火を焚き始める。
「ごほ……くそ、話くらい聞けよ……親父そっくりだな……! 子ネコになんかあったら化けて出てやるからな!」
「安心しろ、お猫様は我らがしっかり面倒を見る」
ごほ……ごほ……! まずい、煙で意識が……こ、ここまでか……やっぱり関わるんじゃ無かった……
俺がそう思った瞬間、磔にされた俺は浮遊感を覚え、ふわりと宙に舞ったような気がした。うっすら目を開けてみると――
「お、お猫様!?」
「おお……!」
――大きな……とても大きな三毛猫が俺を咥えてエルフたちを睨みつけていた。エルフたちが驚きの声を上げていると、俺をそっと地面に降ろす。こいつ、どこかで……?
『この男を傷つけることは私が許さない。それと、私の子は返してもらおうか』
「あ……!」
「みゅー♪」
「みゃー!」
子ネコ達が呆然としているエルフの手から逃れ、座り込んでいる俺の下へとやってくると嬉しそうに膝にのってきた。よしよし、びっくりしたな。しかしそれより、重要なことがある。この大きな三毛猫は【私の子】と言った。それはすなわち――
「お前……あの庭に埋めた母猫、か?」
『うむ。あの時は世話になったな、スミタカ』
そういって目を細めて笑うと、俺の頬をぺろりと舐めた。
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