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その1 お世話になりました。

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 「今までお世話になりました!!」
 「うむ……君が居なくなるのは残念だが、君が決めたことだ。また、いつでも戻って来ていいからな?」
 「ありがとうございます、部長。引継ぎは間違いなく行っているので、きっと恐らく全然問題ないはずです」
 「うう、主任……」
 「これからも頑張ってね? 応援しているわ」
 「みんな、ありがとう……お元気で!」
 「せんぱああい!」

 拍手をもらいながら会社を出る俺こと、永村 住考えいむら すみたか。仲のいい人も居たし、微妙な距離感の人、はたまた嫌われていたなと思う人もいた。
 なぜそんなことになっているのかというと、俺は今日、会社を辞めた――

 なんて、何かのキャッチコピーみたいなことを思い浮かべながら俺は先ほどまで在籍していた会社を振り返りながら笑みを浮かべる。

 「まあ、にやにやして……」
 「近づいちゃだめよ」
 「うー……わんわん!」

 なんとでも言うがいい。俺は明日から自由の身、それを考えれば少し変な人呼ばわりされたくらいで腹が立つはずもない。……いや、嘘ついた。腹は立った。

 それはともかく――

 「しかし、まさか爺さんが亡くなってしまうとはな……二十五年、恩を返すために頑張ってきたのに……」

 ――俺には両親が居ない。

 別に死んでいるって訳じゃない、はず。
 『はず』というのは、俺は育ての親である爺さんと婆さんに拾われた子供だからで、本当の両親の顔は知らない。
 それを聞かされたのは俺が大学に入ってからで、俺を拾った時には爺さん……親父はもう五十を越えていたそうだ。
 それから俺はこのふたりに育てられてきたのだが、俺が二十三歳の時、役目が終わったとばかりに婆さん……いや、母さんが亡くなった。そして先日、後を追うように親父が逝ってしまったのだ。
 母さんは子供ができない体質だったたから子供は養子の俺しかいない。親戚も顔を見たことが無く、遺産は全て俺が受け継いだ。

 で、その遺産が結構凄くて、貯金は保険金を合わせてウン千万、親父はアパート経営をしていたので四部屋あるアパートのオーナー収入が入る。ふたりとも贅沢をしない人だったからなあ……金はあるのに無駄なものは買わない。だけど俺にはめっちゃ金をかけてくれていた……
 俺の初任給で旅行に連れて行ったんだけど、もっといいところに行ったことがあるにも関わらず母さんは満足そうだったのが嬉しかったな。
 
 「あ、思い出すとまだ涙が出るな。明日から大家さん、か」

 そう、俺が会社を辞めた理由は親父のアパート経営を引き継いだからだ。会社に居ても良かったんだけど、貯金はあるしのんびり暮らしていこうかと思ったからだ。家も引っ越しが必要ない一軒家だしな。
 ただのサラリーマンだった俺には超が百個くらいつくくらいの大金……特に趣味らしい趣味が無い俺だから親父たちのように贅沢をしなければ余生を全うできるだろう。

 「これで嫁さんでもいれば文句なしなんだが、そう上手くは行かないな」

 ま、婚活パーティでも参加すればいいかと思いながら俺は帰宅のため歩を進める。とある場所へ行きたいのだがこの荷物では立ち寄れないので明日、行こうと思っている。
 
 どこか? それはペットショップだ。
 親父たちが亡くなってしまい、あの家でひとり暮らすのは少々寂しい。先ほどの話じゃないけど彼女でもいればそうはならないのかもしれないが、すぐには難しい。
 なので、以前から飼いたかった柴犬、それも室内で飼える豆しばを買おうと決めている。母さんが犬アレルギーだったので飼えなかったというのもあるけど、散歩をすれば外に出るだろうから運動不足解消にもなるはずだ。

 「ま、代わりに人と話さなくなりそうだから、会社は辞めなくても良かったんだけどな」

 大家の仕事をしながら会社員は難しいだろうと判断しての行動だ、後悔は無い。大家のノウハウを覚えて復帰してもいいと思う。
 とりあえず仏壇に二人の好物でも備えるかとスーパーへ立ち寄って買い出しをし、帰る頃にはすっかり陽が傾いていた。

 「ふう、数日分の食料を選んでたら遅くなったな。ま、夜更かししても明日から会社に行かなくてもいいんだけど」

 と、自宅付近まで差し掛かった時――

 「みぃ……みぃ……」
 「ん? 今何か鳴き声が?」

 近くに見えるのは公園とゴミ捨て場……鳴き声は動物だと思うが……。俺は立ち止まって耳を澄ましてみる。

 「みぃ……にゃ……」
 「猫?」

 どうやら公園から声が聞こえてきているようで、俺は足を踏み入れる。物騒な世の中なので、平日に公園で遊ぶ子供もいないので安心して徘徊ができる。そんなどうでもいいことはさておき、鳴き声が近くなってきたので俺は周囲に目を向ける。

 「……あそこか?」

 公園にはたいていあるトイレ。その横にくたびれた段ボールがあった。鳴き声はそこから聞こえて来ていた。そっと段ボールを開けるとそこには――

 「みぃ……みぃ……」
 「にゃー……みぃ……」
 「……」

 大きな猫が一匹横たわり、傍には子ネコが二匹大きな声で鳴いていた。その様子を見て、俺はすぐに状況を察し思わずため息が出た。

 「ああ……」
 「みぃ……みぃ……」

 子ネコはまだ眼も開いておらず、必死で母猫であろう大きな猫のお腹に顔をうずめていた。だが、母猫はすでに……

 「こんなにやせ細って……この寒さに耐えられなかったのか……」

 今は二月の半ばである。この季節を野良猫が越すのはかなり厳しい、餌も少なく成猫でもじっと動かず過ごすものだ。そんな中の出産などしたら体力など一気に無くなる。このままだと乳を飲めなくなった子ネコもすぐに息絶えるだろう。

 「保健所に連絡、だな。俺は犬を飼うし、ネコの予定は――」
 「みぃ……」
 「みゅーん……」

 まだ母猫の乳を求めて鳴き続ける子ネコ二匹。可哀想だとは思うが……俺は心を鬼にしてスマホの検索画面を出した。
 
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