119 / 133
LAST FILE
115.
しおりを挟む――地上転送装置
剣と魔法が主だった世界にモルゲンや数人の部下が一つの技術を発展させた。それが『魔技術』というものだ。
その恩恵の一つが転送装置だった。
何故地上へ行く必要ができたのか?
元々、天上と地上の往復はしないという決定だったが、広大な大地はいつか必要になると考えたツェザールの政策でモルゲンへ打診をしたというわけだ。
天上から地上を支配すれば自分は安全圏のまま王座を守れるとも思っていた。
そして『魔法で肉や魚を凍らせると鮮度が落ちにくくなる』という理論からコールドスリープ装置の開発を命じ、それも上手くいった。それを駆使し、老いを遅らせることにより自身の足場は万全だ。
ツェザールは賢かった。他の人間には思いもよらないことを考え、実現しようとする。
だが、その賢さゆえに徐々に傲慢になっていき、自分は特別な人間だと思うようになってしまったのだ――
◆ ◇ ◆
「……ガイラル、大丈夫か?」
「う……ブロウエルさん……もう到着したのかい?」
「ああ。もう十日経過しているぞ」
「え!?」
装置を覗き込みながら感情の無い顔ですでにかなりの時間が経過していたことを口にする。慌てて起き上がると、その場所はすでに何十人者もの地上へ降りた人間達が集まっていた。
「……これから大変な生活になる。巻き込んでしまって申し訳ない」
「いや、構わない。どうせ俺は戦うことくらいしかできない。争いのない天上など退屈なだけだ。それより、今後のことはどこまで考えている?」
「それは――」
「ガイラルさん! あ、お話し中でしたか……」
装置から出て居住まいを正すガイラル。そこでブロウエルに今後の青写真を語ろうとしたところ、慌てた男が話しかけてきた。
「いや、急用なら聞くよ?」
「あ、あの驚かないでくださいね? リストにない装置を確認したので中を見たところ……クレーチェさんと見たことのない赤子が、その、居まして……」
「……!? まさか……そんな……!」
ガイラルは男の肩を掴んで冷や汗を流す。そのまま『こちらです』と案内され、急いで現場に向かうと――
「ううーん……寒かったわね……」
「クレーチェ!!」
「え? ……ガイラル!!」
――そこには天上で別れたはずのクレーチェの姿があった。二人は駆け寄ると抱き合い、お互いを確かめ合う。
「どうして……」
「えっと、その前にこっちに来て」
クレーチェに手を引かれて進むと、そこに一つのコールドスリープ装置があった。覗き込むように言われてガイラルが覗くと、驚愕の表情に変わる。
「……カイルよ……ツェザールがさらってこっちへ送り込んだみたい。それに激怒した兄さんが私を見せしめにこっちへ……」
「……そうか」
クレーチェに聞いた話を少し考えてから呟くように返す。モルゲンならやると考えながら。妹のクレーチェの件もそうだが『自分が大事にしているもの』を壊そうとされた場合、その報復は斜め上を行く。
「ミエリーナが心配だな……」
「うん……」
「その、戻せないのでしょうか? これではこの子があまりにも……」
「それは無理だ。この転送装置をもう一度使うには魔力が足りない。そして向こうの承認が必要だからね」
「そう、ですか……」
「ありがとうヴィザージュ。君は優しいねえ。それじゃまずはみんなを集めてくれるかな? 挨拶をしたい」
「承知しました……!」
男は敬礼をすると、すぐに装置から出た人間達を集め始める。
「ガイラル……」
「……では俺も集めてこよう」
「ありがとうございます」
クレーチェがカイルを抱き上げてガイラルに寄り添うのを見て、ブロウエルが踵を返してヴィザージュについていった。
「まさかこんなことになるとは思わなかったわ……でも、良かった……また一緒で」
「うん。僕もそう思う。カイルには可哀想なことになったけど……」
「いつかミエリーナが追いかけてくるかもしれないし、私達が上に行くことがあるかも。だからこの子は私達が責任をもって、育てましょ!」
「もちろんさ。いつか娘ができたら結婚させるとかもいいかもしれない」
「あら、ダメよ。それはお互いがちゃんと好きにならないと!」
そう言ってクレーチェはカイルを撫でる。そんな話をしていると、ヴィザージュが戻って来た。
「ガイラルさん集まりました!」
「ありがとう。……行こうか」
「うん」
そして一緒に来た人材たちを前に、ガイラルは深呼吸をしてから口を開く。
「まずは僕についてきてくれてありがとう。僕は……僕達はこれから地上の開拓を進めることになる」
「……」
「……」
ここに来たのはツェザールの手の者は誰一人おらず、募集した人間は全てガイラルとの顔合わせもしている。
そして今から口にするのはその時に話したことと同じだろうと誰もが思っていた。
しかし、そうだとしても誰も水を差すことはしなかった。
「最終目標は天上……ツェザールの失脚。そのために僕は開拓を進めると同時に国を興し、戦うための準備を行う。何年……何十年、何百年かかるかわからないけど僕は必ずやる。いわゆる戦争だ。人が死に、家族にも危険が迫るかもしれない。それでも彼をそのままにするわけにはいかない。天上に上がった目的を忘れ、私利私欲のためだけに地上を焼き払うようなことをする暴挙を。それに次の攻撃先はこちらかもしれないのだから。……みんな、よろしく頼む」
「「「おおおおお!! あのいけすかねえ野郎に一泡吹かせてやりましょうや!!」」」
「はい!」
「任せてくれ」
演説が終わるとその場は火がついたように感性が上がった。ガイラルは困った顔で笑って頷くと、自分の背後を振り返っていつか繫栄していたであろう廃墟に目を向ける。
「……ここが出発点だ。君が居れば僕はきっと最後までやり遂げられる」
「ついていくわよ! いつまでもね!」
そう言ってクレーチェがガイラルの背中を叩いて笑っていた。これから起こることなど些細なものだと言うかのように――
◆ ◇ ◆
――それからの生活は過酷だが有意義なものだった。
「僕が王様とはね……」
「自分で国を興すと言ったのだろう? ……いや、陛下」
「ブロウエルさんにそう言われると恐縮しちゃうよ」
復興しつつ、あちこちへ人を派遣し生き残った地上の人達を助けつつ、国を興したガイラルは騎士団を結成し、その団長としてブロウエルを指名した。そのため、彼は態度を改めていた。
「ふふ、それじゃあ私は王妃様ね?」
「そうです。家名も決めるべきかと」
「そうだね……ゲラートなんてどうだろう?」
「どういう意味なの?」
「地上で『楔』の意味を持つ言葉だそうだ。僕……いや、私達はツェザールに対する楔となる。その意味を忘れないようにね」
ガイラルがそういうとクレーチェは頷いていた。ブロウエルも珍しく口元に笑みを浮かべて『よろしいかと』と短く呟く。
こうして地上の一国として『ゲラート帝国』が建国される。
カイルも産まれて間もないことが幸いし、ガイラルとクレーチェと一緒に暮らしていた。
ガイラルとクレーチェやカイル、ブロウエルといった主要人物はコールドスリープ装置を使いなるべく歳を取らずに生きていくことになり、やがて新しい命も産まれていた。
「王妃様、おめでたですね」
「……!」
「あなた……!」
「私の……僕達の子だ……!」
そうして地上が徐々に復興していく。それは充実した日々で、自らの手でもとに戻していく価値は計り知れないものだと、誰もが思っていた。
だが、天上も、ツェザールも動きがないわけでは、無かった――
10
お気に入りに追加
159
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい
一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。
しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。
家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。
そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。
そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。
……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる