帝国少尉の冒険奇譚

八神 凪

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FILE.3 ヒロガルセンカ

58. 

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 『下等種が歯向かうか!』
 「……」
 
 激昂を叩きつけながらカイルにフラガラッハを振るうニック。だが、カイルは刃が触れるギリギリの線を見切っていた。さらにいつものような軽口は無く、虎視眈々と――

 『ぐお……!? 貴様……!』
 
 ――赤い銃で確実に手足を撃ち抜く。そしてカイルは感情の無い目で、

 「……次は頭だ」
 『……!?』

 と、ぼそりと呟きニックの背中に悪寒が走る。
 当たれば斬れる、その距離にいる。なのに、とニックは苛立ちながら距離を取り、フラガラッハを空中へ放り投げて叫ぶ。

 『<フラガラッハ>! 俺の目の前にいる下等種を貫き破砕せよ……!』
 「あれはやべえやつだ! カイル避けろぉ!」

 先ほどよりの枚数の増えた白刃を見てドグルが叫んだ。カイルは小さく首を動かして空を見ると、赤い銃を空に掲げて声をあげる。

 「魔血弾、フルパワー」

 カイルがトリガーを引いた瞬間、銃から赤い閃光が走り、パパパパパ……と、空に浮いていた白刃がまるでガラスのようにあっさりと砕け散る。

 「綺麗……」

 ガイラルの治療を優先しているフルーレが舞い落ちる刃を見てそんなことを言う。逆にニックはその光景を見て驚愕の表情をし、口をあんぐりと開けていた。

 『そ、そんな馬鹿な……!? ”聖血”で作られた武器を……は、破壊しただと……』
 「……」

 膝が震えるニック。だが、容赦なくカイルの赤い刃がニックの首を刈りにいく。

 『うお……!?』
 「チッ、よく動くな……!」

 ニックは慌てて距離を取るが、カイルは確実に追いついてくる。フラガラッハで赤い刃を壊せばと狙うも、

 ガキン!

 『耐える……だと……。何だ下等種が聖血と同レベルの武器を作ったとでもいうのか! うああああ!?』
 「知るか、これは俺のオリジナル、俺だけの武器だ。お前の動きはもう分かった、そろそろ死ね」
 『か、下等種の分際でぇぇ! 死ぬのは貴様だ……!』

 ニックはカイルの言葉を受けて顔を真っ赤にし、金の色の髪を振り回しながらフラガラッハを振るう。


 『届かん……!? たかが下等種が俺と対等に戦うのか、武器だけではないというのか……!? ガイラルめ、こんな人間を作り上げていたとは……!』

 ニックの剣撃は出鱈目で、カイルにはかすりもしなかった。一方、カイルはあくまでも冷静に、そして冷徹に確実に急所を切り裂いていく。

 「す、すげぇ……元技術開発局長ってのは戦闘力もたけぇのか……?」
 「い、いや、現局長のセボックはそうでもない……」

 速度を上げたカイルにドグルとオートスが息を飲む。大隊長クラスの強さ、下手をするとそれ以上。上層部を皆殺しにした過去を聞いてたはいたが、日和見でロクに戦闘をしない今の上層部なら自分でもできるかも、とひそかに思っていただけに衝撃だった。
 
 そして――

 「どうした、俺を殺すんじゃなかったのか!」
 

 腕、胴、足を切り裂き、耳を削ぎ、その剣は周囲に風を巻き起こす。もはやフラガラッハを持つことさえ許されず、取り落としたことすらも気づかず、ニックは文字通りズタズタにされた。子供のように両腕で執拗に狙ってくる首を守るのがやっとだ。


 『ぐえ……うあ……こんなはずは……ガ、ガイラルを殺し、帝国を掌握した後『遺跡』を全て解放するための足掛かりにするつもりが……あ、ああああああああああ!?』
 「終わりだ」
 『ま、まだだ……! ……!? き、貴様、その目、その目は……まさか……!?』

 カイルが短く呟き、ニックが悪あがきに掴みかかろうとしたが、カイルの顔を見て青ざめ動きを止めた。次の瞬間ザクン、という鈍い音と共にニックの胸から血が噴き出し、仰向けに倒れた。

 『あ、あ、そ、んな……何故……俺に剣を向けるのです、か』
 「……? なんのことだ?」
 『き、記憶が……ないの、か……そ、それとも……。い、いいですか、その目、あなたは――』


 ニックが恐怖のまなざしをカイルに向けて手を伸ばす。急な変わりように動揺をするカイルだったが、これなら情報が聞けるかと手を伸ばしたその時――

 『が……!? ガ、ガイラルぅぅぅ……! う、ぐ……』
 「皇帝!? お前生きて――」
 「さらばだ、ニック可哀想な子よ。お前のことは……忘れんぞ」
 『お、俺は一体……? ガ、ガイラ――』

 伸ばしかけたカイルの後ろから、ガイラルがニックの心臓に剣を突き立てていた。ガイラルがぐりっと剣を返したところで血しぶきがあがり、ガイラルの顔に鮮血がほとばしると……ニックは絶命した。

 カイルは目を細めてガイラルの背中を見つめていたが、ガイラルが剣を抜いたところで声をかけた。

 「……こいつ、何か言いかけていた。それを聞いてからでも良かったんじゃないか?」
 「構わん。こいつが知っていることは『それなり』でしかない」
 「何故そんなことを……いや、いい。そより、俺の目に何かあったか?」
 「……」

 カイルはガイラルに尋ねるが、無言のまま踵を返し、そのままイリスを抱いているエリザの下へ向かう。

 「おい、待てよ!」
 「……カイル、広範囲兵器の準備は?」
 「俺の話を聞けよ」
 「後でいくらでも聞いてやる。撃てるか?」

 ガイラルが厳しい目をカイルに向け、短く聞く。カイルは憮然とした表情をして頭を掻くと、ため息交じりに答えた。

 「一応、魔通信機でおやっさんに頼めば投下できる。だが、ここだと俺達も巻き込まれるぞ」
 「ほう」

 ガイラルは一言呟くと、目の前に迫ってきた大隊長のヴィザージュとアンドレイに指示を出す。

 「敵将はカイル少尉が排除した! 残りの兵が平原に居ないかオートス少佐とドグル大尉と共に確認だ。必要なら馬車を使え。その後、国境まで撤収! カイル少尉は帝国兵が撤収した後、広範囲兵器で遺体を焼き払え」

 「……」
 「……」

 ポカンとした顔で大隊長のヴィザージュとアンドレイ、そしてオートスとドグル。四人が呆然としていると、ガイラルは剣を地面に突きつけて大声で叫ぶ。

 「何を呆けている! 復唱!」
 「あ、は、はい! 兵の回収に向かいます! オートス少佐、行くぞ!」
 「了解であります!」
 
 アンドレイとドグルも馬を駆り周辺の捜索に向かう。シュトーレン国の兵は撤退していたので死体の山ばかりであった。

 「ふう……。くっ……」
 「皇帝! ……あんた、傷が」
 「無理をしたな……歳は取りたくないものだ。済まんなカイル」
 「……」

 支えるカイルの手に皇帝の血がぬるりと付着し、顔をしかめる。こいつは何故無理してまでニックのトドメを刺したのか、と。そこへエリザとフルーレがやってくる。

 「カイル、見事だった。父上、大丈夫ですか?」
 「ダムネさんと隊長さんも傷は深いですけど、生きています! 犠牲は多かったですけど、シュトーレン国に勝ったってことでいいんですよね……?」

 フルーレが不安げに言うと、ガイラルが口を開いた。

 「シュトーレンに赴かねばならんがな。まあ、降伏は間違いないだろう、この草原に町を一つ作って国境を伸ばせば――」
 「国の拡大ですか? それより傷を治して――」

 ガイラルの先を見た発言に苦笑するエリザ。

 その時――

 『う、うううう……!』
 「イリス? 目が覚めたのか、良かった!」

 エリザに抱かれたイリスがうめき声を上げ始め、カイルが安堵する。しかし、その呻きは激しさを増し、イリスはエリザを弾き飛ばした。

 『あああああああああ!』

 「きゃ……!?」
 「エリザ!」
 「エリザ隊長!」
 
 フルーレがエリザを抱きとめる、転ぶことは無かった。だが、地面に降り立ったイリスはがくがくと体を震わし、ぶつぶつと何かを呟いていた。

 『センメツモード、キドう。これヨり、タチハダカるチジョウ、じンの、ハイジョをカイシしマす』
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