帝国少尉の冒険奇譚

八神 凪

文字の大きさ
上 下
35 / 133
FILE.2 ワスレラレタムラ

34. 

しおりを挟む


 <村長の家>


 「……帝国兵……ここへ連れて来たのはお前か? 手紙にお前の名前があった、とやつらは言っていたが……」

 「さっきも言った通り、『私』は知らないわ」

 村長のエスペヒスモはマーサを睨みつけるように見るが、マーサは涼しい顔でそれを受け流す。舌打ちをし、エスペヒスモはドカッと椅子に座りぶつぶつと口を開く。

 「あと一息なのだ……準備は整っている……なら奴らを最後にことを起こすか……?」

 「……私は行くわ。あの人達を案内しないといけないし」

 「おい、待てマーサ! ……くそ、なぜ私の言うことを聞かんのだ……!」

 苛立ちながらまた立ち上がり、椅子を蹴飛ばしながら自室へ向かう。鍵付きの金庫を開け、その中にある大ぶりの玉ねぎくらいの大きさをした青と赤の珠を手に持ち口をへの字に曲げる。

 「これさえあれば……」



 ◆ ◇ ◆



 「……」

 屋敷を出たカイル達は村の真ん中にある広場まで移動していた。無言で前を歩くカイルが立ち止まると、フルーレが先ほどのことをようやく口にする。

 「もう、お茶をこぼすなんてお行儀が悪いですよカイルさん!」

 いい香りだったのに、と愚痴を零すフルーレに、呆れた様子でカイルがフレーレへ言う。

 「馬鹿言うな、出されたものをホイホイ口にする兵士がいるか。……あのお茶、紅茶に見せかけているけど麻薬の類によくある匂いが少しあった。幻覚か麻痺か……それはわからないけど、飲んでいたらどうなっていたかわからないぞ」

 カイルの説明に背筋が冷たくなるフルーレ。そこへイリスが虫網をぶんぶん振り回していた。

 「こら、人に当たるからやめないか」

 『なんか虫がわんわん飛び回っていてうっとおしいのです』

 「きゅん! きゅきゅん!」

 「まあ、森の奥にある村だしな。あ、すみません、ちょっとお話を――」

 「……」

 カイルが農作業をしている村人へ声をかけると、カイル達を一瞥した後スッと家の中へ消えていった。

 「感じ悪いですね……」

 「他の人は――」

 と、村を見渡すと、他の村人も遠巻きに見ているだけで近づけばサッと離れていく。

 『私が捕まえてきましょうか?』

 「虫を掴まえるのとは違うんですよイリスちゃん。元々予定に無い村ですし、休憩場所として考えておきますか」

 「そうだな。いざとなれば接収する手も使うか。どうにもこの村は怪しい」

 『……お父さん、マーサさんです』

 イリスがカイルの後ろを指さし、振り返るとそこにはマーサが立っていた。

 「疲れたでしょう? 宿泊する家を案内するわ」

 「……そりゃどうも」

 カイルは腰の銃をさすりながらマーサの後をついていく。ほどなくしてとある家の前に立った。

 「ここを使っていいわ。……村人はあまり外からの人間を好まないの。話があるなら私が教えるわ……ベッドの上でもいいわよ?」

 フフ、と妖艶な笑みを浮かべるマーサにフルーレが激昂する。

 「だ、ダメですよ! こんな狭い家にそんなことをしたらイリスちゃんの教育に良くありません!」

 「あら、じゃあ、居なければいいの?」

 「そこまでだ。こういう子だからからかわないでもらえるかい? 話はまあ、どっちでもいい。明日にはお暇させてもらって村を接収させてもらう」

 「……」

 不敵に笑うカイル。マーサは肩を竦めて家の鍵を開けて入って行く。

 「……出られるといいけどね、この村から」

 「なんだと?」

 マーサの口から不穏なことが告げられカイルは訝しむ。

 「とりあえず入って。詳しいことは中で……」



 ◆ ◇ ◆


 <ゲラート帝国>


 「……ふむ、フィリュード島を調べようと思ったが資料が残っていないな。さほど大きくない島だ、似たような事件が以前にもありそうなものだが……」

 エリザは休憩を利用して城内にある図書館に来ていた。手紙の件もそうだが、広すぎるということは無い島で魔獣が増えすぎているというのがどうにも気になっていた。
 
 「お、これは島の歴史が載っているのか? ふむ……元は無人島……そこへ帝国の開発が進んだ、か。ふうん、五十年前には確立していたんだな」

 フィリュード島は現地人もおらず、木々の生い茂るのみの無人島だったと記され、当時の開発状況が記されていた。海岸沿いに町を作り、森の開墾のため村を設置したと。

 「島に物資を運ぶのは大変だったろうな。しかしあの島が中継地点として使えるおかげで南にあるボルゲイン国との交易ができるわけだが」

 エリザは資料を進めていき、大きく目を見開く項目に注目した。

 「森の奥に作られた村、全滅……? なんだ?」

 記事を読んでいくと、こう書かれていた。

 ――森の開墾で作っていた村が、突如として現れた魔獣の大群に襲われ全滅した。遺体による疫病を回避するため村は焼き払われた。その後、森の中は危険だということで開墾を中止し、沿岸沿いの開発が積極的に行われた――

 「……犠牲者が載っているのか? ……!?」

 エリザが犠牲者の一覧に目を向けた瞬間、驚愕で立ち上がり資料を取り落とした。その名前の中には『マーサ』と書かれていたからだ。

 「偶然か? しかし魔獣が増えている状況は今回も同じ……同名の人間がいてもおかしくはないが……」

 コンコン……

 「……誰!」

 「残されたものが事実、とは限らないものだよエリザ」

 「父上……!? 最近よく姿を現しますね? 私があなたを許しているとお思いですか? カイルの手前気にしないようにしていますが」

 「そう怖い顔をしてくれるな娘よ。私はカイル君との交際は認められないだけでふたりを憎く思ってなどいないよ?」

 「……よく言いますね。最初は歓迎していたのに……心変わりした理由はなんです?」

 「それは時期が来たら教えてやるつもりだ」

 「では今回の任務は、フルーレ中尉を私の代わりにあてがうつもりですか? 魔獣の調査にかこつけてくっつけようと……」

 エリザが牙を剥くと、皇帝は口元に笑みを浮かべて口開く。

 「さて、上層部はなにか考えているようだけどな? あの島の真実を教えてやろう――」

 「――!? で、では、魔獣が増えたというのは……」

 「あとはカイル君が調査をしてくれることを願うばかりだね。……イリスちゃんもいるし、帝国の失態を消してくれるとありがたいんだが」

 そう言って皇帝は図書館を出ていく。エリザも後を追うように外に出て、その足を上層部がある建物へと向けた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...