魔兵機士ヴァイスグリード

八神 凪

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第三章

第121話 抵抗か服従か

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「まさかエトワール王国の騎士様が救援に来ていたとは……」
「遅くなり申し訳ありません。ですが、グライアードの人間を抑えることができました」

 夜明け後、奇襲をかけたエトワールの騎士が町の長を助け出し、応接室にて事の詳細を説明していた。
 王都陥落、王女の脱出、グライアードの侵略といった簡潔かつ重要な話を口にすると、集まっていた町の人間は助かった安堵と、今後の不安を胸に同居させていた。

「少し傷は残りましたが犠牲は最小限だと思います。ありがとうございました」

 ザナックと会話をし、地下牢のオニール達の解放に手を貸してくれたギルドマスターのハンスもこの場に参加し、頭を下げた。

「数人の娘さん達が酷い目にあったようですが、抵抗した者は斬り伏せました。それで溜飲を下げてもらえたらと」
「現状が好転しただけでも、と言い聞かせるしかありません。ボルアも迷惑をかけたようですしな……」
「本人はまだ?」
「そちらの騎士様と一緒に病院で眠っておりますわい」

 ボルアとザナック、それとカンは特に怪我が酷かったためすぐに病院に担がれた。
 数時間経った今でもまだ目は覚めていないとのことだった。

 鉱山の一件で救援を呼んだ鉱夫達が一連の話をし、ボルアの独断で窮地になったことが発覚。その場にいた人間は呆れるか怒りの表情を見せるなど様々であった。
 実際、ボルアの言う「食い扶持」としての鉱石を無償で提供するのは難しい。
 かといって、相談も無しで『町に事情を伝えなかった』というのは違うのだ。 

「では、今後のことですが――」

  そう言って騎士は事前に決めておいたことを口にする。
 今後、この北の町である『ルルナ』はエトワールの協力をしてもらうようにお願いした。
 アウラとの会議で、鉱石は出来る限り購入することも視野に入れているなどだ。
 逆に、安全を手に入れられるならと有力者は口にする。
 
 だが――

「しかし、王都から逃げてきた騎士殿には申し訳ないが守れる保証はないのではないか?」

 手を上げて発言を得た陰気な男がそんなことを言った。男の言うことも一理あると頷く者も居たが、ここまでやってきたエトワールの騎士達は答えを用意していた。

「おっしゃることも分かりますが、すでにあなた方はグライアードの連中に痛い目を見せられた。やつらはこの国を蹂躙することに躊躇がない。我々が力不足というのは重々承知ですが、何かしても、しなくても彼らはやってきます。強制はできませんがどうか判断を誤らないでいただきたい」
「……」
「……むう」

 頭を下げる騎士を見て唸る人々。状況が悪いということに変わりはないが、できることはあるはずだと騎士は言う。
 今回のように運が悪いパターンを除けば迎え撃つ準備はできるであろうとも。
 そこでハインが手を叩いて口を開く。

「ここで議論を重ねても仕方が無い。現実問題、町は襲われた。人も死んだし、女性も暴行されている。指をくわえて見ているわけにもいかないということさ」
「うむ。ハイン殿の言う通りだ。どうも奴等は男は皆殺しにするつもりだったらしい。投降したところで命の保証はない。ここは協力して乗りきろうではないか」

 オンディーヌ伯爵も協力するという話も功を奏したようで、結果的にルルアの町は鉱山を含めてアウラの傘下となった。
 
「ま、後は嫌かもしれねえがグライアードの連中とカンの野郎はここに常駐させてもらうぜ。カモフラージュには弱いかもしれねえが、攻めてきた時に『ここはあいつらがすでに占拠している』と見せかけられるしな」
「あの巨人ですな。そちらの親子の活躍と聞いています」
「いえいえ、ちょっと鉱石を分けてもらえればいい話ですから♪」

 ヘッジが策を口にすると、今回の功労者に名が入るであろうバスレーナが調子にのる。
 説得の決め手になった要因の一つでもあるため、この態度も分からなくはない。

「調子に乗るなっての」
「あいた!?」
「はっはっは、危うく捕まるところだったからなあ」

 が、ヘッジに頭をはたかれてバスレーナはしゃがみこんでいた。
 そしてギャレットが笑いながらギリギリの発言をした。ヘッジはそれを聞いて、

「さすがに驚いたぜ」

 と、ため息を吐く。

「処女は守り抜くつもりでしたよ……! 痛っ!?」
「結果論だろうが。ったく、まあギャレットさんともども無事で良かったけどよ。戦士でもないのに無茶すんなよ?」

 さらにバスレーナが妙なことを言い、また叩かれていた。
 ギャレットとバスレーナは顔を見合わせてからヘッジに頷き返していた。

「さて、ひとまずグライアードの連中の処遇を決めませんとね。鉱石で魔兵機《ゾルダート》を修理するならギャレットさんは拠点ですかね。ヘッジさんは?」
「オレはここに残るぜ。色々と話をしておきたい奴もいるしな」

 そう言って煙草に火をつけようとするヘッジに、ハインがフッと笑って指摘する。

「ここで煙草は駄目ですぞ」
「おっと、町を救ってもルールは変えちゃくれねえか」
「ですな。では、各自町に通達。これからが本番だとな――」

 こうしてルルアの町は、ひとまず平和を取り戻すことができた。
 町の人間は王都陥落に青ざめていたが、やらなければやられるのだとハイン達、冒険者が触れ回ることによって一体感を出し始めていた。

 そして、ザナック達が目を覚ましたのはそれから数日後のことであった。
 運よくボルアとカンも一名を取り留めていた。
 
「……俺の娘を襲った男は殺して埋めた。貴様等のようなクズは死ぬべきだ……!」
「我等騎士は国の為に働くのが使命。そしてお前達は降伏した。なにをされても文句は言えん」
「クソが……!」
「相手になるぞ……! ぐあ……!?」
「いたたたた……!?」

 病院のベッドで目が覚めた二人は言い合いをしていた。カンは命令でやっていたが部下の管理ができていなかったことを。ボルアはそれに対しての報復。
 両者とも脛に傷がある者同士の罵り合いをしていた。

「おい、なんでこの二人を一緒にしてんだ……まあ、娘さんは気の毒だったが、相手を殺したのであれば痛み分けだと思うしかねえな」
「娘の気持ちも分からん奴が――」
「……あんまり騒ぐんじゃねえって。な? 娘さんが気の毒なのは承知の上だ。それはオレ達が弱かったから、選択を間違えたからだ。だから吠えるんじゃねえ」

 様子を見に来たヘッジが頭を掻いて見ていたが、ボルアが発した言葉を聞いて顔色が変わり、ボルアの胸倉を掴んですごむ。

「う、むう……」
「……貴様、裏切り者の騎士か。俺達は悪いと思っておらんぞ」
「ふん、あんたの行動はグライアード側から見たら別に悪いわけじゃねえしな。エトワール側から見たらとんでもねえ悪人だがよ」
「ほう」

 悪びれもせず語ったカンだが、ヘッジはそのことについては肯定も否定もしなかった。カンは片眉を下げた後、一言呟いていた。

「ま、隊長さんは拘束させてもらうが、傷が癒えたらちょっと仕事を頼むぜ?」
「……ふん」

 ――北と南の町を救出したエトワールの一行はひと時の安息を得るに至る。しかし、グライアードの軍勢との戦いはまだはじまったばかり――
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