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第一章

第9話 強襲

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「――多重層装甲はもう少し見直すか。爆発反応装甲はS装備がいいか。高機動を活かすとしてもコクピット周りはフレーム強化を――」

 宴会の後、エルフォルクは研究室で電灯をつけずに調整業務を行っていた。
 今日のテスト結果公開はWDMに対する成果の発表という側面があり、本人も緊張して臨んでいた。
 その結果は上出来といって差し支えないものだった。そのためモニターの灯りに照らされた彼女の顔には普段の仏頂面と違い、口角がほんの少し上がっているのが見えた。酒のせいかもしれないが、高揚しているのは確かだろう。

「……ん?」

 そこで研究室に入室を告げるコール音が響いてハッとなるエルフォルク。

「こんな時間に、誰だ?」

 時間は二十三時。
 研究員の拘束時間は二十時までなのでよほどの物好きか大量の残業が残っている者くらい。何者か顔を見てやるかと椅子を回転させてその人間を待つ。

「お疲れ様です、エルフォルク局長。上手いこといきましたね」
「ギルか」

 暗闇から現れたのは自分の片腕であるギルだった。彼は『メビウス』初回の襲撃の際、装甲の破片を持ち帰る提案をし、自ら取りに行った男である。

「そうだな、これはいい傾向だと思う。それよりこんな時間にどうした? 宴会が終わって戻ったんじゃなかったのか?」
「そのつもりだったんですけど、ちょっと緊張して眠れなくて。局長はここに居ると思いましたからちょっと、ね」
「私もそれほど長くやるつもりはないがな。さて、折角来てくれたわけだし君も労っておこう。ここまで私を支えてくださって助かったよ。本当にありがとう」

 エルフォルクは椅子から降りてギルに頭を下げた。するとギルは笑いながらエルフォルクの肩に手を置いて答えた。

「こちらこそ貴重な研究に参加させていただきありがとうございます。他の研究員も誇りに思っていますよ」
「そうか……。過酷な作業量だったがそう言ってもらえると気が楽だよ」
「ええ。……それで、例の件は考えてもらえましたか?」
「……」

 ギルが顔を近づけて笑みを浮かべると、エルフォルクは視線を外して眉を顰めてからやんわりと肩に載せられた手をどけながらモニターへ向かう。

「すまないな。そのことは以前断った時と変わらない。ノーだ。私は誰とも恋仲になるつもりはない」
「……まだ彼が忘れられないんですか? タカヤナギは死んだんですよ? それに彼は既婚者だった! あなたが入り込む余地は――」
「黙れ」
「……っ」

 エルフォルクは振り返らず、冷たい声で制止する。言葉を詰まらせるギルへ告げる。

「私はあいつの仇をとらなければならない。確かに私はシンジに好意を寄せていたが既婚者だった。……一緒に研究をするだけでも良かったんだ。だが『メビウスやつら』はやってくれた」

 だから消滅するまで、叩き潰さねばならないと首だけ振り返ってギルを見る。
 その眼《まなこ》は復讐ではなく『決意』だと、彼は喉を鳴らす。

「分かったなら去れ。聞かなかったことにしてやる。……すまないな」
「くっ……!」

 エルフォルクがそれだけ告げてまた仕事に戻ると、ギルは歯がみしながら駆け出していく。

「……色恋沙汰をやっている暇は、我々にはないんだ。それを分かってくれ――」

 それだけポツリと呟いて手を動かすエルフォルクだった――

◆ ◇ ◆

「クソが……! あの鉄面皮女、馬鹿にしやがって……。タカヤナギ……あいつが居なければ俺がトップだった! さらにフェルゼの中で顔もいいと言われる俺を拒否するだと……!」

 無重力の通路で壁を叩きながら激昂するギル。彼がエルフォルクが好きだというのはその通りだった。だがその昔、高柳 真司がフェルゼ・ゼネラルカンパニーに入社した時から歯車が狂いだした。
 圧倒的才能で技術開発のトップに立ってしまい。当時のトップとナンバー2だったエルフォルクとギルがあっさり追い抜かれたその時からいつかと腕を磨いてきた。
 
「……七日後は実戦訓練だったな――」

 ギルは虚空を睨みつけながらそんなことを口にしていた――

◆ ◇ ◆

「さて、いよいよお披露目ってやつだな!」
「ええ。実際の戦闘で有用性を見せるテストよ。相手はラウダー小隊の五人ね」
「上手く行きゃ俺達の部隊《チーム》に補充もあるってよ」

 エイヴァとケーニッヒがコックピットのモニターに顔を映し、そんなことを言う。
 補充されればテストも分担――

「馬鹿野郎。これ以上お守りは要らねえよ! ……俺達だけでも十分だってことを見せてやろうぜ」
「フフ、隊長が燃えていまスね! ワタシも頑張りまっス!」
「おう、いい気合いだユーシェン!」
「フォーメーションはシミュレーション通り。私がバックでフロントは隊長とリク。サイドはケーニッヒとユーシェン」

 一番最後尾のエイヴァが一番『目』利くのでフォーメーションが崩れている時なんかは的確に指示してくれる。
 というかガルシア隊長は戦術の部分は甘い(一人で突っ込むから)ので勉強中という……。それまでは彼女に頼んでいるというわけ。

<『ヴァイス』全機起動を確認。発進シーケンス>

 そんな話をしているとオペレーター……若菜ちゃんの声が入る。いよいよ本格的な運用だ。

「よし、行くぞお前達……!」
「「「イエッサー!!」」」

<ガルシア小隊『ヴァイス』発進します。頑張ってリクさん!>
「くぅ……!」

 ブースターが点火し、引っ張られるような感覚を覚える。直後、カタパルトの上を機体が滑り、程なくして宇宙空間に飛び出した。

「さあて、ぶん殴ってくるかねえ」
「油断は禁物よ。ラウダー小隊は撃墜数トップクラスだから」
「こっちの機体は最新鋭だぜ? ……お、来たな」

 フェルゼのあるグレイスⅢから出撃した俺達だが、ラウダー小隊は戦闘艦で先に待機していた。
 そのラウダー小隊のブースターの光が迫ってくるのが見えた。お互い特殊なペイント弾で被弾率を測定するのだ。

「ふう……」
「気負うなよリク。俺達のテスト対戦は伊達じゃなかったってことを見せてやるチャンスだ」
「……はい!」

 だが――

<敵、接近。距離1000>
「行くぞ!」

 AIから敵機接近の警告が告げられ俺達は武器を構える。するとそこでオペレーターの若菜ちゃんから悲鳴に近い声が上がる。

<ま、待ってください! この反応は……『メビウス』の機体です!?>
「なんだと……!? いったいどこから出てきた! ラウダー小隊はどうした!」

 この声はオールトー将軍だ。試験を見に来ていたのか? 俺が困惑していると司令塔の音声に切り替わる。

<ラウダー小隊は『メビウス』の攻撃を受けて足止めを食らっている! そこから抜けてきたのが四機! ケーニッヒ殿のナックル以外はペイント弾だ撤退しろ、今増援を送る!>

 四機もか……!? 俺が驚愕していると、ガルシア隊長の通信が入る。

「撤退だ……! ここでこいつを壊すわけにはいかん!」
「ラジャー! 新型ブースターなら……。な、なんだ!?」
「どうしたリク!」
「推力が……上がらない――」
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