39 / 105
第39話 もぬけの殻
しおりを挟む
「……そろそろ帰るか」
『ふああああああ……そうだな。おい、髭が凄いことになっているぞレン』
「ふむ……」
少し薄汚れたフリンクにそう言われて顎に手を当てると、じょりっとした感触が手に伝わった。
キャンプ生活十日目となった現在、昼過ぎに起きた俺はボサボサになった髪を搔きながら立ち上がる。
建てた小屋の窓を開けて空気を入れ替えているとフリンクが巻き付いてきた。
「なんだ? 渋い声の割に甘えたがるよなお前」
『甘えている訳ではないぞ。こうして健康状態をチェックするのだ』
「フリンクの方が危ういけどな。ちょっと臭うぞ」
『ば、馬鹿な……!?』
夜中に海へもぐっていたせいか、だんだんと臭いを発するようになってきた。ただ、イルカは哺乳類なので魚臭いということはないけど。
「俺は近くの川で水浴びをしていたけど、シャツはちゃんとした石鹸で洗わないとダメだな」
『俺は臭いがわからんから気にしていない』
「噴気孔《はな》はあるのにな」
『ぴゃ!?』
俺が苦笑しながら噴気孔を抑えると、フリンクはびっくりして離れていった。
小屋の隅で歯をカチカチさせだしたので、近づいて鼻先を撫でてやる。
『ふう……急に塞ぐんじゃないぜ……』
「悪い悪い。さて、十日も留守にしていたし、そろそろほとぼりも覚めるころだろ。夜になったら帰ろう」
『わかった。しかし、これだけ海に出たのは久しぶりだったな。とても楽しかった』
「そりゃ僥倖だな。まあ、たまにはいいかもしれないな」
『夜限定だがな』
フリンクがヒレをパタパタさせながら笑う。よほど楽しかったのだろう、口とヒレは納得しているが、尻尾は納得していなさそうな感じで垂れていた。
というわけで土産を持って帰るかと、森でウサギや鹿の魔物を倒して肉にしておいた。
そして深夜――
「魚も獲れたし、土産にはもってこいだな」
『魔動器の冷凍に突っ込んでおいてくれ』
――ダメ押しでもう一度海へ赴き魚を獲って来た。
アジやサンマにハマチ、タイといった魚屋によく並んでいるものを20匹ほど。
イカやタコも獲れるが、基本的にフリンクが好きな魚が多い。
魔動器も冷凍を有しているので保存も利くため、無駄にはならないのだ。
「到着か」
村の上空に差し掛かり、俺達は周囲を確認しながらゆっくりと降下する。
待ち伏せがあるかとも考えたが、それは杞憂だったようで気配は無かった。もちろんイルカ・アイやイヤーも使っている。
「ん? おかしいな……」
だが、そこで俺は違和感を覚えた。そのまま庭へと降り立ったが、やはりおかしい。
『……父上と母上の気配が無いな?』
「ああ……。灯りがついていないのはまだわかるが、そもそも家の中に人が居ない」
こんな深夜にお出かけということは無い。
それに両親が旅行に行くという話も聞いていないし、あまり出かける夫婦じゃないから万が一の可能性も薄い。
となると、なにかあったと考えた方がいい。
「とりあえず踏み込むか。誰も居ないのは確定しているしな」
ご丁寧に鍵はかかっていたので、玄関を開けてそっと中へ。灯りが出る魔動器に魔力を通して光を得ると――
「な、なんだ!? 家具がなにもない!?」
『なに? ……うおおお!? お、俺のお気に入りの枕がないだと……!?』
それこそ冷蔵器も、リビングのソファーも、キッチンの調理器具も俺の本や服などなにもなくなっていた。
「ど、どういうことだ……?」
さすがの俺もこれには動揺した。なんだかんだで俺達を可愛がってくれている両親なので夜逃げは考えにくい。
「夜中に散歩……どころじゃないな……?」
『おおおお……いや、今は枕のことより両親だ! 誘拐か強盗か知らんがぶちのめしてやる……!!』
「気持ちはわかるが……ん? こいつは――」
咆哮するフリンク。
そんな中、周囲を観察しながら狼狽えていると、キッチンに紙があることに気付いた。
「こいつは……?」
『手紙か?』
「そのようだ」
肩越しからフリンクが覗き込んできた。俺は構わず封を切ると、折りたたまれた上等とは言えない紙に文章が綴られていた。
『レンとフリンクへ。お母さん達はカイ様に連れられて丘の上の屋敷に引っ越しました。屋敷に荷物や家具を持って行ったので帰ってきたら屋敷に来てね』
「なんだと……!?」
『カイか? 記憶は消したはずだが』
「……裏で手を引いたヤツがいるな。まあ、考えるまでもないが」
恐らくサーラだろう。
どういうことか分からないがやはりあいつは『分かっている』らしい。
この前の結界破壊で迂闊に顔を出したのはまずかったか。
――とはいえ
「まあ、別に悪いことをしている訳でもないし、あの人たちが悪い人物ってことでもないし緊張感を持つ必要もないか」
『そうだな。む、まだ手紙に続きがあるぞ?』
「おっと、確認しておかないと」
『追伸:おやつのグップレは冷魔動器の中にあるので食べてね』
「いや、それ持って行ってるじゃないか!?」
『相変わらずの母上だな』
フリンクが大きな口を開けてハハハと笑っていた。
さて、それじゃ屋敷へと向かうとするか。
『ふああああああ……そうだな。おい、髭が凄いことになっているぞレン』
「ふむ……」
少し薄汚れたフリンクにそう言われて顎に手を当てると、じょりっとした感触が手に伝わった。
キャンプ生活十日目となった現在、昼過ぎに起きた俺はボサボサになった髪を搔きながら立ち上がる。
建てた小屋の窓を開けて空気を入れ替えているとフリンクが巻き付いてきた。
「なんだ? 渋い声の割に甘えたがるよなお前」
『甘えている訳ではないぞ。こうして健康状態をチェックするのだ』
「フリンクの方が危ういけどな。ちょっと臭うぞ」
『ば、馬鹿な……!?』
夜中に海へもぐっていたせいか、だんだんと臭いを発するようになってきた。ただ、イルカは哺乳類なので魚臭いということはないけど。
「俺は近くの川で水浴びをしていたけど、シャツはちゃんとした石鹸で洗わないとダメだな」
『俺は臭いがわからんから気にしていない』
「噴気孔《はな》はあるのにな」
『ぴゃ!?』
俺が苦笑しながら噴気孔を抑えると、フリンクはびっくりして離れていった。
小屋の隅で歯をカチカチさせだしたので、近づいて鼻先を撫でてやる。
『ふう……急に塞ぐんじゃないぜ……』
「悪い悪い。さて、十日も留守にしていたし、そろそろほとぼりも覚めるころだろ。夜になったら帰ろう」
『わかった。しかし、これだけ海に出たのは久しぶりだったな。とても楽しかった』
「そりゃ僥倖だな。まあ、たまにはいいかもしれないな」
『夜限定だがな』
フリンクがヒレをパタパタさせながら笑う。よほど楽しかったのだろう、口とヒレは納得しているが、尻尾は納得していなさそうな感じで垂れていた。
というわけで土産を持って帰るかと、森でウサギや鹿の魔物を倒して肉にしておいた。
そして深夜――
「魚も獲れたし、土産にはもってこいだな」
『魔動器の冷凍に突っ込んでおいてくれ』
――ダメ押しでもう一度海へ赴き魚を獲って来た。
アジやサンマにハマチ、タイといった魚屋によく並んでいるものを20匹ほど。
イカやタコも獲れるが、基本的にフリンクが好きな魚が多い。
魔動器も冷凍を有しているので保存も利くため、無駄にはならないのだ。
「到着か」
村の上空に差し掛かり、俺達は周囲を確認しながらゆっくりと降下する。
待ち伏せがあるかとも考えたが、それは杞憂だったようで気配は無かった。もちろんイルカ・アイやイヤーも使っている。
「ん? おかしいな……」
だが、そこで俺は違和感を覚えた。そのまま庭へと降り立ったが、やはりおかしい。
『……父上と母上の気配が無いな?』
「ああ……。灯りがついていないのはまだわかるが、そもそも家の中に人が居ない」
こんな深夜にお出かけということは無い。
それに両親が旅行に行くという話も聞いていないし、あまり出かける夫婦じゃないから万が一の可能性も薄い。
となると、なにかあったと考えた方がいい。
「とりあえず踏み込むか。誰も居ないのは確定しているしな」
ご丁寧に鍵はかかっていたので、玄関を開けてそっと中へ。灯りが出る魔動器に魔力を通して光を得ると――
「な、なんだ!? 家具がなにもない!?」
『なに? ……うおおお!? お、俺のお気に入りの枕がないだと……!?』
それこそ冷蔵器も、リビングのソファーも、キッチンの調理器具も俺の本や服などなにもなくなっていた。
「ど、どういうことだ……?」
さすがの俺もこれには動揺した。なんだかんだで俺達を可愛がってくれている両親なので夜逃げは考えにくい。
「夜中に散歩……どころじゃないな……?」
『おおおお……いや、今は枕のことより両親だ! 誘拐か強盗か知らんがぶちのめしてやる……!!』
「気持ちはわかるが……ん? こいつは――」
咆哮するフリンク。
そんな中、周囲を観察しながら狼狽えていると、キッチンに紙があることに気付いた。
「こいつは……?」
『手紙か?』
「そのようだ」
肩越しからフリンクが覗き込んできた。俺は構わず封を切ると、折りたたまれた上等とは言えない紙に文章が綴られていた。
『レンとフリンクへ。お母さん達はカイ様に連れられて丘の上の屋敷に引っ越しました。屋敷に荷物や家具を持って行ったので帰ってきたら屋敷に来てね』
「なんだと……!?」
『カイか? 記憶は消したはずだが』
「……裏で手を引いたヤツがいるな。まあ、考えるまでもないが」
恐らくサーラだろう。
どういうことか分からないがやはりあいつは『分かっている』らしい。
この前の結界破壊で迂闊に顔を出したのはまずかったか。
――とはいえ
「まあ、別に悪いことをしている訳でもないし、あの人たちが悪い人物ってことでもないし緊張感を持つ必要もないか」
『そうだな。む、まだ手紙に続きがあるぞ?』
「おっと、確認しておかないと」
『追伸:おやつのグップレは冷魔動器の中にあるので食べてね』
「いや、それ持って行ってるじゃないか!?」
『相変わらずの母上だな』
フリンクが大きな口を開けてハハハと笑っていた。
さて、それじゃ屋敷へと向かうとするか。
51
お気に入りに追加
187
あなたにおすすめの小説
転生した元社畜ですがタッチの差で勇者の座を奪われたので紆余曲折あって魔王代理になりました ~魔王城の雑用係の立身出世術~
きのと
ファンタジー
社畜だった俺が転生したのは、大人気RPG『ワイバーン・クエスト』。これからは勇者としてがんがんチートする予定が、なぜか偽勇者として追われる羽目に。行く場をなくした俺は魔王城で見習い雑用係として働くことになったが、これが超絶ホワイトな職場環境!元気すぎるウサ耳の相棒、頼りがいある上司、セクシーなお姉さまモンスターに囲まれて充実した毎日を送っていた。ところがある日、魔王様に呼び出されて魔王城の秘密を打ち明けられる。さらに魔王代理を仰せつかってしまった。そんな大役、無理だから!どうなる、俺の見習いライフ⁉

転生したら神だった。どうすんの?
埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの?
人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

神々に見捨てられし者、自力で最強へ
九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。
「天職なし。最高じゃないか」
しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。
天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅
あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり?
異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました!
完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます
みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。
女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。
勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~
夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。
「聖女なんてやってられないわよ!」
勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。
そのまま意識を失う。
意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。
そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。
そしてさらには、チート級の力を手に入れる。
目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。
その言葉に、マリアは大歓喜。
(国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!)
そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。
外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。
一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい
桐山じゃろ
ファンタジー
魔王討伐を成し遂げた魔法使いのエレルは、勇者たちに裏切られて暗殺されかけるも、さくっと逃げおおせる。魔法レベル1のエレルだが、その魔法と魔力は単独で魔王を倒せるほど強力なものだったのだ。幼い頃には親に売られ、どこへ行っても「貧民出身」「魔法レベル1」と虐げられてきたエレルは、人間という生き物に嫌気が差した。「もう人間と関わるのは面倒だ」。森で一人でひっそり暮らそうとしたエレルだったが、成り行きで狐に絆され姫を助け、更には快適な生活のために行ったことが切っ掛けで、その他色々が勝手に集まってくる。その上、国がエレルのことを探し出そうとしている。果たしてエレルは思い描いた悠々自適な生活を手に入れることができるのか。※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる