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第六章:『神霊の園』

その104:激情の勇者

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 「え?」
 
 私はただ一言、そう呟くしかできなかった。
 
 なぜかフェルディナントさんがザガムさんの胸を貫き、ゆっくりと、胸から血を流しながらザガムさんが後ろに倒れていく。

 完全に倒れ、血だまりが少しずつ出来てきたところでようやく私を含めて意識が覚醒する。

 「ザガムさん!?」
 「ちょっと、嘘でしょ!?」
 「あわわ……」
 「ザガム様ぁ!?」

 私達が駆け寄ろうとすると、フェルディナントさんは立ちふさがるように一歩前へ出てくる。
 出会った時と違い、嫌らしい目を私達に向けてくる。背筋が寒くなるような視線に冷や汗が出たけど、私は大声を出す。

 「ど、どいてください! なんでこんなことをしたんですか!?」
 「あんた……」

 ルーンベルさんが睨みつけると、フェルディナントさんはゆっくりと口を開く。

 「ふふふ……ザガムは私を義父だと君達に説明していたみたいだけど、違う。仕方なくそう説明するしかなかったんだよ」
 「ど、どういう……」
 「私の名は大魔王メギストス。ザガムが倒そうとしている仇だからだよ。いやあ、勇者を使って倒そうとは中々いい考えだと思うよ」
 「……!?」

 だ、大魔王!? この人が!?
 
 「な、ならユースリアさんは……」
 「ああ、ユースリアにも喋るなと脅して同行させてもらったのさ」
 「そんなはずは……」
 「ルーンベルさん?」

 そこでルーンベルさんが訝しむ声を上げたので私が尋ねるも、

 「う、ううん、何でもないわ。それよりザガムを早く助けないと」

 焦ったように私の肩に手を置いた。確かに今はそこは関係ないかと、すぐに身体を動かす。

 「ルーンベルさんは右からお願いします!」
 「分かったわ!」
 「ふふ……無駄だよ?」
 「わ!?」

 部屋の入口から左右に分かれて救出に向かうと、見えない壁に阻まれて中央から進めなくなってしまった。
 
 「ちょ!? なんですかこれ!? イザールさん! ザガムさんを助けてください!」
 「ハッ!? しょ、承知しまし――」
 「動くな」
 「うぐ……!?」

 イザールさんならと思い声をかけるも、大魔王の手から出た魔力の鎖のようなもので首を絞められていた。

 その間にも段々血だまりは大きくなり――

 「ん。おお、良かったザガムの呼吸が止まったね。これで私も枕を高くして眠れるよ」
 「は……?」

 不意に壁が無くなり、私とルーンベルさんは前のめりにたたらを踏む。大魔王は立ったままで不敵に笑い、私達がザガムさんに近づくのを止めることもしなかった。

 「ザガムさん! ザガムさん!」
 「<ヒーリング>!」
 
 傷は心臓から少し外れている……けど、風穴があいていると言っても過言ではない胸にルーンベルさんが青い顔で回復魔法をかける。
 私も必死に声をかけるけど、ザガムさんの顔色は土気色になっていく……

 「嘘……」
 「ダメ……もう息を、してない……死――」
 「ザガムさんザガムさんザガムさん! 起きてくださいよ! ザガムさんはずっと強かったじゃないですか! 私を助けてくれたし、お嫁さんにしてくれるって……言ったじゃないですか……」
 「ははは、残念だったね。ザガムは死んだ、折角生かしてやったのに私を倒そうなどとつまらないことを考えるからだよ。……そえに、あの壁を破れないなら、勇者の君も大した力は無さそうだ」

 大魔王の軽い口調が耳障りだ……。
 人を殺しておいて自分のことばかり……だからザガムさんのご両親を殺したのも楽しむから? 
 命を狙ったから殺した……ザガムさんが目立ちたくないって言ってたのはこうなることが分かっていたからなのかもしれない。

 「女の子に手を上げるのは趣味じゃないから、このまま帰らせてもらうよ。それもと一緒に来るかい? ふふふ、君たちは可愛いから――」
 「うわあああああああ!!」
 「――ごふ!?」

 気づけば私は大魔王の顔面を殴っていた。
 感情で強くなる。
 そうザガムさん達は言っていたせいか、今の私は怒りで頭が煮えたぎるように真っ赤になっている。

 「笑うなぁぁぁぁぁ! ザガムさんを……ザガムさんを返せぇぇぇぇ!」
 「うぐお!? 速い、そして重い拳……怒ったかいファムちゃん? ぐっ……」
 「うるさい! うるさい! 死ね! 死ね……! 仇を取ってやるんだ、ザガムさんの仇を!!!」
 「ファ、ファム……」
 「殺してやる殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――!!」
 「これは……中々……!」

 大丈夫、私の攻撃が通る!
 私の動きはザガムさんが今まで見ていたのを踏襲している。今までは体が追いついてこなかったけど、勇者の力か、体が軽いし力も湧き上がってくる……!

 「いてて……流石に勇者か、ザガムと同じくらいの力があるねえ。その力の使い方は覚えておくんだよ?」
 「なにを!」

 一旦引いた大魔王に、私は腰の剣を抜いて刺し貫こうと踏み込んでいく。
 
 「フッ……」
 「くっ……」

 だけど私の剣は左手を貫いたところで止められた。

 「うんうん、いいね。これなら『大魔王』を倒せるかもしれない。まだ『怒り』だけど、これが一番分かりやすいから悪いけどザガムには痛い目を見て貰った。もう一度言うけど、その使い方は覚えておくんだ」
 「さっきからなにを……!」
 「……感情は人を揺さぶる。それが大きな力になるんだ。ザガムはあと一息。それで私を越えることができるだろう」
 「え? ……きゃあ!?」
 「ファム!」

 大魔王のよく分からないことを言いながら私を蹴り、大きく後ろに吹き飛ばされた。だけど、ルーンベルさんがクッションになってくれ、倒れているザガムさんの横に転がる。

 「ではそろそろお暇させてもらおうかな」
 「ま、待って……ザガムさんの……仇を……」
 「ザガムは仮死状態。後は彼次第。『彼女』に会えば――」
 「……? あ!?」

 寂し気に呟いた大魔王が天井に穴を開け、そのまま空を飛んで、この場から立ち去った。
 
 「あ、ああ……に、逃げた……?」
 「う、うう……」

 尻もちをついていたイスラさんがようやく声を出し、イザールさんが膝をついた。
 私はその様子を見ながら、ザガムさんに手を伸ばした。

 「ザガム、さん……」
 「う、うう……」

 あの一国の兵士や騎士を相手にし、魔族も倒せるザガムさんが一撃で倒され、死んだ。大魔王は仮死状態だと言っていたけど、息をしていない。
 もう、帰って……こない……の?

 「う、うああああああん! ザガムさん!」

 「今の爆発はなに!? え!? ファムちゃん、ザガム!?」

 私がザガムさんの胸で泣き出した瞬間、ユースリアさん達が入って来た。
 
 『彼女』に会えば……大魔王はそう言っていたけどどういう意味なのか、私には分からなかった――
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