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第五章:陰湿な逃亡者

その93:聖女

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 ――ザガムの屋敷――

 「……それで、メギストス様どうしますか?」
 「んー、帰ってこないねえ。流石に20日も待つとは思わなかったね」
 「なにか事件に巻き込まれているんですかね」
 「ルックレス、なにか知らないかい?」

 結局、馬車の定員にひっかかり一緒に行くこと無く留守番をすることになったコックのルックレス。
 彼がお茶と菓子を運んできたところにメギストスが尋ねる。
 ユースリアがザガムの姉というのはマイラ達が知っていたのであのまま屋敷に駐留していた。

 「そうですね。僕が聞いているのはルーンベルという女性が屋敷から飛び出してそれを追いかけるために出ていく、とだけ。まさかこんなに帰ってこないと思いませんでしたが」
 「ルーンベルさん、なにがあったのかしら?」
 「どんな子なんだい?」
 「えっと、確か聖女見習いで、ちょっと前まで奴隷だったんです。それをザガムとファムちゃんが買ってしばらく暮らしていた、って感じですね」

 ユースリアがメギストスの質問に、お茶を一口啜りそう答えるとメギストスは口元に笑みを浮かべながら口を開く。
 
 「勇者が女性で聖女……女難は続く、かな?」
 「え? どういうことです?」
 「ザガムの性質だよ。アレは少々特殊でね、女性が集まってくる傾向にあるんだ。まあ、呪いとも言うべきものだから私でも嬉しいものじゃないけど」
 「呪い……ザガムは一体なんなのですか? 義父であるメギストス様はなにかご存じなのですか?」

 ユースリアが訝しむと、

 「まあね。あの子の両親については良く知っている。容姿は母親似、かな? 残念なことに女性を引き寄せるのは父親似……呪いだ、あの強さは……両親のものを受け継いでいるけど」
 「はあ……。 ……!?」
 「メギストス様?」
 「ん? どうしたんだい?」
 「……いえ、なんでも、ございません」

 ルックレスは『父親』のことを口にした瞬間、メギストスの目が憎悪に満ちていたのを見逃さなかった。ユースリアは気配を感じ、一瞬で背筋が寒くなる。

 「(ザガムは拾ってきたと言っていたけどあれは嘘? この人はザガムの両親を知っている口ぶりだった……)」
 「うーん、聖女となると……グェラ神聖国、か。私達も追ってみようじゃないか。ルックレス、君も来てくれ。……気になることもある」
 「構いませんが……どうしてまた……」
 「……はい」

 元の笑顔に戻ったメギストスだが、ユースリアは小さく頷くのが精一杯だった。


 ◆ ◇ ◆


 ――グェラ神聖国

 豊かな自然があると言えば聞こえがいいが、実際には山が多く、過ごしにくい地域ばかりなので開拓は困窮を極める。
 ただ、切り開けさえすれば土地は余っているので欲しがる国は引く手あまた。
 しかし、この国に君臨する聖女の力により武力という行為に対抗しうるため侵略戦争に発展したことはこの500年無い。この聖女の選定は30年に一度、前聖女の美しさが無くなる前に行われる――

 「……って話みたいですね。観光パンフレットに書いてます」
 「そうか」

 ファムが知っているのかと思ったがそうではなかったらしい。
 あえてパンフレットに書いているあたり、聖女の力に自信があるのだろうと思う。
 
 「ま、見栄を張っているのは間違いないけどね。聖女様は本当に力があると思うけど」
 「そういえば『君臨する』ということは女王なんですねえ」
 「まあね。だからこそ資料による勝算はあると思うんだけど。いわば女性の敵よ? 聖女様が黙っていないと思うわ」
 
 後ろを歩くルーンベルが淡々と告げ、進んでいく。
 するとイスラが俺の横に立って口を開いた。

 「でも、ザガムさん、でしたっけ? それとイザールさん。城に入れるんですか? 女性だけとかありそうですけど……」
 「大丈夫よ、あそこには男の大臣も居たから」
 「聖女様かあ、綺麗な人なんでしょうね」
 「私も顔を見るのは初めてかな?」

 そんな話をしているうちに城に到着した俺達は謁見を許可され、中へ通された。
 神殿のような居心地の悪さを感じる。
 魔族の俺にとっては、だが。

 「うう……眩しいにゃ……」
 「うふふ、目が痛いですわねぇ……」
 「むう……ザガム様、どこか休憩を……」
 「わあ!? メリーナさん達大丈夫ですか!? 急に具合が悪くなったです!?」

 使用人もダメだった。
 
 「すまない、この三人は別室で休ませてくれないか?」
 「かしこまりました。ではこちらへ」

 神官の女が三人を連れて別室へ連れて行ってもらい、俺達はそのまま突き進んで謁見の間へ。
 
 「お連れしました」
 「お入りなさい」

 柔和な声をした女の声がしたと同時に扉が開かれ、中に招き入れられた。

 「失礼します」
 「はい、どうぞ。初めましてわたくしがこの国の女王であり聖女、クラフィアート=チェリオです」
 
 白い豪奢なドレスを着た女が微笑みながら自己紹介をする。
 薄緑のウェーブがかった髪に、タレ目がちな目。小さな唇はまるで作られた人形のような錯覚さえ覚えるほどに美しかった。
 ……俺の苦手な女という存在を具現化したような、そんな人間という印象だが。
 そんな一個人の感想などどうでもいいとばかりに、ルーンベルが膝をついて頭を下げた後、口を開く。

 「クラフィアート様、初めまして。私の名はルーンベル。今はこんな格好をしておりますが、聖女見習いとして『神霊の園』に居た者になります。お耳に入れたいことが……」
 「……そういえば出奔した者の名前がそうだと、聞いておりますが……」
 「……っ。それには理由がありまして、これを」

 微笑みながらも目は笑っていない、か。思うところがあるのかもしれないが……

 「(だ、大丈夫なんでしょうね!?)」
 「(わ、わかりませんよ……。でも、やっぱりすごくきれいな人ですね!)」
 「(もー! この部屋、魔法の結界もあるし早く……出たいんだけど)」

 ひそひそと話している中、ルーンベルが資料を手渡す。
 反応は……どうだ?
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