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第三章:堕落した聖女

その50:冥王ザガム

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 『ど、どうしてこの短時間にここを……!?』

 折れた爪を抑えてよろけるアムレートが顔を歪めて呟く。
 俺はルーンベルの背中をさすりながら口を開く。

 「ファムには万が一はぐれた場合を考えて『魔力坤』という道具を持たせていてな、俺の魔力を込めているから位置の探索が容易にできるようになっている」
 「ふう……ありがと。そんなの見たことが無いんだけど……」
 『……貴様、魔族領に行ったことがあるのか? 魔力坤は向こうでしか生成できないものだぞ』
 「旅をしていた時に少しな。さて、ファムを大人しく返せば見逃してやってもいいぞ」

 俺がそう言うと、ルーンベルが俺の足を蹴りながら激昂する。
 
 「なに馬鹿なこと言ってんのよ! 村一つやられているのよ? あいつは倒しておかないと他にも犠牲者が出るっての!」
 「おい、止めておけ」
 「うるさい……! 【我の前に立ちふさがりし不浄の者よ消え去れ】<ホーリーアロー>!!」

 ルーンベルが走りながら中クラスの魔法を唱え、四本の青白い矢がアムレートへと飛んでいく。見習い、という割には詠唱も早いし魔法の威力は高いな。

 『ぐぬ!? シスター風情が生意気な! ガァァ!』
 「うっそ!? 全弾ヒットして突っ込んでくるの!?」
 『貴様の血から吸ってやる、干からびるまでな!』
 「<ホーリーウォ――>」
 『遅い! ……なに!?』

 防御魔法の詠唱中に掴まりそうになっていたルーンベルとの間に入り込み、その手を打ち払い蹴り飛ばしてやる。

 「詠唱が必要なら動きながら距離をとって撃つべきだ」
 「分かってるわよ! ならあんたも戦いなさいよね」
 「仕方ないな。お前は下がっていろ、さっきの【聖言】で魔力が少ないのだろう」
 「……バレてたか、援護と回復魔法くらいはできるから」
 「任せる」

 俺は前傾姿勢になると一足でアムレートの下へと向かい、顔面に拳を叩きつけてやる。

 『速く重い拳だと!? 貴様は一体何なんだ! <ブラッディカース>!』
 「む」
 『はははは! この血煙を浴びたところから重くなるぞ! ……はあ!』
 「そこだ」
 
  赤い煙が触れたところがずしりと重くなり、アムレートの攻撃を躱すのが難しくなってきた。
 打ち払うことは出来るが攻撃に転じれず、人間の力まで落としているのでこれが限界だろう。

 「ルーンベル、俺がこいつを引き付けている間にファムとそこの老婆を頼む」
 「わ、分かったわ! さ、お婆さんこっち!」
 「え、ええ、ファムちゃんを連れて行かないと――」

 俺がアムレートを抑えているとルーンベルが走り、老婆がファムの下へと向かっていく。

 『ダリーニャ! 貴様ぁぁぁ!』
 「……ファムちゃん、しっかりして」
 『おのれ【王】になる邪魔はさせんぞ……!!』
 「【王』だと……? こいつ、霧に――」

 殴り合いをしていたアムレートが体を霧に変えてファムを抱き起こす老婆へ襲い掛かかり、察したルーンベルが魔法を放つ。
 
 「<ホーリーアロー>! ……くそ! 霧じゃ効果が無い!? ならもう一度【聖言】を」
 『邪魔だ!』
 「きゃああああ!?」
 「くそ、身体が重い……」

 ルーンベルが霧にまとわりつかれた瞬間全身をズタズタに引き裂かれ膝をつく、

 『くく……悪くない血の味だ、お前も後でゆっくり頂いてやる。だが、まずは勇者だ……!!』
 「アムレート!!」
 「いけ……ない……」
 
 ルーンベルがそう呟き、老婆が殺されると思った次の瞬間――

 「あ、ううあああ!?」
 「ファムちゃん!?」
 『勇者が盾に!?』
 「……!!」

 ――目を覚ましたファムが老婆と体を入れ替え、代わりに肩を貫かれていた。

 そして、その光景が目に入った俺の頭に不鮮明な場が映し出される。

 (……ムを殺させは――)
 (馬鹿な女め……! もうお前に用は――)

 床で尻もちをついている子供を庇うように立ちはだかった女の胸が、酷くしわがれた声をした男の剣で胸を貫かれる。

 子供の後ろに立つ俺には女と子供の顔は見えず、剣で刺した男の顔はもやがかかったようになっていてまったく見えない……酷く虚ろな鮮明でない映像……

 そして子供に倒れこむ女――

 女の噴き出した血により濡れる子供――

 その子供が俺の方へ首を曲げようとしたところで――

 『ふ、ふはは! これは僥倖! ……美味い血だ、このまま我が眷属にしてくれる……!』

 目の前が元の洞窟に戻り、アムレートの耳障りな声が聞こえてきた。
 うるさい声だ……『もう少しだったのに』
 気持ち悪い……頭が熱を出し朦朧とする……ファム……

 俺は頭を抑えながら吐きそうになる気持ちを抑えつつアムレートを見据える。
 すると、目の前がぶれて――

 『ん……!? な、なんだ? この息苦しい威圧感は……!?』
 「ザ、ガム……さん……? おばあちゃん……良かった……」
 「ファムちゃん! ごほ……ごほっ……」
 「ザガム……? う、うう……苦しい……」
 『お、お前……その姿は……な、なんなんだ……!?』
 「……【王】になりたいのだろう? ファムの力を吸収より、俺を倒した方が早いぞ」

 口調は冷静に務めているが、今の俺の頭は怒りで満ちている。
 こいつを殺せと、俺の邪魔をしてファムを傷つけた魔族を殺せと頭の中が熱くなっていく。

 『う、おおおおおお……! <ブラッディネイル>!』
 「遅すぎるな。攻撃とはこうするものだ」
 『き、傷一つつかないだと!? おぶ!?』
  
 殴って吹き飛ばしたアムレートの髪を掴んで起き上がらせると、そのまま何度も腹へ拳を打ち付ける。

 『うごぉ!? がはっ!? ……この! ぐおおおお!?』
 「な、なんなの……? く、黒い鎧に……あの禍々しい魔力……」
 「……どうした? 【王】になりたいのではなかったのか? その程度で死にかけるとは」
 『な、何者なんだ……人間に……わ、私がこうも簡単に……反撃すらできぬとは……』
 
 俺はアムレートの髪から手を離し地面に落としてから蹴り飛ばすと、石ころのように飛んでいき壁にぶつかる。

 「俺はザガム。【冥王】ザガム=クリヤリール六人の【王】の内の一人だ」
 『な!?』
 「なんですって……!?」

 驚くアムレートとルーンベルには構わず、俺はアムレートへと足を進める――
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