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第三章:堕落した聖女

その37:勇者ファム

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 「ファム、水棲系の魔物はいざ倒そうとすると意外と厄介でな、冷静な状態であれば移動速度も速いから捉えること自体中々難しい」
 「そうですね、川魚を獲るにしても釣り竿が無いと手づかみは難しかったですもん」
 「ああ。さらに魔物になると体こうもあるし攻撃力も高い。お、丁度動きがあったな。あいつが今日の依頼品だ」

 1.5メートルほどの魚が飛び上がって水面に浮かんでいたカエルを一飲みする光景に出くわして俺は満足気に頷くが、隣に立つファムは目を丸くして俺の袖を引っ張る。

 「ちょ、大きくありません!?」
 「あいつは魔族領の海に行ってから産卵のため各地の川に戻るらしい。海で生き残った屈強なサーモンだから魔物化してあれほど大きくなる」
 「はあー、自然って凄いですねえ……」
 「では見本で一匹獲ってくるか。魔法が使えれば一番いいが、ファムは使えるか?」
 「いやあ、教えて貰ったことがないので……。あ、昨日見せてくれた火魔法は使えますよ!」
 「ふむ、なら今からやる方法は役に立つはずだ」

 俺はファムの胴体くらいの大きさをした岩を持ち上げて川の中央にある岩に立つ。
 今朝調べたところ、深さは俺の腹くらいまであるので中々深いのだが、この大岩を他の岩にぶつけるとだ――

 「あ! 浮かんできましたよ!」
 「フッ! それ、そこだ!」
 
 「シャァァァァア!!」
 「ザガムさん、活きのいいやつが横から!」
 「問題ない」

 襲い掛かって来た一匹を拳で殴り、そのまま岸へと吹き飛ばしてやるとファムがびっくりして飛びのいた。
 その間に俺は浮いて来た二匹を肩に担いでファムの下へ。

 「……という感じで水中で大きな音の振動をおこしてやると気絶、悪くても動きが鈍くすることができるのだ」
 「な、なるほど……うわ、近くで見るとやっぱり大きいですね」
 「デーモンと呼ばれるくらいのことはある。見てろこの歯を、噛まれたら肉が引きちぎられるぞ」
 「ひええ……そ、それじゃ次は私の番ですね……!」
 「まあ、装備はきちんとしているし、Eランク相当の魔物だからそんなに気負わずにな」

 ファムにそう言うと、彼女は唇に指を当てて不思議そうに俺の顔を見てくる。

 「結構ザガムさんの修行って地味ですよね? 剣術とか魔法の修行とかすると思っていたんですけど。ほら、ザガムさん滅茶苦茶強いし、その秘密とかで」
 「馬鹿なことを言うな。前にも言ったが俺だって最初から強かった訳じゃない、地味だが少しずつ強くなった」
 「あはは、そうですよね……はあ、そんなにうまくいかないかあ」
 「ぼやいていないでまず一歩だ」
 「はーい!」

 ファムはすぐに元気になって自分の頭と同じくらいの岩を探し当てて軽い足取りで川へ向かったので俺も傍についておく。

 「よーし、頑張ろっと!」
 「油断するなよ。……む」

 俺は数時間で一匹獲れるかどうか、という予想をしていたが――

 「たあ! とぉりゃぁ!」
 「グェァ!!?」
 「シャァア……」

 なんと、岩をぶつけて浮かんできたデーモンサーモンを剣で弾き飛ばして丘へ上げ、襲ってきた個体はスィートビーを倒した時のように串刺しにして俺がそうしたように陸へぶん投げた。

 「わー! これ、簡単でいいですね! えっと、依頼は五匹でしたっけ? この程度ならもう二、三匹獲ってお昼に焼きませんか?」
 「いい案だな、頼む」
 「オッケーです!」

 そう言ってまた岩をぶつけるファムは楽しそうにデーモンサーモンを獲ろうと舌を出す。

 ……確かに狩り方としては簡単な方だが、言うのとやるのとでは頭で分かっていてもすぐに実践できるものではない。

 「……スィートビーの時も俺が教えたことはすぐに実践できていた気がする。もしかすると勇者の力はすでに覚醒しているのか……?」
 「あああああ!? 深い!? ザガムさん助けてぇ!?」
 「……気のせい、か」

 調子に乗ったファムが足を滑らせて川に落ちたのを回収しながら、俺は肩を竦めてそう呟いた。

 ◆ ◇ ◆

 「うう……ダメだった……」
 「ダメ、ということはないぞ二匹獲ったのは正直驚いた」
 「本当ですか? えへへー……っくしょ!」
 「とりあえずテントで着替えてこい」
 「このままでいいですよ? すぐ乾くと思いますし、着替えも無いし」
 「下はいいが上は良くないな、仕方ない俺の下着を貸してやる」

 収納魔法を呼び出し、ファムにシャツをとタオルを渡してから着替えるように言うと、何故か嬉しそうにテントへ入っていく。

 「ちょっと大きいかな、でもこれがいいや」
 「町に戻るまで我慢だ。……ん?」

 『おおおおお……』
 『イタイ……イタイよう……』

 声がすると思い空を見上げると、俺の作った結界の端に昨日のゴースト共がくっついていた。

 「またか。昼間から出るとはよほど未練があるのか……それとも操られているかだが」
 「なにが出たんですか?」
 「なんでもない。目標は達成した、テントをたたんで町へ帰るぞ。デーモンサーモンは戻ってから調理してもらうとしよう」
 「はい!」

 結界は俺が立ち去れば数時間で消えるので、追いかけてくることはない。荷物は俺の収納魔法で持って帰るので昼前の今なら早く帰れるだろう。

 「持たなくて良かったんですか?」
 「行きで覚えたろうから帰りは無しだ。それに魚はすぐにダメになるからな」
 「ふふ、師匠なのに優しいですよね」
 「厳しくしすぎても意味が無いんだ、特にまだ村娘より少し強くなっている程度だからな」

 俺の言葉にファムが『少しは成長しているんだ』と呟き微笑む。
 その顔に、一瞬、いつも女性に感じる胸のざわつきを感じ――

 「そういえばゴーストって結界を張ってからでなくなりましたけど、あのままなんですか?」
 
 ――る前に、話を切り出されて俺は目を逸らして答える。

 「ゴーストは未練があればそのまま彷徨うことになる。そのうち悪霊……レイスとなれば悪さをしだすな」
 「なんとかならないんでしょうか……死んでもゆっくり眠れないなんて可哀想です……」
 「こればかりは俺でもどうしようもない」

 そんな話をしながら歩き、やがて町に到着した俺達は依頼を完了させた。

 「大きいねお父さん!」
 「ああ、魚屋が喜んで買ってくれるぞ。では、これが報酬だ」
 「助かる。……ああ、コギーこれをやろう」
 「え? あ、ホワイトピーチだ、これ美味しいんだよね! くれるの?」
 「ひとつしかないがな」
 「ありがとうザガムお兄さん!」

 コギーは大きなピーチを両手に抱えて俺に笑いかけてきたので、片手を上げてその場を立ち去った。

 「クリフが子供に土産の一つも持って帰れと言っていたからな」
 「そうなんですね。それを真面目にやるなんてやっぱり優しいですよ。それじゃ遅いですけどお昼にします?」
 「そうだな、デーモンサーモンを焼いてくれるか聞いてみよう」

 さて、次の修行はなにをするか……そんなことを考えていたのだが、翌日――
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