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第二章:勇者
その20:勇者と冥王
しおりを挟む――昨日はギルドから帰った後、特にやることもなかったので17時くらいには就寝して今日に備えていた。
城に居た時は朝晩のトレーニングを欠かさなかったが、迂闊に動くわけにはいかないので自重している。
「今は6時か……簡単な食事なら食べられそうだな、降りるか」
部屋に鍵をかけて食堂へ行くと、受付の女性にすぐに食べられるものがないか声をかけてみることにした。
「すまない、急ぎで食べられるものはないか?」
「おはようございますー。昨日も夕食に来ませんでしたね、簡単なものでしたらバターロールにコーンスープなんてどうですか?」
「それでいい。昨日は依頼で疲れていたから寝てたんだ」
「ふふ、睡眠は大事ですもんね。少し待っていてください」
そういうと女性はすぐに焼きたてらしいパンとスープを運んでくれ、昨日の朝よりこっちの方が好きだなと思いながら宿を後にしギルドへ。
「そういえばファムは依頼を失敗していたな。今日も来るだろうか? ……いや、俺には関係ないことだ」
ギルドが見えたところで不意に昨日のケガした娘を思い出してそんなことを口にしていたが、俺は頭を振ってから扉を開ける。
まだ早いせいか受付にはオーラムしかおらず、昨日の女、クーリの姿が見えないうちにオーラムへ話しかける。
「来たぞ」
「早っ!? まだ6時半だから流石に来ていないですよ!?」
「いや、それならそれで――」
「お、おはようございます」
「……おや、噂をすれば、勇者様が来られましたよ」
「なに……?」
問題ないと言おうとしたところで背後から声がかかり、オーラムが渋い顔で声の主を『勇者』と言ったので、俺はサッと振り返ってみる。するとそこには見慣れた顔があった。
「あ、ザガムさんじゃないですか! おはようございます、昨日はありがとうございました!」
「おはよう、ファム。大したことじゃないから礼はいい」
……と、顔には出さないが少し動揺している俺がいる。今、オーラムは勇者が来たと言った。周囲を見渡しても俺とオーラム、そしてファムしか見当たらない……まさか……
「あれ? ファムとお知りあいだったんですか? 会ったことが無さそうな言い方だったのに」
「え? どういうことです?」
「ザガムさんは君を探していたんだよ、勇者に会いたいと言って昨日から待っていたんだ」
「ええー!? じゃ、じゃあ昨日言ってくれれば良かったのに……」
「いや、俺はお前が勇者だということは知らなかったんだ。……本当に勇者なのか……?」
「あ……はい……」
表情を曇らせながらファムは首から下げているギルドカードを掲げたので目を向けると、ランクを表示する部分に『勇者』と認定された印があった。
昨日ファムはゴブリンの討伐に失敗したと言っていたのでかなり能力が低いということだ。話に聞く勇者ならゴブリンどころか【王】を倒すことも容易いはず。
しかしファムは大魔王の討伐どころか俺にすら勝てないだろう……。
「そう、なのか」
「……う」
いかん、動揺して恐らく今の俺は物凄くがっかりした顔をしているに違いない。ファムはもう泣きそうになっているので、俺はすぐに気を取り直して話を続ける。
「昨日知り合ったお前が勇者とは世間が狭いな、お前に話があったのだが……」
「どういったご用件かはわからないですけど、多分お役に立てません……すみません」
「……むう」
元気は回復しなかった。それどころかさらに暗くなってしまい俺が困った瞬間、オーラムが口を開く。
「ま、そういうことなんです。彼女は確かに勇者と言われていますが、実力はEランク相応しかありません。国王陛下も最初はこの国で勇者が出たと喜んでいたんですが、ゴブリン退治すら失敗するほど役に立たないとなると――」
「オーラム、言い過ぎではないのか?」
「……色々あったんでね。分不相応な依頼を受けられる身にもなってくださいよ……」
昨日話した限りでは嫌味を言いそうにない人物だったが、ファムとはなにか確執があるようだな。いや、思い返してみればオーラムだけじゃなく、ギルドに居た人間達は俺が勇者の話をしている最中、嘲笑が起こっていた気がする。
「それじゃ、Eランクのザガムさんの目にも適わなかった勇者様はなんの依頼を受けるんですかね?」
「あの、ゴブリン退治を……」
「またですか? 昨日失敗して、今日達成できるわけありませんよね?」
「き、昨日はおなかがすいていたから、です。今日は大丈夫、私、勇者ですから……」
言葉とは裏腹に半べそをかいているファム。
俺はハズレ勇者に話すことはなにも無いので、立ち去りたいのだが会話が終わらないとなんとなく離れづらい。
どうしたものかと考えている中で、ファムに話しかける人物が居た。
「おおー、生きてたのか勇者サマ! で、ゴブリンは倒せたのかい?」
「い、いえ、失敗したので今日もう一度チャレンジしようかと……」
「馬鹿かてめぇ? そんな武器しかなくて魔法も使えない上に一人だ、ゴブリンの群れに勝てるわけないだろうが。オーラム、その依頼は俺達がやる」
「え……」
「ああ、それがいいでしょうね」
「私が先に来たのに……」
ファムが小声で言うが、すでにオーラムと男は依頼を締結を終える。
「よし、行くぞお前達」
「あたし達ならゴブリンなんてすぐだもんね」
「私の魔法頼りのくせに」
「なによ」
「まあまあ。勇者様、確かに依頼の制限は無いようですが分をわきまえた方がよろしいかと思いますわ。そちらのEランク冒険者さんと同じレベルの依頼がお似合いかと」
「……」
「見た目はいいから、夜の仕事なら雇ってやってもいいぜ? うははははは!」
「あんな貧相な子、要らないでしょ?」
連中は笑いながらギルドを出ていき、俺とファム、そしてオーラムが残された。
「さ、さて、忙しくなるし依頼を受けないなら向こうへ行ってくれるかな?」
「言われなくてもそのつもりだ」
「ひっ!?」
「ふぇ!?」
目に涙を浮かべているファムの手を取ってソファのあるテーブルへと移動する。
……俺はなにをやっているんだ? 俺の目的を達成できない勇者など置いて帰るべきなのだが――
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