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第一章:旅立ち

その5:冥王は路頭に迷う?

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 金が無い……俺は人間の中に潜伏するうえで重要なものを忘れたと胸中で舌打ちをする。
 この町を襲って巻き上げるか? ……いや、そんな目立つことをすれば国が動く上に、そうなればいくら隠れていても大魔王が嗅ぎつけてくるのでそれは避けたい。
 となると、ここで取る行動は一つしか無いかと口を開く。

 「邪魔をしたな」
 「お、おい、どこへ行くんだ!?」

 俺は踵を返し、衛兵達から遠ざかるため歩き出すと慌てた様子で片方の衛兵が肩を掴んで止めてきた。

 「いや、持ち合わせが無かった」
 「マジか!? たった三百ルピも持ってないのか……?」
 「ああ。ここに来るまで色々あって荷物を紛失してしまってな、金が無いことに気づいた」
 「色々、か。最近、野盗が増えているみたいだから、それにやられたクチか?」

 この場を離れるため適当な理由を喋ったが、どうやらそういうことが起こっているというならここは便乗しておく方がいいか。

 「恥ずかしいから言いたくなかったが、そういうことだ」
 「ははは、野盗に襲われたのに余裕があるな兄ちゃん! このまま追い返して次に死体で見つかるのも後味が悪いし、仕方ねえ俺が立て替えておいてやるよ」
 「……いいのか?」

 人間がそんなことを言うとは思わなかったので思わず聞き返してしまった。
 俺が魔族だと気づいていて罠に嵌めようとしている……というような雰囲気はないので親切で言ってくれているようだ。

 「ああ、三百ルピくらいはな。入れよ」
 「すまない、助かる」
 
 衛兵に促されて脇を抜けようとしたところで、俺の腹が盛大に鳴り、衛兵二人が苦笑しながら顔を見合わせてから俺に言う。

 「飯も食ってねえのか? ……仕方ねえな、こいつを通りにある飯屋に持っていけ。そしたらなんか食わしてくれる」
 「まるで魔法だな。なにからなにまですまない」

 俺が頭を下げると、衛兵の片割れが口を開く。

 「こいつ、顔に似合わずいいやつなんだ。ま、借りっぱなしが嫌だってんなら働いて返してやってよ。兄ちゃん、冒険者だろ?」
 「礼は必ずする。またな」
 「ちぇ、愛想のねえやつだよ。無理しなくていいからな!」

 随分と気前のいい人間だったなと思いながら大通りを歩いていく。人間はオーガやオークのように野蛮な種族だと聞いていたが、魔族と同じような奴もいるのだなと情報を上書きする。

 「まあ、勇者を見つけるまでは楽しく暮らさせてやろう。……ここか?」

 寂しい夜の通りに一件だけ灯りがついている建物があり、扉の向こうで喧騒が聞こえてくるので飲み屋兼食堂と言ったところだろう。
 俺の屋敷がある町にもそういう店があり、マルクスと飲みにいくこともあるので、馴染みが無いわけじゃない。

 「……物乞いのようで少々気に入らんが背に腹は変えられんしな」

 扉をくぐると、案の定、武装した男達が食えや飲めやの大騒ぎをしていた。
 その中を進み、俺はカウンター席で店主らしき白髪頭の男に声をかける。

 「すまない、門のところで衛兵にこれを見せれば飯を食わせてくれると聞いて来たんだが」
 「いらっしゃい! ん? ……ああ、ケビンのやつから紹介されたんだな! 野党に荷物をやられたのか気の毒に」
 「ああ、寝る場所はどうにでもなるが飯ばかりはどうにもならないからな」
 「へえ、冷静なもんだな? まあいい、ちょっと待ってろすぐに美味いもんを食わせてやるぜ!」

 男が歯を見せて笑うと厨房へ引っ込んでいく。さて、このまま待つだけというのも勿体ないと、後ろを振り返り人間どもを観察する。

 「……あの顔に傷がある男と金髪はまあまあ強そうだが、ウチの兵士の半分くらいの戦力か? 女の冒険者とやらも結構いるのだな……」

 人間は群れて襲ってくれば俺でも危ないとイザールが言っていたが、そんなことは無さそうだ。どうしてメギストスは領地拡大をしないのだろう……?
 
 「そうだ、勇者の情報を持っている奴が居ないか探してみるか」
 「あいよ兄ちゃん、ハンバーグステーキだ!」
 「む、来たか」
 
 聞こうと思い腰を上げた瞬間、店主が料理を持ってきたので座り直し、聞いたことのない料理に取り掛かることにした。

 「ふむ……匂いからすると肉か」

 ソースのかかった丸い肉にナイフを入れると、抵抗もなくスッと入り、顔には出さなかったが驚いた。
 
 「ステーキではないのか……?」

 それを口に入れると瞬時に旨味が広がるのが分かり、再び驚かされることになった。

 「美味い」
 「お、そうかい? 最近考えた料理でな、余ったくず肉を捏ねて形にして焼いたものなんだが悪くないだろ? くず肉だが、腐っちゃいねえ、ちゃんとしたもんだ」
 「これがくず肉……」
 
 噛めば出てくる肉汁は程よくソースと混ざり、高級ステーキとも張れる味がするのだ、くず肉と言われて信じるのが難しい。

 「ふむ……美味い……これはいいな……」
 「ゆっくり食えよ?」

 店は汚いし、店主もこぎれいなコックという訳ではない。が、恐らく名うての料理人に違いない。俺が人間達を征服したらこの男には専属料理人になってもらいたいところだ。

 「ふう」

 コップに注がれた水もまた美味く、一気に飲み干してから一息つくと、店主が歯を見せて笑いながら俺に言う。

 「いい食いっぷりだったな! よほど腹が減ってたか」
 「ああ、金が無くてどうしようかと思っていたところだ。感謝する」

 人間相手とはいえ助けてもらったのであれば礼を言わないと冥王の名が廃る。

 「本当に金はいいのか?」
 「おう、一回だけだけどな」
 「十分だ。では失礼する」
 
 俺は頭を下げて踵を返すと、店主がくっくと笑いながら俺の背に声をかけてくる。

 「泊まるところ、ねえんだろ? 宿賃も持たずにどこ行くんだ?」
 「適当な広場にでも寝っ転がるさ、野宿は慣れている」

 ……昔、メギストスに修行で山に放り出されたこともあるしな。
 そんな忌々しい記憶を思い起こしていると、店主は俺に言う。

 「二階に空き部屋がある、そこで今日は寝ていいぜ」
 「……一回だけか?」
 
 俺が聞き返すと店主は目を丸くしてきょとんとした後にやりと笑い、

 「おお、一回だけだ」

 そう返してきたので、なかなか面白い人間だと呟きながら俺は体を休めることにした。
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