異世界二度目のおっさん、どう考えても高校生勇者より強い

八神 凪

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九章:風太

243.なにも選ばないということ

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「おおおおおおお!」
【実にいいね。リクを相手にしているようだ】

 ファングを殺したこいつを許しておくわけにはいかない。僕は今、恐らく持てる力の全てを使ってアヤネに攻撃を仕掛けている。
 
 僕は昔から争いごとは好きじゃない。
 それをすることにより、他人との摩擦が起こることが嫌なので、できるだけ穏便に対応したいと考えている。
 僕が我慢をするだけで物事が収まるならそれでも構わない。消極的だと夏那に言われるのはこういうところだというのも分かっている。

「だけどそうした結果、ファングを死なせてしまった! 僕がお前を倒さなかったから!!」
【そうだね。君がもっと早く本気になっていたらファングは小汚いずた袋にならずに済んだだろう。リクもそうだったけど、判断が遅いのさ。それと、状況把握がね】
「ファングを殺したのはお前だろう……!!」

 僕が渾身の力で振るった大剣がアヤネの胸を捉えた。だが、すぐに反応した彼女が刀でそれを受けた。こちらは両手持ちの大剣なのに片腕で耐えてきた。

【そう、ファングを直接殺したのは私だ。だけど『ここに至るまで』はどうにかできたはずだ】
「本気になれば、とでも言いたいのか!」

 後少しで真っ二つにできる。そう考えながら力を込めていく。問答は相手にしない方向で適当に答えている。
 だけど気になるのはどうしてアヤネは僕が本気を出していないと思ったのか?
 確かに日本だと本気になることは多くなかった。それは面倒ごとが増えるのを知っているためだ。
 しかしアヤネは僕の剣をギリギリの線で受けながら答える。

【そう。ただ、フウタ君は本気になるという意味を上手く理解していないかな?】
「理解もへったくれもあるものか! 油断を誘おうというのなら無駄だぞ!」
【ぐっ……! ゲイルスラッシャーを――】

 埒があかないため僕は足元に魔法を放ちアヤネのバランスを崩した。僕もそうなるけど、急な判断でやったわけではないためこちらに有利がある。
 僕は浮いたアヤネに剣を横に薙ぎ払う。するとそれをガードをする仕草を見せた。しかしそれを寸前で止めてから蹴りを繰り出す。

【やるね……! 集中しているじゃないか】
「ウィンディア様!」
『ええ! <エアリアル>!』
【……!? 身体が!】
「もらった!」

 ウィンディア様の魔法がアヤネを取り囲み、超強力な風で圧迫していた。身動きが取れなくなった彼女を、僕の大剣が捉えた。

【まだだ!】
「こいつ……!!」

 まだ悪あがきをし、身をよじって避けようと動く。だけどそこはウィンディア様の魔法なので大して動くことは出来なかったようだ。そのまま大剣が左肩から滑るように落ちた。

【ぐ――】
「やった! ……なに!?」
【フフフ、いい戦いだったよ。若い頃のリクに稽古をつけているようだった】
「なんだ、黒い……モヤ……?」

 瞬間、アヤネの身体から黒い霧のようなものが立ち上り、失った腕や胸、目などからあふれ出てきた。

『人間じゃない、ということは分かっていましたが……』
【ま、大精霊と似ているかな? いや、中々楽しかったよ。この身体では本気になったフウタ君には勝て無さそうだ】
「さっきから本気、本気とうるさいぞ!」
【その答えもリクに似ているよ】
「え……?」

 黒い霧になっていくアヤネがニヤリと笑みを浮かべていた。この『リクさんに似ている』というのもしつこいくらい口にしている。

「どういうことなんだ? お前はいったいなにを企んでいる?」
【……覚えておくといい、君が思っている『波風を立てない』選択は自分だけが――】
「あ……!」

 途中までなにかを言いかけてアヤネはフッと風になって消えた。

『どういうことでしょうか……?』
「わからない。だけど、なんだか――」
『?』

 なんだか僕を諭しているような感じがしたのは気のせいだろうか? だけど彼女は敵なので塩を送るような真似をする必要性を感じない。やはり煽っているだけのような気もする。リクさんに似ているという意味をもっと聞きたかったくらいか。

「……いや、いいか。どちらにせよ、もうファングは帰ってこない……みんなになんて言ったらいいか……」
『そう、ですね……』

 リーチェとミズキが特に仲が良かったので今から頭が痛い。
 考えるとレムニティやグラッシさんをアテにしていたかもしれない。僕がやらなくても……と。

『ベヒーモスを追いましょうフウタ様」
「うん。ファングの遺体を回収してレッサーデビルに持っていてもらおう」

 まだ戦いは終わっていない。次はレムニティ達と合流してベヒーモスを止めなければならないのだ。だけどファングの遺体をそのままにして魔物に食べられるのは嫌だ。
 そう考えてさっきアヤネが捨てたあたりを確認すると――

「わふ……!」
「うわあ!? ファ、ファングかい!?」
「わんわん♪」
『元気、ですね』

 草むらから鼻をふんふんさせたファングが飛び出してきて僕は酷く驚いた。そしてウィンディア様が言う通りとても元気に尻尾を振っていた。

「なんだったんだ……? さっきは間違いなく血だらけになっていたはずなのに」
「くぅーん?」
『目的が分かりませんね……フウタ様を怒らせること自体がそうだったと言われればそのような感じもしますが……』
「まあ生きていたならこんなに嬉しいことは無いよ。……それじゃ行こう、ベヒーモスを止めなきゃ」
『はい』
「わぉーん」

 僕はファングを抱えて走り出す。
 今回はたまたま助かったけどリクさんの居ない今、今後もこういう状況は訪れると思い返す。しっかりしないといけないのは……僕なのだと改めて思い知らされた。
 それはともかく僕は遠くに見えるベヒーモスの背中を追う――


◆ ◇ ◆

【オォォォォン!!】
「き、来た! 勇者殿はどうしたのだ!?」
「馬鹿、あんなの簡単に止められるか! 避難状況は!?」
「まだ半数といったところです……! しかしあれから逃げることは――」
「騎士で止めるのだ! そのための我々だろう!」

 王都で騎士達がベヒーモス接近に慌てていた。まずは民衆の避難をと考えていた王のフラッドの指示の下、奔走している。
 しかし、相手の巨大さから竦む者もり、ドライゼンが声をあげていた。

「……魔法使いが先制する」
「アーデン、私も行く!」
「リースンは下がってて。あなたじゃ恐らくなんの役にも立たない。陛下のと一緒に避難を」
「う、あっさり言ってくれちゃって……フウタも居るしなんとか――」

 魔法使いの部隊が出撃しようとする中、リースンがそんなことを言う。しかし、その直後ベヒーモスが口から放った魔力の塊が外壁を突き破り、城の一角を破壊した。

「うおおあ!?」
「崩れるぞ、離れろ!」
「……いくわ」

 城も安全ではないものの、呑気に町に居るよりはマシか。そう考えながらアーデンが足を踏み出したその時、またしても魔力の塊が飛んできた。今度は町中を狙っており、このままでは犠牲が出てしまう。

「まずい……!?」
「もう! あんなのどうやって防げばいいのよ! ……あ!」

 リースンが悪態をついたその時、魔力の塊が霧散する。そして町の上空には、先程まで戦っていたレッサーデビル達とレムニティ、グラッシの姿があった。

【ここは加勢させてもらう】
【レッサーデビル達は町の人間の避難を手伝え】
【ぐるぉぉ!!】

 レムニティの指示で散開するレッサーデビル達。その様子に頷いた後、二人は再びベヒーモスへと向かっていく。
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