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九章:風太

239.異世界の化け物、降臨

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 巨獣ベヒーモス。
 名前はエルフの森でリーチェがリクさんの過去を少しだけ話してくれた際に聞いたことがある。
 
「リクさんが倒したはずじゃ……」
【そうなのか?】
【そうか、お前は記憶がないのか。ああ、フウタの言う通りアレは以前、ダンジョンから出る前に倒されている……はずだ】

 話では聞いているけど実際に目で見たことはないからか曖昧な言葉を放つグラッシさん。だけど僕はリクさんに直接聞いている。

「リクさんは倒したと言っていました。というかあんなでかいのがダンジョンに入れるものなんですか?」
【ダンジョンも色々とあるからな。天然のものは難しいかもしれないが、封印するために作られたのだとしたらあり得る】
「なるほど……」

 グラッシさんの回答に納得する。災厄の魔物ならそれくらいはするかと。そこでドライゼンさんが顔を顰めて口を開いた。

「その話が本当なら、あのデカいのは別世界から来た存在ってことか……どれくらい強い?」
【封印するしかなかった、と言えばだいたいわかるだろう】
「……」

 グラッシさんの話を聞いてオルデンさんが冷や汗を流す。そう、倒せないから封印したのだ。するとそこでリースンが声を上げる。

「なーに暗くなってるんです騎士団長! こっちには勇者が居るんです!」
「確かに。たまにはリースンもいいことを言う」
「たまには!?」

 勝ち誇ったように言うけど、僕はまだまだリクさんの足元にも及ばない。だからアレと戦って勝てる保証などどこにもない。それでもアーデンさんの視線から察するに、『勇者』という肩書きは希望を持てるもののようだ。

「そりゃ手伝うけど……勝てるかな……リクさんほど強くないんだけど……いや、話は後だね。大人しい今の内に戦闘準備をしないと町がやられてしまう」
【そういえば動かないな。幻影だったりするのかもしれん】

 レムニティが動かないベヒーモスを見て鼻を鳴らすと――

【そんなわけがないだろうレムニティ】

 ――どこからともなく声が聞こえて来た。

「この声は……【渡り歩く者】……! アヤネさんか!」
【ふふ、ご名答。まだ生きていたとは驚いたよ風太。レムニティも】
「誰……?」
「この声の主が魔王セイヴァーを操っていた渡り歩く者だよリースン。……狙って上空に転移したのなら残念だったね。レムニティが居なくても僕には風の大精霊がついているし、最悪、地表につくまえに魔法でなんとかできたと思うよ」
【フ、なるほど。リクに鍛えられたせいか自分で考える力がついたようだね】
「……そうだね」

 なんだ?
 今の会話、なんとなく違和感を覚えた。だけど正体を掴む前にレムニティが言う。

【私がファングに憑りついていたのは予想外だったとみえる。フウタを助けたのは偶然だが、お前は狙って転移させたな? 偶然フウタの近くにいたから助けたが、他の者も最悪の状況にしているのではないか?】
「居なくてもよかったとは思ってないから拗ねないでしょレムニティ」
【拗ねてなどいない】
「悪かったよ」

 咄嗟にできたかどうかは分からないから居てくれたのはありがたかった。どちらかと言えば一人にならなかったことの方が助かったと思う。

【フフフ、きちんと口にしないと伝わらないぞ? そっちの娘の方が素直じゃないか】
「うるさいよ!?」
「え、私?」

 よくわからないけどこっちを混乱させようとしていることが明白だ。僕は気を取り直して渡り歩く者へ尋ねることにした。

「それであのベヒーモスはお前が用意したのかい? 異世界から召喚した……ってことだよね。アレをどうする気だ?」
【もちろん、この国を潰すために使うさ】
「……! 出てこい、貴様から斬り捨ててくれる!」
【ははは! そうだねえ、ベヒーモスを倒せたら考えて上げなくもないよ? できるとは思えないけどねえ。リクならともかく、お子様の風太では無理だろう】
【やってみなければわからん】
【そうは言うけどねグラッシ。異世界に召喚された存在は強い力を持つんだ。だから君はこの世界の相手なら楽に勝てるだろう】

 そこで僕は汗が噴き出た。
 そうだ、だから僕は勇者としての力があるし、魔族達も強力だからこの世界の人間と戦っても苦にならない。
 
「あのベヒーモスは前の世界よりも強いってことか……!」 
【その通り♪ では、フェリスの望みを叶えるための一歩を始めよう――】
「まて! ……うわ!?」
【オオオオオオオオン……!】
「「「うおお!?」」」

 指を鳴らす音が聞こえた瞬間、遠くに見えるベヒーモスが雄たけびを上げて歩き始めた。目指す先はここ、ロクニクス王国の王都だ。

「くそ、やるしかない……! オルデンさん、僕達はあいつを止めるため行きます!」
「我々も行くぞ!」
「いえ、万が一があります。先に町の人達へ通達して逃がしてもらえると!」
「むう……しかし……」

 オルデンさんがベヒーモスを見ながら呻く。騎士団が迎え撃たず僕達にやらせるのは、という感じだ。

「団長、ここはひとまず任せましょう。フウタ殿の言う通り、町の者達を非難させなければ」

 そこでドライゼンさんが口を利いてくれた。さらにグラッシさんも斧を肩に担いでから言う。

【それがいいだろう。俺が言うのもおかしな話だが、ここは任せてくれ】
「たった今、戦っていた魔族に頼むのも妙だが……わかった、フウタ殿と共に頼む。皆の者、戻るぞ!」
「私は一緒に――」
「行けるわけないでしょリースン! 陛下を心労で殺す気?」
「なんで陛下が出てくるの? あ、分かったから引っ張らないで!? フウタ、またね!」
「あ、ああ……」
「ご武運を!」

 そんな調子で騎士達は急いで町の中へ戻っていく。残された僕は深呼吸をしてからレムニティとグラッシへ言う。

「魔族達にはあまり関係ないって感じもするけど、一緒に戦ってくれるかい?」
【無論だ。渡り歩く者のおかげでこんなことになっているのだ、奴の思うようにさせるわけにはいかん。それに、ここで人間を助けておくのも罪滅ぼしになるだろう】
「そう、だね」

 レムニティが腕組みをしながらそんなことを言う。魔王の言うことは聞くけど、それが無ければ自分たちの心に従って行動するのは好感が持てる。
 グラッシもそう思っているらしく、レッサーデビル達に声をかけていた。

【よし、空から仕掛けられるものは魔法で頼むぞ。地上部隊は俺と一緒に来い】
【グルル……!】

 レッサーデビル達も整列してよくわからないけど返事をしていた。

「わふ!」
「ああ、行こうファング」

 ファングが急ごうと鳴いた。
 僕が走り出そうとしたところでレムニティが止めて来た。

【待てフウタ】
「どうしたんだよレムニティ? 急ごう、ベヒーモスはあんまり足が速くないけど止めないと」
【走ってからあそこへ行くのは面倒だろう。グラッシ、レッサーデビルを二体貸せ】
【む? それは構わないがどうするのだ?】
【フウタとファングを運んでもらいたい。そいつらならすぐ到着できるだろう】

 確かに空から行った方が絶対に早いし体力を使わないでベヒーモスへ到着するのはありがたい。するとそこでレッサーデビルが二体、前へ出て来た。

「あ、さっき僕の後ろに隠れていた奴だ」
【……!】

 僕が気づくとなぜか擦り手揉み手で頷いていた。なんだか子分っぽい感じのレッサーデビルだ……

「なんでこんなに感情あるんだ……」
【レッサーデビルは割とそういう個体が居るぞ? ほら】
【グルル!】
【ガォァ!】
「ええー……」

 なんか『お前ばかりずるい』みたいなことを言っている気がする。どうも個体差はそれなりにあるみたいだ。

「まあ誰でもいいんだけど頼むよ。ええっと」
【名前は無いぞ。適当にお前とか言っておくといい】
「それはなんか逆に呼びにくいよ」

 僕の考えを見透かしたようにレムニティが言う。折角だし名前を付けてやろうか?

「なら風を意味するビエントとかどうだい? ファングの方のはちょっと小さいし、ブレッザかな」
【グルル……♪】
【グオオ♪】

 怖いけど嬉しそうである。
 
「オッケーみたいだね。なら、よろしく頼むよ! 行こう!」
【さて、姿を隠す必要も無くなったな。グラッシ、行くぞ】
【うむ】

 僕達は空へ舞い上がり一路ベヒーモスのところへ。
 倒すまではいかなくても撃退くらいはしたい。町が破壊されるのは避けたいと僕はレッサーデビルの背中に乗って剣を抜くのだった。
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